#29 ヒキニート実家に帰る⑫
【09:21:19】
多分、俺達は時間を無駄にしまくっている。
最初から。
この現時点まで。
「キャンセルなら退却しよう。時間もないしねぇ」
「それはそれででござるが。
「《P通貨》も《Δ硬貨》もないんだろぉう? ヤル気も失せちゃったんですけどー」
従業員が集まって喧々囂々と言い合う。
でも、その中に俺は入れない。
レベルが違い過ぎるからだ。次元が違うってのもある。
(俺も、あの輪の中に入って議論をするんだ!)
だから。
今は我慢だ。我慢、我慢。
でもなぁああ! 俺を無視されたまんまってのもさぁああ!
「別に俺だけでもいいぜ? 群青さんも帰っていいし。律さんも帰っていいし。群青の末っ子も帰たっていよ」
すぅ――……
「俺と、恵比寿君で完遂するからね」
ふぅうう~~……
噴かれた灰色の煙草の煙の向こうのおじさんの顔が大きく歪んでいる。
「っだ、駄目だ! おじさんは許さないぞ! たくまはっ、俺の相棒なんだ! 1人で行け! 1人で!」
おじさんが目を細めて腕を振るった。
その横で、
「《
翡翠さんも苦言を漏らした。
「うむ。お主が
ただ一人。
律さんだけは賛同してくれた。
よく分かんない人だけど。
懐の広い、底の知れない怖さも残るけど。
「ありがとうございます!」
確かにこの人は隊長各の優れた従業員だ。
そんな彼に俺は選ばれた。指名をしてもらえたなんて、これは誇ってもいいだろう。それにチャンスだ!
「たくまっ! オレが許さないって言ってんだろう??」
「‼」
低い怒っている口調と表情のおじさん。
俺は悪いことをしてるんだろうか。
しょうとしているんだろうか。
いや。違うだろう。間違ってなんかいないだろう。
俺がしたいのは《商品確保》だ。あんたたちが放棄した仕事を完遂したいだけなんだよ!
「あンたの許可なんか必要ないんだよ。群青の末っ子さんよォっっ‼」
後方さんも声を荒げて吐き捨てると、地面に何かを放った。
あん時のおじさんと同じように。
ただ、違うのは。
胸ポケットから小さな瓶を出して、
「そういやあンたに聞きたいことがあったんだわぁ~~」
水をかけた。
すると、どうだよ!
木が勢いよく生えた。
おじさんが身勝手にした、あの倉庫のとき同様に。
葉のプレートは全てが緑というのも同じだ。
「何様のつもりだ。お前は!」
「《
後方さんの言葉におじさんも噛みつくように吠えた。
「ふざっけんなっ! オレにそんな経験なんざ、ある訳がねぇだろうっっ‼ 誰に向かって聞いてんだよっ! 雑魚がっ!」
小走りにおじさんが俺に腕を差し出した。
「おいで! たくまっ!」
鬼の形相をするおじさんに俺も顔を横に振る。
「ゃ、やだ! 行かない。ごめん、なさい」
おじさんは俺の反応に困惑の色と怒りの色と顔色を変えていくのが分かる。分かるけど。分かるんだけどさぁ!
「たくま? たくま‼ オレの言うことが聞けないってのかよ‼ オレたちは相棒だろう! オレの言うことを――……」
苛立った声に、俺もおじさんの顔を見ることが出来ない。
嫌われるのは嫌だ。すっごく怖い、怖いんだけど。
今の俺はおじさんのいうことは――
「聞けないッ‼」
「たくまぁああ‼」
ぽち!
「はいw 《
おじさんと、律さんと翡翠さんの姿が消えた。
残ったのは俺と後方さん。
【07:31:51】
「後方さん。この時間で完遂は可能でしょうか?!」
すぅ~~……
っふぅううう――……
「ああ。煙草がうめぇや。一本どう? 恵比寿君」
「ぃ、いいや! 結構ですので! どうぞ後方さんだけ吸ってください」
にこやかに指先の煙草を上げて口に咥えた。
「おめでとう。あンたは一つ成長を成し遂げた」
後方さんの言葉に俺も耳を疑ってしまって、思わず、素っ頓狂な声で聞き返してしまった。
「え」
「相棒との決別。変わるという勇気と意欲からの行為だ。俺なら、あんなのに逆らったらどうされるかとか怖くて、マジで無理無理w 勇気あるね。あンたはいい従業員になるだろうな」
サぁアアア――……
「ぁああ……ぉお俺は、おじさんになんて舐めた口に聞き方をっ!」
床にしゃがみ頭を抱え込もうとする俺に「そこまで凹まれる時間はないんだな、これが」と背中を蹴飛ばされた。
「って!」
「さささ。立ちなさい、立ちなさい。商品確保に向かう準備は出来てるよな?」
俺は立ち上がって後方さんに大きく顔を縦に振る。
「さささ。生きて帰るために行こうじゃないのさ! たくま君っ!」
「
他の従業員に名前を呼ばれるのがくすぐったかったから、あえて、そこはあだ名で呼んでもらうことにした。
名前はおじさんにだけ呼んで欲しいから。
我が儘かもしれないけど新しく生まれ変わったという自己暗示のようなもので心機一転とまではいかなくたって、ここでつけられたあだ名で生きようと思ったんだ。
他の誰でもない自分自身のために活き様は決めたい。
望み望まれて、可能なら本物の従業員になっておじさんの正式な、正真正銘な相棒になりたかった。
横にいて欲しいおじさんを強制退場させてしまったんだ。
生きて帰ったら、幾らだって怒られてもいい。
嫌われて傍にいられなくなっても、俺は《ワルツ王国》で生活をし続けるよ。
「牛っぽいタオルで気合も十分ってな訳だ。いいじゃん!
」
頭のタオルに俺も「うっし」と笑った。
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