第1話「新築一戸建て」
空は冴え渡り、小鳥の鳴き声が響く十月某日。ここは都心から少し離れた高級住宅街……とまではいかない、一般的な住宅街である。
主要幹線道路から繋がる路地へ入っていき、一回二回と角を曲がると、人や車の通りが疎らな一本の道がある。この道を通る人や車は殆どがこの住宅街の住人だ。
道の端から真っ直ぐ目をやると、良く言えばアメリカのビバリーヒルズ……を最大限にこじんまりとさせた景観。道路から歩道を挟んで腰程の高さの柵に囲われた庭付きの一戸建てが建ち並んでいる。
どの家も歩道から建物までの間にある庭に玄関へと続く石畳が連なっており、二台駐車出来るガレージも設置されている。そのガレージには、車が一台か二台止まっている家もあれば、バイクや自転車を並べている家もある。
その住宅街の一番奥、つまり住宅街を抜けきる端っこに、数年間建物が建つ事がなかった空き地があった。
そんな空き地に興味を持った結婚前の若いカップルがいた。このカップル、若い故にお金の蓄えもあまり無かったが、結婚を機に家を建てようと不動産屋で安い土地を探していた。
そのカップルに声を掛けた不動産屋の営業マンが、二人に丁度いい物件があると謳い、店舗の中へ誘うと一枚の用紙を提示した。
店舗の奥にある特等席に案内されたカップルが、その一枚の紙に印刷された物件に釘付けになった。その提示された物件が、前途の空き地だ。
担当の営業マンが若いカップルを口説いている。
「いや〜、貴方がたを目にした時にピンッと来たんですよ。絶対にこの物件を気に入るだろうなと……。そして、実際にこの物件に興味をもたれた。お若いのに実にお目が高い! ここの土地は相当いいですよ? ……はい」
営業マンの言葉に頭を傾げる若いカップル。男は
「あの、都心から少し離れているとはいえ、少し安過ぎないですか?」
営業マンが胸を張る。
「当然です! 売却を希望されてる方が若い夫婦に格安で提供してくれと申しておりまして。貴方がたはもうすぐご結婚なさるということで、この条件に当て嵌まります。ですので、私がご案内させて頂いております……はい」
この営業マンの説明を聞いて、
「だったらここでいいんじゃないか? 安いのは助かるし、今決めとかないと誰かに先を越されるかもよ?」
「──待って、
「あの……もしかして、その土地で人が亡くなった……って事はないですよね?」
有りがちな質問に即答する営業マン。
「ん〜、その質問をしたいお気持ちは分かりますよ。価格が安いのは嬉しいけど、何かあるんじゃないかと疑うそのお気持ち……。事故物件ではないかと仰っしゃりたいんですよね? ──あの一帯は戦争の時に被害が酷かったとか……。
浩司と綾音は若干首を傾げたが、営業マンの言っていることに間違いがないことだけは理解出来た。
「なるほど……そう言われて考えてみると、妙に納得してしまいますね。──うん、私も
「僕は初めからここがいいと思ってたから、
営業マンが揉み手し、満面の笑みで声を出す。
「ありがとうございます!」
❑ ❑ ❑
そんな経緯を経て、この度新築一戸建てが建てられることになったのだ。
今日はその空き地に新築の一戸建てが完成してから二回目の日曜日。
その一戸建ての前には大きなトラックが止められており、青い繋の服を来た引っ越し業者の人達が、せっせと家具やダンボールを運んでいる。
「いい天気になって良かったね」
「今日晴れたのも、
「えっへん!
「ははっ、勝負なんていつしてたんだよ……
浩司が隣の家のベランダに見える女性を見てそう呟くと、綾音が浩司のお尻を叩いた。
「痛っ!」
「
綾音が半眼になり、上目遣いで浩司を見た。
「いや〜、
「ふ〜ん。まあ、確かに綺麗な人よね」
綾音も隣のベランダに目をやり、頷いている。すると、ベランダにいた女性が見られている事に気付き、二人に会釈してきた。
二人は慌てて深く頭を下げると、その女性は笑顔で家の中へ入っていく。
「いい人そうだな」
「後でご挨拶に行かないとね。──ん〜、あんなに綺麗な奥さんなら、旦那さんはすっごく格好いい人かもね?」
綾音がお返しとばかりに、手を胸の前で組んで想像しているふりをした。
「いやいや、何を期待してるんだよ」
「浩司だって、ベランダの奥さん見て
浩司が急いで口元を手で拭うと、騙されたと気付き綾音を追いかけた。
「嘘付いたな〜!」
「きゃ〜!」
汗を流す引っ越し業者を余所に、そんな呑気な会話をしているこの夫婦。
夫の
細身ながら引き締まった肉体は、普段の筋トレの賜物であるが、自分はあまりやりたくない。妻に半強制的? にやらされている……。
六四に分けられたフワッとした清潔感のある髪型で、可愛い系のイケメン。少し甘えたな性格の持主。
幼稚園の運動会に出くわすと大きな声で応援してしまう程の子供好き。一度、通りすがりに応援していた運動会で保護者よりもはしゃいでいたので、怪しい人だと思われ必死に弁解したという苦い思い出がある。
妻は
肩上の茶色い髪を後ろで強引に束ねている。体を鍛えることが好きでインストラクターの仕事に就いた。筋肉が付き難くいので筋肉質というより、モチ肌のスレンダータイプ。
子供は苦手だが社交性は高く、見た目も健康的な肌色で、柔らかい曲線美にキュートな顔立ちをしたしっかり者。
筋肉質ではない男性に興味が無い。
二人は同棲していた頃に、「結婚するならマイホームを建てよう!」と話していた事を実現させ、新婚生活をスタートさせようとしている。
「旦那さーん! このタンスはどこに置きますかー?」
「あ! 直ぐにいきま〜す」
手を振りながら走って行く浩司。その後ろ姿を微笑みながら眺めている綾音。
「さあ、私もダンボールを開けて片付けていかなきゃ!」
そう声に出すと手を後ろで組み、新しい家を見上げながらゆっくりと玄関から入っていった。
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