#18 ヒキニート実家に帰る
「おじさん。牌さん、やっぱり勘違いしてたし、肩もすんごく下がってたよ。ちょっと、可哀想だよ」
牌さんが不憫になって俺はおじさんに伝えた。
「ええ?」
俺の顔を見て、からからと悪びれる様子もなく笑う。
「オレさーこれっぽっちも、今日行くなんか一言も言ってなかっただろぉう?」
「確かに」
ちなみに、ここはまだ《ワールドルーツ》の本社の内部。おじさんと俺がいるのはよく分かんないところ。エレベーターで延々と上がって行っていた。
ガタタン!
「あ。止まった」
「はいはいっと」
おじさんの掌がエレベーターの壁に触れると。エレベーター内部が真っ白だったのに。真っ赤に色が染まった。階も45までだったのに。何か分かんないけど表記が999になってるんだけど。しかも、勘違いならいいんだけどさ。真っ直ぐ下に落下していってるみたいなんだけど。
どゆことなの、おじさん。
「おおおぉおじさンんんっっ?!」
「ぅんー? 何ーくまちゃんってばー」
「っこ、こここ、このエレベーター~~落下してませんか?!」
「ぅんーしてるよー!」
チン――……
ようやく止まったエレベーター。俺は身体を引きずって出た。おじさんも俺のアレな様子に苦笑いをしている。初めてなんだからしょうがないじゃないかよ。
「ぉ、おじさん。っこ、ここは一体どこなんですか??」
「実家ー」
「?!」
「おじさんがヒキニートになる前と結婚して出て行くまでの間、住んでたよ」
スキップしながらおじさんが、
「父さん! たっだいまー不貞の末っ子っ、次男の竜二君の凱旋でっすっよぉう、っとw」
口に両手をついて中へと奥に聞こえるように叫んだ。
容姿が少年のままだから、とても無邪気で可愛く感じた。
「てか。実家~~」
俺の目の前に広がっているのは本当の屋敷、日本家屋って感じの家。きちんと門構えもある。ただ、異質なのはその屋敷を囲うかのような本棚だ。そして、室内だというのに、空があって太陽に似たものもある。
「とー~~っさー~~んっっっっ‼ あっれーおっかしいなー?」
首を捻るおじさんに俺も首を捻った。
少しため息を吐くと、
「くまちゃん。付き合わせてごめんな。帰ろうぜ」
にこやかに俺に言ったから、
「いいけど。何しに来たの? 実家になんて」
起き上がりながら聞いた。
「ぅんーそりゃあー職場復帰の報告だろう? あとついでにね、父さんにいつも髪の毛をカットしてもらってっからさー? カットしてもらおうかな、って持ったんだけどよぉーいないのなぁ。父さん」
ぼさぼさに伸び放題の髪を指先でくるんくるん、と回しながら言う。確かに切らないと。これこそ衛生面的にダメだ。
「何なら。おじさん、俺が切るよ」
「! いいのー~~??? わぁ~~い」
「ダメよ! その子の髪を切るなんて! 赤の他人がね! 竜二も勝手に切らせる真似なんかさせちゃダメに決まっているだろうがっ!」
俺が振り返ると。
目の前に足があった。
「!?」
俺は当たると思って目を瞑った。
なのに、痛みがない。
「??」
俺は目を開いて視て見た。
おじさんが《英雄の拳》で、その足を掴んでいる。
「っち! 離しなさい、愚弟が!」
「もー
おじさんが手を離した。
「……ようやく。あの女とは決別して、仕事をする気になったみたいじゃないか。いいことだわ。でも、次が男なんて、……父さんも気絶するか、殺されかねないわよ」
お姉さんのことなにおじさんの身体が強張ったのが分かるけど、それはすぐに戻った。吊り上がった目もにこやかに細められた。
「どうして。実家に居るのーまた、痴話喧嘩しちゃったのー義兄とー仲良くしないとだめだよー子どもちゃんにも悪影響ぉーあと、たくまはオレの相棒だ。変に解釈するんじゃねぇや」
「うっさい! ぶっ殺すぞ! あァ?!」
