#30 ヒキニート実家に帰る⑬

「ふっざけんなよっ! 兄さん! 倉庫の中に入れてくれ!」


 竜二が翡翠の胸倉を掴み寄せて噛みつくように言う。

「たくまのところに行く! 行かせろよっっ‼」 

「無理ぃー」

 ぱしっと翡翠が竜二の手を握ると引きはがした。

 そして、おもむろに竜二の身体を回して、腕をがっちりと抑え込んだ。


「っだ! 兄さん?! ぃ、ってぇ~~よッッ‼」


「ま。痛くしてるしねぇ。少しは頭を冷やしなさいよぉっと」

「いいから! オレを倉庫に戻せってんだよ‼」


 ジタバタとする竜二に、

「《強制退場リストラ》された者は。同じ倉庫内には入れぬよ。竜二殿」

 律が言う。正確にはなち藤だが。

「っはぁ~~?! 何だってぇ~~?? ぅんなのオレぁ、聞いたことねぇっつぅの!」

 今までエリート街道を邁進して来ていた竜二には、寝耳に水な話しである。


「《強制退場リストラ》は身勝手にする癖にさぁ。都合のいいことだよねぇ」


 ちくりと言われる言葉に、竜二もさらに身体をじたばたと、悲痛な声が廊下に轟くのだった。


「いいから! 戻るんだよ! たくまぁ~~‼」


 ◆


 俺に後方さんが煙草の箱から一本出したかと思えば差し向けた。

 

「や。あの、煙草とは吸いたいとか思ったことはないんで」

「そう。吸わない方が健康と肺にはいいよ。健康と肺があっての職場だからな、この王国は。健康こそが重要だわ」

 俺は手を振って、それを辞退した。

 それに後方さんが苦笑しながら煙草を仕舞った。


 【06:29:00】


 こんなことをしている場合なんかじゃない。

 なのに、

「後方さん。本当に時間が……」

 俺は後方さんに急かすように言う。

 心臓音も大きくて五月蠅いんだ。


「ああ。時間とか、ぅんなのどうだっていいよ」


「はぁ?? どうでもよくなんかないでしょうよ‼」

「俺は魔法使いだから。にひひ!」


 親指を立てながら俺に言うもんだから。

 ばっち~~ん! と後方さんの頬を叩いてしまった。

「っつ!」

 ぉ、俺は何て真似をしちまったんだろうか。


「ぉ、おおお俺が《新人ペーペー》だからからかってんですか?! 後方さんはっっ」


 叩いてしまった頬を後方さんが手で抑えて、

「活きがいいこった。本当に懐かしいわ」

 にこやかに、何かを思い出したようだった。


「言ってごらんよ。あンたの願いをさ」


 真剣な表情を俺に向ける後方さん。

 そんなんだから俺は息を飲んでしまう。

「ほら。ほらほら! 早く言えっての!」


「――言わないよ。願い事は自分で、自力で勝ち取らないといけないんだからっ!」


 本当は言おうと思った。

 思ったんだけど。


 親父の顔が、叔父さんの顔が。

 おじさんの顔が頭に浮き上がっちゃって。


「お手軽に叶ったものなんかに意味も価値もないよ」


 言うに言えない。

 でも。

 後悔はない。


 うん。多分。


「俺。何か間違ったことでも言ってるかな?」


「ぅんにゃ。あンたが言ってること。一問一句として間違いはないぜ。だが、……ふふふ。まぁ、いいや」


 すぅ。


 っふぅうう~~……


「これ。社会復帰祝いに俺からあンたにやるよ」

「?」

 握り拳を俺に差し出す後方さんから、俺も手を差し出して受け取った。


「三つ星の髪留めを、ですか?」


 指先で持ち上げるとキラキラと三つの星が光った。

 銀色の髪留めを俺にどうしろと言うのか。

 髪につけろと言うことなのか。女性用のアクセサリーじゃないか。

 パワハラってやつじゃないのかな。それは。


「髪留めって、普通。この型って二個セットじゃないですか?」


「うん。もう一個はね、もうないんだ。ごめんな」

「ぃ、いいや。別に要らないんですけど」

 俺は胸元に髪留めを留めた。

「ぅんなのいいから! 時間がっっ‼」


「俺は魔法使いだってことは皆にゃあ黙っていてくれよな?」


 【――:――:――】


「?!」


 時計の数字がなくなっている。

 俺は驚愕だった。


「ぉ、終わったのか? もう、ゲームオーバーなの?!」


 何度も、何度も時計を叩いてしまう。

 それに後方さんも、

「違げぇよ、っぶアぁああ鹿っかァあっ。異空間を亜空間に創り変えた訳よ」

 また、意味の分からないことを言った。


「で。こちらが《パステル46色》な」


 後方さんの持ち上げたのは確かに商品が持たれている。

 これじゃあ、俺が残った意味がないじゃないかよ。

 俺の視界が涙で揺れてしまう。


 あんまりじゃないか。

 おじさんに逆らってまで残ったってのにさ。

 弄ばれたんだ。


「泣くなっての。本当にあンたは子供だな。昔の俺のようで初々しいわ」


 眼鏡を指先で上げて後方さんが笑った。

 俺は悔しい気分だよ。

 皆が皆、俺を見下して、除け者にする。


「あンたはあのおじさんと一緒に居ない方がいいな。やっぱり、危なかっしいたらない」


「‼ そんなこと後方さんに言われる筋合いなんかない!」

「まぁ。いいか、でも、こんだけは覚えておくように」

「何をですか!」



「はぁ?!」


 言い終えると後方さんが靄に戻った。

 かと、思った瞬間。


 バッタン!


「った!」


 俺の身体が前に突き出されて。

 顔に何かが当たった。


「?」


 俺は視線を上げると。

 翡翠さんの顔があった。


「お帰り。で、商品は?」

「あー~~」


 言い淀む俺の横から、にょっきと腕が伸びた。


「ほら。翡翠さん! 商品これな!」


 にこやかな後方さんの頬に。


 バッチ――ン‼


 ついでに。

 同じ音が俺の頬にも鳴って。

 激痛に襲われた。


「ふ、っざけんじゃねぇよ! お前らッッッッ‼」


 眉をひそめて顔を真っ赤にさせたおじさんが俺達の頬を勢いよく叩いたからだ。


「ぉ、じ……さん」

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