#14 ヒキニートたちの盃

 社内車が俺とおじさんを運んで進んで行く。


 ◆


 ここ――《ワールドルーツ》日本支部は。

 山の中がくり抜かれて出来ているのかように、入り組んでいる。きっと、方向音痴な俺は迷子になって彷徨うこと間違いないだろう。


 ごっきゅん!


 喉を鳴らしてしまった俺におじさんが、

「くまちゃんはーこの職場でずっと働く意欲とかー骨を埋めたい覚悟はあるか?」

 にっこりと俺を見て聞いて来た。

「意欲と骨を埋める――……覚悟、ですか?」

 どう返していいのか正直分かんないんだけど


「じゃあ。質問変えるけどよ? おじさんと一緒に……働きたいか?」


「っは」


 バクン。


 ばっくん!


「はだらぎだいでずっっ‼」


 声も上擦って俺はおじさんにはっきりと言い返した。涙も出てしまうのは、感情が高ぶってしまったからだ。それにおじさんも、大きく頷いて俺の頭を大きな手で撫ぜてくれる。

「て。ことよーキリちゃんー……堤班長さん

 少し強張った声でおじさんが2人に言う。

 運転しているおっさんが、おじさんをバックミラーで睨みつけた。


 もちろん俺もだ。


「そんなLvも経験値もない子供に。君は何を期待してるのよ」


 冷淡に吐き捨てるおっさんに、俺は頬を膨らませてしまう。確かに俺は子供だし、仕事の経験値も何もかもがないよ。でも、そんなものなんかはさこれからに期待ってもんですって!


「俺に期待してよ。俺には伸びしろがある。成長だってこれからなんだぜ!」


 仕事をして覚えていけば俺だって、この会社に貢献が出来る。

 今は給料泥棒とか言われるとは思うけど。


「だから。だからさ、お願いですから。見捨てないで下さい。お願いします」


 俺もバックミラーのおっさんを見据えて言った。そしたら、おっさんは視線を反らして。

 何も言うことはなかった。


「くまちゃんーオレの膝の上でお眠りなさー~~い」


 おじさんが俺の頭を、強引に引っ張って膝の上に乗せた。

 俺はおじさんを見上げる格好になった。

 でもおじさんはおじさんじゃなく。俺なんかよりも子供に若返っていて。

 中学生のような格好になっている。


「いつまで。その恰好なの、おじさん」

「ぅんー~~さぁ? ちょっとばっかしね。久しぶり過ぎたからさ。その副作用だから心配すんなっての」


 俺は、その言葉に目を閉じた。


「そっか……うん」


 ◆


「ほぇ? んあ?」


「あ。起きちゃったのーくまちゃんてばさー」

「ぉ、じさん? ぅんー~~!」

 俺を起き上がって大きく腕を伸ばすと身体が、ばきばっきと鳴った。


「う」


 腰を曲げる俺の目には、革のソファーと淡いピンクの毛布ブランケット。辺りを見渡せば、かなりひんろい空間。どうやら俺は社内車からお荷物のように持ち運ばれて、家のソファーに寝かせられていたのか。しかし、辺りはどうしてだが散らかっているんだけど。

 20年前からそのままなら、ずっとのそのままだったというのだろうか。


(片付けなきゃな……めちゃくちゃ汚い)


「いやいや。違うよ? 違うからね?」

 ぼんやりと、俺が視ていると。

「これはキリちゃんがご乱心で散らかしたものだからね?! オレは片付けとかする方なんだかんな?!」

 そう慌てながら言うおじさん。

「ぁ。キリちゃんさんと……おっさんは? 帰ったの?」

「っふ! シャワー室に行っちゃったよー」

 おじさんが意地悪な笑顔で、

「ああ見えて。あの人達はねー日本支部の重役って立場で、もっぱら室長室兼司令部から出ないから風呂とかあまり入らないんだよ。で、臭い! って言ってやったらーブツブツ言いながら行っちゃったんだぜぇー」

 両手の人差し指を俺に差した。

 なんて子供っぽいんだろうか。

 今は子供なんだけど。


「おじさんはブランクがあっても……どれぐらいの――LVなの」


 俺は、聞きたくもないのに口にしてしまう。どうせ俺は最弱の0に間違いはないし、はっきりと言ってしまえば糞だろう。でもおじさんは違う、20年のブランクがあっても。アバってゴリラに変わったんだから。


「たくま。聞いてどうするんだよ。聞かない方がいいんじゃないのか?」


 多分、ブランデーかなんかだろう。

 グラスの中の、茶色い液体をおじさんが飲み干した。

「そぅ。だけど……じゃあ、俺を必要としなくたって、いいんじゃないのかなって」

 おじさんに、やんわりと断られた俺はどうしたらいいんだろうか。

「俺さ。ペーペーだしさ?」

 俯いていく俺におじさんも、

「おじさんには必要だよ? ブランクの補佐が欲しいじゃない? だから。くまちゃんは危険な役回りとか与えちゃうけど――……やれるか? やれないってんなら、要らないって言うっきゃねぇぞ? オレもさ」

 少し強い口調で言った。

「! うん! ヤれるよ!」

 大きく俺は頷いて応えた。すると、おじさんは俺にブランデーの入ったグラスを手渡した。俺もそのグラスを受け取った。


「《従業員コマンドランナー》に乾杯な♡」


「っは、はい!」


 ブランデーを交わして。

 俺は正式におじさんと対の相棒になった。

  

 おじさんの伝説の、無双が始まる前日譚。

 俺とおじさんの対峙が勃発して仲違いが始まる1年前の出来事でもある。


 ただ。

 このときの俺はそんなことが訪れる未来なんか。

 想像も出来なかったんだ。

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