#24 ヒキニート実家に帰る⑦

「ぉ、おじっさぁああああンんンっっっっ‼」


 俺を抱きかかえながら走り出した。

 勢いと風圧にも驚いた。呼吸が出来ないのだ!

 もっとも、驚いたのは。

 意外と細い腕で俺の身体を支えていることだ。


「何ーくまちゃーん」


「降ろして! 今すぐに‼」

「ダメだ」

「降ろしてってば‼ 今すぐにっっっっ」

「ぇええー」

 俺が息巻くとおじさんも一息吐いて。

 渋々と俺を腕から下ろした。解放された俺はしゃがみ込んで、全力で息を吸う。なんて空気の美味しいことか。

「はぁ! はぁああ~~!」

 そして、後ろを振り向く。

「ご、めぇんなしゃい」


「こんなところで揉めている暇はないんだよねー」


 低い口調で言うおじさんの身体は、光りに包まれている。

「……それも。群青的な能力ものなの?」

 俺は立ち上がっておじさんに聞いた。


「――……」


 おじさんは無言で頭を掻いた。

 そして、身体の光りが徐々に成りを潜めていく。そして、光りは収まってしまう。


「『おいおい。こんな状況で痴話喧嘩かよっ!』」


「!?」


 俺は後方さんの声を驚いた。

 だって、姿形もないんだぞ。

 なのに、声だけが聞こえるんだぞ。


 幽霊のように。


「っこ、こうほう、っさん?! っど、どこ??」


 俺も慌てて辺りを見渡した。

 そこで気がついたのは靄のような白いものが。

 辺りに漂っているんだ。


 すると。


「っは、っはっはっは! はいはいっと!」


 白い靄のようなものが。

 集まって人の形になった。


 後方未来サキさんに。


「やぁ。群青の末っ子」

「ああ。オレの監視する役目が後方さんになったのか?」

 少しキツイ口調でおじさんが後方さんに言った。

 それに後方さんも、

「監視? ぃっや、いやとんでもない! んなの俺の柄じゃねぇよ」

 手を軽く手前で振った。


「じゃあ。後方さんもおじさんと競うのか?」


「ま。そうなるわな? 俺もさぁ、欲しいもんがあっから《Δ硬貨コイン》が必要なのさね」


 デルタ硬貨と言う言葉におじさんの目が細くなった。

 険しい顔つきだ。


 俺が分からない専門用語が並べられる会話。

 ぺーぺーだからって放置して、業界用語なんかを話されたらムカっ腹なんだけど!


(いい加減に。うんざりだ)


 俺も苛立ってくる。

 だって、それは無視シカトされているようなもんだ。

 ここに居る、俺という存在を。


(《新人ペーペー》だから……ってのはさ、知ってんだけど)


 おじさんが未来さんに呆れた口調で言い放つ。

「お前みたいなのが必要って。おじさん、びっくりだわ」

「そ? 時代は《Δ硬貨》だ。どんな望みも叶うんだし」

 にこやかに笑いながら後方さんは煙草に火を点けた。

 辺りがチカチカと、火花が散った。


「乗るしかないでしょうっ! このビッグウェーブにw」


「――お前……」


 低いおじさんの声に俺の背筋が凍った。

 だから、思わず。


「後方さんっ」


 後方さんの胸ぐらを掴んでしまった。彼が俺から近かったことも在る。だから、こうして胸ぐらを――


「いい加減にしろよ!」


 それに後方さんがはにかんで、


 ふぅうう~~……


「っごっほ! っが、っはっはっは!」

「大丈夫か! たくまっ」

 煙草の煙が顔面に思いっきりと吹きかけられた。

 俺も煙たくて手を胸ぐらから離して煙を仰ぎ消して、間抜けにもぐるぐると回った。


「『本当ほぉんとにクソ餓鬼。なぁんも出来ねぇくせにさぁあ!』」


 後方さんの姿がなくなって靄みたいなものが。

 辺りに漂った。

 チカチカと火花を散らしながら。


「『反吐が出らぁ』」


 俺は後方さんにぐぅ音も出ない正論を吐かれた。

 事実を言われたら、言われてしまったら。

 もう、何も言えないじゃないかよ。

 

「っく!」


「子供を苛める子は嫌いだよ。後方君」

 ぽんぽん、とおじさんが俺の頭を優しく叩いた。

 撫ぜたともいう。

「おじさんだって怒るよー」

 

 靄に戻った後方さんの表情は見えない。

 一体、どんな顔をしているんだろう。


「『っく! っはっはっは! なぁ? 時間は大丈夫?? 竜二ちゃん!』」


 俺は時計を見た。


 【37:56:11】


「!? ぉ、おじさん?!」


「行こう――たくま」


 おじさんは走り出した。

 今度は俺を抱きかかえることもなかった。


 少し、がっかりしたけど。


「うん!」


 おじさんに幻滅させないように。

 俺、頑張るよ。


 【35:21:00】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る