竜子さんと呼ばれたのは目はおじさんにそっくりでも。顔の構造は違って、髪の毛は柔らかそうに跳ねまくっている。それを左右に黒いリボンで括っている。あと、若干おじさんよりも、身長がある感じだ。
「別にっ! 休憩時間に立ち寄っただけよ! アタシも父さんに用事があったからね! そんだけよ! それにしても、そんな姿を見るのも久しぶりじゃないか」
紫のルージュが鈍く光る唇が、にやりと微笑む。
「それよりも。ふふふ、アタシが髪を切ってあげるわよぉ?」
「うんにゃ。いい! くまちゃんにカットしてもらうからー帰るねーばっははぁー~~いw」
両手の人差し指を向けた。俺はそんなおじさんにびっくりした。そんな態度をとっちゃたら、俺の立場やらなんやらが。標的になりそうなんですけど。まだ死にたくないよ。
「あンた! 待ちなさいよ!」
腕が勢いよくおじさんの首元を締めあげたかと思えば。
ぐぐぐ、と細い腕がおじさんを掴み上げていく。
「この2児の母親のアタシがカットしてやるっつってのっっっっ‼ 喉元掻き斬ってやろうかァああ?!」
迫真の言葉に表情。
俺の膝が笑い始めてしまう。
「いいってば。姉さんの手を煩わせる気はねぇもんー」
にこやかに拒否って微笑むおじさんに、
「蛆虫野郎が!」
竜子さんが腕を強く振り払った。俺の身体も巻き込まれて飛んで行ってしまう。
「っだァー~~!?」
「本当にめんどくさいんだよねぇ。姉ちゃんと会うのも話すのもねぇ。人の言う気なんか聞く耳なんかないし、自分の話しが世界の中心なんだもんねぇ」
上手くキャッチされて、ここでも身体に痛みはなかった。
てか、元々おじさんの腕の中にいたみたいなんだな、俺。
「あ。翡翠兄さんじゃん! 元気だったー?」
「……その子――再婚したってんならメールの一つもしろっつぅのによぉう」
「すいません。赤の他人で相棒の恵比寿たくまです。独身です。いや。恋人もいませんっ!」
俺は自己紹介をした。翡翠さんは色素の薄い白っぽい短髪で鼻下のちょびヒゲと顎にも薄いヒゲが生えていた。目許はおじさんよりも深くて、眠そうだ。太く困ったような眉毛が眉間にしわがよっているのは。
恐らくは癖かなんかだろうな。
「オイラは群青翡翠ねぇ。あっちは群青竜子っておばさんね」
「あンたまで何だって実家に来るのよ! 仕事は?! サボりか‼」
「いや。オイラはとある人から小耳に挟んだからからさぁ。今は休憩時間中よぉ」
大きく叫ぶ様子の竜子さんに淡々と言いながら。翡翠さんが俺の顔を見て、膝を折ってしゃがみ込んだ。大きく目を見開いて、俺を魅入る翡翠さん。
「よろしくねぇ?」
「? はい」
「そんでぇ? 手前は人の髪をカット出来るのかい?」
「自分のはやってましたが。他の人は……ないです」
ぽんぽん、と俺の頭を撫ぜると。
おじさんを俺からすぽん! と引きはがした。
「姉ちゃん。はい!」
「よし! 翡翠、でかしたわっ!」
受け取ると竜子さんはおじさんを椅子に座らせて。どっから出した縄で括って縛った。僅か数秒の出来事に俺は目を丸くさせてしまう。
「だからっ! オレはたくまにカットしてもらうっつってんじゃねぇかっ!」
おじさんがにこにこと縄を解く音に。俺は竜子さんと翡翠さんの顔が、俺を見ているのが怖かったから。だって真顔じゃないんだよ、半笑いなんだもん。
息を飲み込んで、
「っきょ――『今日は竜子さんにカットしてもらいましょう。俺も練習してからじゃないとさ。おじさんの頭を坊主にするのも嫌だから、さ。ね? おじさん』」
目の前に翡翠さんが翳したスマホの文章を読み上げた。少しの感情を込めるとの一文があったから読みかけてしまいそうにはなったけど。
何とか読み終えて、翡翠さんを見上げた。
親指が突き上がったから。
俺も突き上げた。
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