#26 ヒキニート実家に帰る⑨

 【25:51:06】


 ぞわわわわわわ、と俺の肌が泡立った。

 俺は虫が大嫌いだ。蜘蛛はトップの1位だ。

 ゴキブリもちろんのこと。小さなアブラムシや蟻なんかも嫌いだ。


 次いで蜘蛛!


「ひぇえええ‼」


 おじさんに思わず抱き着いてしまう。

 何か優しく声をかけてくれるだろうと、どこかで甘えた頭があった震える俺を、おじさんは引き離した。

 何も言われずに、突然の行為に俺も呆気に取られてしまう。

「ぉ、っじっさん??」


「邪魔」


 冷たく言い放ったおじさんに俺はショックが隠せないよ。

 目も丸くなってしまった。

 確かにね、俺なんかが抱き合ってたら邪魔だってのは分かるんだけど。分かってはいるんだけどさ。


 あんまりじゃないのか。


「兄さんは何がしたいの? オレには検討もつかないんですけど」


「『なぁに、大したことじゃないよぉう』」


 おじさんと翡翠さんが睨み合う。

 俺なんかの存在すら忘れているんだろう。

 どうせ赤の他人だもんね。俺なんか。


「っちょっと! お互い従業員スタッフなんだよ?! 目的は一緒だろう‼ この際っ、勝ち負けなしで商品確保して出ようと! ね! そうしょうって!」


 俺は必至に間に割って入った。

 なのに、

「邪魔」

 おじさんが力強く突き押して弾いた。


 ざわ。


 ざわざわざわざわざわざわ――……


(こんンンの野っっっっ郎っっっっ)


 俺も腹が立った。

 そして、

「後方さん! パステルはどこにあるんですか‼」

 後方さんに俺は聞いた。

 聞かれた後方さんは上半身だけを人に戻した。

 

「俺がこんな奴らなんかよりも早く商品確保に向かいますっ!」


 俺は強い口調で後方さんに言い放った。

 それにびっくりしたような、面白いと後方さんの表情も弾んでいるようだった。面白いものを視るかのような笑みを浮かべている。


「『ま。そぅだわなぁ。兄弟は兄弟で喧嘩させておきましょうかね。赤の他人である我々にはどうすることも出来ないこと、間に入るだなんて無駄死に確定ってもんさね。たくま君がいうように奴らなんかよりも早い商品確保に集中するとしょうじゃない、新人ルーキー!』」


 俺が強く頷くと靄に戻って後方さんが俺を持ち上げる。

「ひゃ! ぅおっ!」

 思いもしないことに俺も変な声を出してしまう。全身がくすぐったいというか不可思議な感触だ。まさに未体験。初めての経験!

 担がれて行こうとするも。


「『待たれよ。本当に愚かな奴よのぅ』」


 靄の中に紛れ込んだ律さんの声が、エコーがかかって聞こえた。俺は歯を噛み締めて時計を見る。


 どいつもこいつもだ。


(みんな邪魔ばっかりしやがって!)


 商品確保の邪魔ばかりする。

 社蓄の風上にもおけない。

 時間を考えて動けないのかよ!


「仕事しろよっっ‼」


 俺は低い口調で言い放った。


 【23:19:30】


 時間は残酷に過ぎていく。

 なのに。

 あの兄弟は、何なんだよ。


 俺を蚊帳の外に。

 俺の預かり知らないところで何かを言い争う。


 急激に悔しくなって、苦しくなって。

「っくぅう」

 涙が零れ落ちていく。


「『女子おなごのように泣くとは…本当に男子おのこでござるかな?』」


 ほむほむさんが時代劇口調のまま、俺に言う。

 違和感しかないのは一体なんだって言うんだろうか。

 どう言ったら俺も納得を出来るんだろうな。

「『情けない。日本ひのもとも軟弱になり果てたでござるな』」

「『止せ止せってのよ。ほむほむさー~~ん? 絡みなさんな、大人げないったらねぇや』」

 ついには、この2人も言い争いを始めてしまう。


 本当にどいつもこいつもだ。


 俺はどうしたらいいんだよ。

 

「なぁ。……おいって! 早く、パステル46色」


 無性に腹が立って、腹が立って、腹が立って。

 無性に苛立って、苛立って、苛立って。


「奴らなんかよりも早く確保しようぜっ」


 俺は拳を握り《英雄の拳》を嵌める。


 叔父さんから貰ったタオルを首から解いて額に巻いた。


「なんだって! みんながみんなしてっ、仕事をする気があるってんなら、協力をし合って倉庫から出ようって気には全然となんねぇっておかしいでしょう! 死んだら終わりだぜ! 生き伸びてっ、勝ってっ、当たり前のことをする日常に戻ろうよぉうぅううっ!」


 好き勝手に盛り上がる血の気の多い古参に古株とヒキニートが兄弟間の喧嘩なんか、今、必要?

 ふざけるなよ。本当にふざけるな。


「絶対に倉庫から出てやる!」

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