#22 ヒキニート実家に帰る⑤

「ぅ、おぉう……」


 俺はそんな情けない言葉と言うか。

 ため息しか漏らせなかった。


 大きな音を立てて、厚みのある扉が閉まった瞬間。

 まず、倉庫内の全体の灯りが点いた。

「おじさんはアバらなくてもいいの?」

 俺の言葉におじさんも顔を横に振った。

「焦らない、焦らない。ね? たくま」

「おじさんがそう言うなら……」


 俺は他の従業員スタッフを見た。

 どういう心境なのか。知りたかった。

 俺は緊張していて、今にもゲロを吐き出しそうでもある。

 

「『あぁ。本当に帰りたい』」


 翡翠さんは鎧武者というか――落ち武者のようなアバだった。

 身長は高いままで。

 ゆらゆらりと揺れている。

(結構カッコいいな! 俺もあんなのがいいかも!)

 ただ、カッコいいと思った。

 俺が今日見た従業員たちは動物形状が多かったから余計に、これぞファンタジー! というかげん現実離れしたRPG世界のようで外界から切断され、血肉滾るような展開に思えた。いや、死にたくはないんだけど。商品確保に行くだけなんだけど。

 他の会社では味わえない――現実リアル世界!


 次いで。

 後方さんを見当たらなかった。

「?! ぁ、っれ?? 後方さん??」

 思わず顔を左右に振った。

 すると。


「『ここ。あンたの周りに浮いてる煙が俺の《変態アバ化》なのよ。びっくりした? ごめんな』」


 灯り照らされた煙が、後方さんになった。

 流石にびっくりしたけど。

 なんからしくて、思わず納得のアバだった。

 あと一人の律さん。


「?? また、いない。煙的なアバなのかな??」


 《57:21:45》


 ちなみにもう時間は動いていて。

 ちっくたっくと進んでいる。


「『恵比寿君ってさぁ。蜘蛛、嫌いじゃないっのぉう?』」


 俺に翡翠さんが腕を組んで苦笑交じりに言った。

 重いもしない台詞に俺も、ザワりと嫌な予感に冷や汗が出る。

 ゆっくりと翡翠さんが視る方へと、視線を向けて足元へと顔を動かした。


 赤ちゃんの手のサイズ程の蜘蛛が、俺のシューズの上に乗っかっていた。


 ざわ。


 ざわざわざわ――……


 声にもならない。

 いや。

 声が出せない。

 身体も錘のように動かない。


「    ――~~っつ!?」


 顔面蒼白になっているに違いない。

 

「『おっもしっろい反応でごっざるなぁ~~‼ 愉快、愉快‼』」


 そんな俺を喜々として律さんが嗤う。

 何を思ったのか、足元から俺の身体を這って来た。

 俺の膝がガクガクと揺れてしまう。


「『これから何故なにゆえにして。このような異様な格好になるのかを。拙者た――ボク達が一から叩きこんであげるから。立派な従業員コマンドランナーになってよね』」


 俺は何度も、何度も強い頷いた。

 律さんも俺の反応にシューズから飛び降りてくれる。


「ぉ、ねがぃします……はぁ~~」


「『さてぇー和みタイムはお終いっだよぉー』」

 がっしゃん、と鎧を鳴らしながら翡翠さんが言う。

 台詞はアレだが、真剣で重い口調の言葉だった。

「『くまちゃーん。時間はぁ』」


「!? ぇっと」


 《56:48:21》


「56分でっす!」


「『よぉっし。一丁行こうかぁー』」

 両拳を当てて言う大声で翡翠さんが発声をする。

 何で、隊長じゃないんだろう。

 この中で一番の年長者は翡翠さんだし。

 恐らく、功労者であって。この職一筋だと思うのに。

 何か、身体かどこかの病気で隊長になれないからだったりするのかもしれない。とても、気になるけど。

 今は、関係ないことを考えるような状況なんかじゃない。

 

「『あ。竜二君、兄ちゃんと賭けしないかい?』」


「しないよ?」

 おじさんはにこやかに断った。

 そりゃあ、そんな賭けには乗らない方がいいってもんだよね。

「『今回の商品確保をどちらが早いかを。負けたらさぁー兄ちゃんの分の《ポイント通貨》もあげちゃう』」

 あ。

 何かヤバい空気だぞ。

 おじさんが、おじさんが。


「……《Δ硬貨》は?」


 はい、乗った。おじさん乗りました。

 そんなに欲しいものなんだな。

 ポイントも、デルタも。

 まじで馬鹿だよ。


「『いいよぉー兄ちゃんには必要ないものだしねぇ』」

「あるでしょう、必要は。奥さんに何か買えるんだし、子どもにもさ」

「『……手前が気にすることじゃねぇんだよっ。ガタガタとうっせえなぁっ! 乗るのか! どんなんだよ、手前っ!』」

 がっしゃん、と。

 おじさんに腕が伸ばされた。

 拳になっている手に。


「乗った。今回、そちらの助っ人はなし、でいいのかなー」


「『ああ。コイツらは休憩時間に捕まえたから。給料も発生しないかんなぁ』」


「「『……ひどい……』」」


 翡翠さんの言葉に律さんと後方さんの言葉が。

 ため息交じりに重なった。


「ああ。でも、二人共安心しなさいなぁー今度、父ちゃんが直々に何かくれるってぇーよろしくな! て言えって言われたの忘れてたぁー」


「「『マジっスかっっっっ‼』」」


 律さんと後方さんの声が。

 今までにないくらいに弾んでいる。


 翡翠さんの計算なのか。

 それとも、本当に忘れていたのか。

 どちらも俺には分からないけど。


 何かやり手というか。

 手慣れたような感じだ。


 この感じは――おっさんのように不気味で、怖い。

 それでいて恐ろしい存在感だ。


 これが《群青》なのか。

 そして、《長男》なのか。


「兄さん。置いてってもいいでかなー?」


 おじさんが俺を抱きかかえると。

 身体が光った。


「え!」


 びっくりする俺や、翡翠さんが返事する間もなく。

 おじさんは翡翠さん達から奔り去った。


「ぇええええっっっ‼」

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