第2話「結婚式最中の突然の告白」


 昼過ぎから始まった引っ越しは、夕方の六時前にようやく終わりを迎えた。


「ふ〜、やっと終わったわね。浩司こうくんお疲れ様」


綾音あやねんもお疲れ様。とりあえずは、終わったな……。はぁ、でもこの積み上げられたダンボールを全部開けて、中の物を片付けなきゃいけないと思うとゾッとするよ」


「確かにそうね……」


 浩司と綾音が積み上げられたダンボールの山に目をやり、深いため息をついた。



 ❑  ❑  ❑



 二人の念願の新築一戸建て。

 高級住宅街は到底無理なので、お手頃価格で手に入れた一般住宅街の土地に、設計士にお願いして建ててもらった。


 どうやら土地に建物を建てるとなると、色々とややこしいらしい。

 一般的な住宅地では、建ぺい率五十%・容積率百%が基本だとかなんとか、まずは専門用語を覚えないといけない。


 これはようするに、五十坪の土地で建ぺい率五十%の場合、半分の二十五坪分の土地を使って建物が建てられる……ということらしい。さらに容積率というのは、敷地面積に対する延床面積の割合だそうで、百%の場合延床面積は五十坪なのだそうだ。


 単純に計算すると、一階二階ともに二十五坪の広さの家を建てることができる。一坪は約二畳なので、ワンフロア畳五十枚分の広さだ。


 新築下家を両方の親も気に入ってくれたので、二人は胸を撫で下ろしていた。何故親が関係あるのかと言うと、建築費用は両方の親持ちだから。両方の親がローンは勿体ないから余裕が出来たら返しなさいと言って、半分ずつ出してくれた。これには大変助かったので、二人は必ず返しますと約束して感謝の意を述べた。



 ❑  ❑  ❑



 二人でリビングのソファに座り疲れを癒やしている時に、綾音か浩司に言葉を振った。


「──浩司こうくん……あのさ」


「ん? 何?」


 綾音が下を向いて重い表情をしている。


「結婚式当日は……ごめんね」


「ん? どうしたんだよ、その話はもう終わっただろ?」


 下を向いていた綾音が浩司の目を見た。


「そうなんだけど、やっぱり私酷いよね……。浩司こうくんが子供好きなのを知ってたのに、私は子供を産みたくないなんていきなり言っちゃって。──それも式の最中に……」


「──もういいじゃん。僕は綾音あやねんが好きで結婚したんだからさ。綾音あやねんが子供を苦手なのも知ってたしね。まあ確かに、結婚式の最中に突然告白されたのは驚いたけど。──夫婦っていうのは、お互いに我慢しないといけないこともあるんじゃないかな? 元は赤の他人なんだからさ。この先、僕が綾音あやねんに我慢させることもあるだろうし……だからもういいよ」


 そう言葉にした浩司が、隣りに座っている綾音の肩に手を置いた。


「ありがと。そう言ってもらえると私も助かるけど……本当にごめんね、わがまま言って」


「もういいって。──でも、そんなに気になるならこうしよう! 俺の筋トレ時間を短く───」


「それは駄目よ! 筋トレは筋トレ……また別の話。──ね?」


 綾音に被せ気味にそう言われ肩を落とす浩司。そんな浩司を見て笑みを浮かべながら、綾音が話し出した。


浩司こうくんは、引っ越しそばって知ってる?」


「おっと、また俺のこと馬鹿にしてるな? 綾音あやねんは俺の知識が浅いと思ってる節があるからなぁ。──でも、残念でした。それくらい知ってるよ。引っ越しが終わった後に二八そばを食べることだろ?」


 綾音が両腕を交差し、バツ印を作った。


「ブッブー! 当たってるのは二八そばのとこだけね。──引っ越しそばは、『』に引っ越してきましたという語呂合わせの意味と、細く長くお付き合いしましょうという意味で、ご近所さんにお渡しする物なのよ」


「へ〜、そんな意味があるんだ」


「だから〜、今からご近所さんに挨拶をしに行きましょうか」


 浩司が、座っていたソファからズリ落ちた。


「え〜……疲れたから、明日でいいんじゃないか?」


「駄目よ、初めが肝心なんだから。ちゃんと挨拶して仲良くなっとかないと、近所付き合いがしんどくなっちゃうわよ?」


「ん〜、それは困るなぁ……。はぁ、それじゃあ行こっか。──良い人ばかりだといいけどなぁ」


 浩司は綾音に説得されて、渋々重い腰を上げた。


 綾音は手に引っ越しそばを持ち、向こう三軒両隣……といいたいが、自分達の家が端っこなので、向かい三軒とニ軒隣まで挨拶に向かった。


 正面の家から訪問し、ぐるりと回って隣の家までやってきた。


「後はこのお隣さんで終わりね」


「挨拶って肩が凝るな。──ここの住宅街ってさ、結構年上の家族が多いんだな。もっと若い夫婦が多いのかと思ってたよ」


 年齢層の高い住宅街ではあるが、嫌な感じの家は無かったので二人は胸を撫で下ろしていた。


「ここはベランダの奥さんの家だな。じゃあ最後は僕がインターホンを押すよ」


「綺麗な人だからって、変なこと言っちゃ駄目よ」


 彩音がそう言って、引っ越し蕎麦を浩司に手渡した。浩司が引っ越し蕎麦を受け取り、口を開きながら手を伸ばす。


「変なことなんて言わないよ」


 浩司が伸ばした手から伸びる指がインターホンへと辿り着く。


 ピンポーン♪

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