#23 ヒキニート実家に帰る⑥

 彼らの背中を翡翠と律が見送る。


「『おやおや。活きの良いことでござるな』」


「『年寄りのポンコツなのにねぇ。年甲斐もなく、張り切っちゃってねぇ』」


 立ち尽くす中で足元いいた律の《変態化アバ》でもある蜘蛛。

 小さな姿が、見る見ると盛り上がっていく。

 翡翠は気にする様子もない。

「『――本当に。20年ぶりに会ったんだよぉ。結構……感動しちゃってる。オイラぁ』」

 震えた声で律に言う彼に、

「『良かったでござるな。拙者に血の繋がった者がすでにない故、分からぬが。感無量という気持ちと、……得も言えぬ感情に襲われてなければよいが?』」

 とくにどうと言うこともなく淡々と言い返した。


「『お主の人間のような悩みを聞くのは愉しいでござるよ』」


 豊満な胸に短かった髪の毛が胸の突起まで伸びていた。

 上半身は女性へと姿を変えている。


「『楽しませるつもりはないんだけどねぇ、手前は本当に、最悪な従業員だよぉう。なち藤君w』」


 律をなち藤と、翡翠が呼ぶには理由があった。

 彼は――二重人格者だ。


 律ほむらとなち藤。

 

「『怒らせたでござるか? それは申し訳ござらぬ』」


 どちらが主人格なのかは。

 上層部でしか知らないし、翡翠も知らない。知ろうと思えば翡翠には容易いのだが、彼はどうでもよかった。友達でもないからだ。赤の他人に興味なんかない。本当にどうだっていい。


 誰でも、何者でも。

 従業員である限り、辞めない限り。


 同じ社蓄であって、同僚なのだから。


「『しかして。あの者は――』」

「『? 何、手前でも読めないような人間とかいるのぉう?』」

「『お主は可笑しなことを申すでござるな』」

 苛立った口調のなち藤に翡翠も続けて言う。

「『一つ聞きたいんだよねぇ。手前が知り得る程度の確証でいい。あいつぁは何者かな』」

 翡翠の言葉に、

「『お主に申すことなど礫ほどもないでござる』」

 なち藤も言い返して嗤った。

 そんな彼に肩をすくませると、

「『だよねぇ。聞いたオイラが馬鹿だったよぉ』」

 大笑いをしてなち藤に言い返した。


「『あぁ。帰りたい――』」


 宙を仰ぐ翡翠になち藤も顔色を伺い見た。


 っぷ、るるるん!


「『どうされるかな? 追わねば彼にも、弟君にも疑われるでござろう』」


 胸を震わせて鎧に拳を押し当てた。

 意地悪な笑顔に、

「『竜二君はね単細胞なの。疑うっていうかねぇ、警戒心もない。純粋なのよねぇ……だから。それはないのよ。兄ちゃんの勘だけどねぇ』」

 翡翠は鼻先のヒゲに指先を置こうとしたが。

 《変態化》している為にない。

「『でも。横のあの子には――……はぁ~~あぁ。帰りたい』」

 腰に手を当てて深い息を吐く。堪らなく、息苦しい。

 苦痛からの弱音を漏らす翡翠に、

「『計画プランはどうされるでござるか? 実行で、良いでござるか?』」

 なち藤も明らかに体調が可笑しい翡翠に、淡々と確認をする。


「『そうねぇ。まぁ。後方君もついて行ってくれたしねぇ』」


「『では。決行でござるな! 久方ぶりの人間活動のチャンスをくれた竜之助リュウノスケ殿には何かを送らせて頂くでっごっざー~~る! ござる! ごじゃるよぉ~~‼』」


 そう喜々として叫ぶと那智藤は蜘蛛へと戻った。

 さらに分裂し、勝手に先走って行ってしまった竜二たちを追う。


 《49:12:04》


 兜の耳を押し、視界に時計をセットした。

 本来は《ワルツダンサー》のみが持つ時計もの


 群青家だけが所有を許されている。


「『オイラは本当に……本当に。嬉しいのっさぁあ、竜二君』」


 がっしゃん、と地面に足を踏み込めると。

 光のように走り出した。


「『復職、おめでとうよりも――この目で確認させてもらうっよぉうぅううっ!』」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る