#19 ヒニキート実家に帰る②

 何と言うことでしょう。

 もさもさのぼっさぼっさだった、あの不衛生な髪型が。


 2児の母親で姉の群青竜子さんのハサミ捌きによって。


 左右は短く刈られ、前髪は流れるように右に流れています。ただ左の一房分が長く残っていて。それを赤いリボンによって結ばれています。


 ◆


 って、あの番組のナレーションが俺の頭に浮かんだ。

 おじさんは元々の童顔だ。歳だって言われないと42歳だって分かんないし。俺にはおじさんは短く切ったから、20歳前半にだって見える。てか、今自体が少年の姿なんだけど。


「ほぉうら! どう?!」


 おじさんに鏡で、前から後ろとかを映し出して。竜子さんが確認しながらドヤ顔をする。

短くなって軽くなった髪を、おじさんも手で触った。

「ぅんー~~短くないかなー耳元が寒いっていうかーそぅいや。姉さんの旦那さんも左右の髪短かっかったよなぁ? 趣味なのか?」


「うるせぇよ!」


 きっぱりと吐き捨てるおじさん。ある意味カッコいいな。

 他の誰かに意見を言える大人になりないんだよな、俺も。


「それでぇ? 急に職場復帰ってのは思い切ったもんだよねぇ」


 二人の会話に入るかのように、翡翠さんがおじさんに言う。

 いつの間にかお盆に四つのコップを持っていて。

「あ。ども、です」

 俺やおじさんや竜子さんに手渡していく。

 中にはレモンが入っている水だ。


 俺達はおじさんの屋敷の門の前。そこにどこからか持って来ている椅子。おじさんはそこに縛られていた。今は解かれているけど。俺は横の大きな石のようなものに腰を下ろしている。


(ぁ。美味ぅんまい、これ!)


「20年近い離脱ブランクをどうするつもりなのかなぁ?」


 カラン――……


「兄ちゃん。適当で曖昧な仕事態度嫌いなんだよねぇ」


 少し尖った物言いだ。本当に嫌なのが、本当に分かる。

 視線も竜子さんみたく細められて、獣の目だ。

「そんなんだから。群青家の恥さらしだの、欠陥品だとか。陰口を叩かれるんだよぉ? にぃちゃん、辛いんだよねぇ」

 淡々と、今までの鬱憤を漏らすかのように。

 おじさんに言い吐いていく。

「まぁーまぁー実際さぁ。その通りだしな~~本当に申し訳ねぇわー兄さん」

 言われた本人もはにかんで、本当に申し訳ないといった表情で短く刈られた髪を掻いた。


「……オレぁ。元々、父さんから絶縁されってっしさぁ。今さら、家の敷地に足を入れられる立場じゃねぇのは分かってんだけど……散髪がはやっぱさ、父さんにって思ったんだよなー」


 衝撃的な言葉に俺が驚いた。20年の引きこもりに、職場復帰だけでも。何か半生が凄いと思ったのに。ここに来てさらに、小難しい設定スッペクが追加された。


(絶縁って。何をしたんだよ、おじさん)


 俺の頭が疑問で埋め尽くされた。出会いから、ここまでの間で。おじさんとは身の上話しも何もないし。仕事の話しをしたぐらいなんだから。


「本当にオレぁ、出来そこないだし、恥さらしだし。いいとこなんかこれっぽっちもないよー《獣王》も、兄さんに返したいくらいだもんよー子供いない? あー結婚した? 子供がいるんなら手っ取り早いよなー譲度すりゃあ済むし。オレも重圧免除で、自由になれっし! どうなの? いんの??」


 おじさんがコップを煽るかのように飲んだ。

 同時に。


 ガン‼


 椅子が倒れる音が鳴る。


「え」


 翡翠さんの腕が勢いよくおじさんへと振り落とされた。


 咄嗟だった。


「!? っく、ま……ちゃ、ん??」


 俺の身体が動いておじさんをかばってしまった。

 翡翠さんの拳は俺の頭へと、鉄槌が下された。


「っでぇえええっっっっ‼」


 あまりの激痛に俺の身体が膝から落ちてしまう。じんじんとか、ガンガンとかじゃない。何とも言えない激痛に俺は頭に手を当てた。

「くまちゃん! っちょっと! 大丈夫じゃないよな?? あァー~~」

 おじさんの慌てっぷりは半端なかった。

 目を白黒させるじさんに、

「平気だから。大丈夫だよ、俺」

 激痛に耐えながら半笑いを向けた。


「兄さんっ! これはなんの真似だよっ‼」


 鼻下のチョビ髭を指先でなぞりながら。

 目を反らしながら言いつつ椅子に座り直したのだけど。

「あのさぁ? のこのこと実家にまで足を運んで来たってことは、ドヤされるの覚悟ってことなんなだよねぇ?」

「ああ! 覚悟をしたから《獣王オレ》は戻って来たっ! 殴りたいってんならっ! 殴れよ! オレをさぁ!」

 コップに口をつけて飲んでいくと、また腰を上げた。

 そして、おじさんの前に膝を折って。


 煽った。


「オイラと一緒に商品をこれから取りに行こうかぁ? にぃちゃんに、竜二君の覚悟を見せてよぉうw」


 おじさんの顎を指先で逆立てるかのように触れる。

 指先をおじさんも叩き弾いた。


「たくま。行けるか?」

 

 目を見開いて俺におじさんが言う。

 心臓音が、警告音が俺の中で警報を出している。


 だって。

 《新人ペーペー》は1日一回の出動だって。

 君島さんが言っていたじゃないか。

 何よりも依然として把握していないのに。


 俺は横に居てもいいのかな。

 本当に。


 


「うん! おじさん、行こう!」


 でも、俺はおじさんの役に立ちたい。

 でも、俺はおじさんから仕事のいろはを見て覚えたい。


 その為なら。


「働こうじゃないか!」


 《殉職者ケアチャーヂャー》にならないように気をつけるよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る