#13 ヒキニートだった青年、犬になる

 車内の中には、重い空気が漂っていた。おじさんの身体は俺に寄っかっかっていたんだけど、車の動きに膝の上に落ちてきていた。まだ、おじさんの意識も戻らない。


「ぅ……ううう~~きり、ちゃ……んンんっっ」

「おじさん」


 どんだけの馬鹿力で吹っ飛ばされたんだろう。いや、元々のHPが尽きかけていたんだ。それを隠してたんだ、見せたくなかったんだ。だっておじさんは、君島さんや他の従業員の人達よりも経験値があって。年齢だって一回りも違うんだから、見せたくないものだってあるんじゃないのか。


「恵比寿、たくま君――だっけ」


「! っふぁ、ふぁい!」

竜二リョウジの《変態アバ化》はどうだった。きちんと出来ていた?」

「! 立派なゴリラでした!」


「そっか。よかった」


 ぎしっ! とキリちゃんさんが助手席に身体を預けた。

 運転をするのはおっさんだ。


「君は叔父さんの下に帰りなさい」


 冷淡な言葉が俺に突き刺さった。やっぱりだ。おじさんがブランクがあっても《経験者》で。俺がズブのペーペーだから。

 一緒になんかいられなんだっ。

 そんな気はしていたさ。

 土台も舞台も、なにもかもが不釣り合いなんだ。

 俺とおじさんとでは待遇が違い過ぎる。

 居たたまれない!

 どう頑張ったっておじさんの傍になんかいられない、一般従業員に過ぎないんだ! それでも俺はおじさんの肩の上から、想像を絶する世界を視てしまった。今まで味わったことのない興奮を覚えてしまった。どんなアトラクションなんかよりもスリリングで興奮する社会に足を踏み入れてしまったんだ!


「――おじさんの名前を聞かなかったのは……業とだったの」

「まぁ~~ねェ」


 素っ気なく吐き捨てるおっさんに、俺はこう何て言うか。胸が、胃が堪らなく痛くなった。叔父さんの統括する倉庫の作業に戻れるのなら喜んで戻ったさ。10分前までならさ。

 でも、今の俺は違うんだ。違うんだよ。


「おじさんと一緒に働きたい、です」


 誰かに必要にされてみたい。おじさんに。そして、おじさんの横で仕事のイロハを学んで頑張って。

 おじさんと一緒に社会復帰をしたいだけなんだ。


 きっと。

 親父だって喜んでくれる。

 そしてさ、一緒にご飯を食べて笑い合えるに違いない。

 想像を超えた未来がある。キラキラと、繋がるような物語が。今は泥みまみれたっていい。踏み台にして、いつか俺もおじさんのように――必要とされたい。

 誰でもない自分のために。伸ばされた手を掴んでやっていけるように人間性も成長したい。俺の望みはおじさんの傍で成長することだ。何か条件があったとしても俺は受け入れるだろう。

 傍にいられるんならどうとでも、煮るなり焼くなり、お好きにどうぞってもんだよ。


「お願いだから。叔父さんの下に戻れだなんて言わないで下さい」


「どうします。堤室長さん。俺は彼を――竜二のGPSとしてボイスレコーダーとして飼ってもいいとは思いますが。平たくいうと――《コマ》ですね」

 キリちゃんさんがおっさんに聞いた。俺の心臓も高鳴ってしまう。返事が怖いし、バックミラー越しに視線が合うんだもん。

「ワンワンかァー私さァ~~にゃんにゃん派なんだよなぁー」

 本当に嫌そうな顔で言うな。このおっさんは。


「って……ぁたったったぁーたくまと一緒じゃなきゃ。オレは働かないよ」


 おじさんが、膝から身体を起こして頭を押さえた。

「ってかっさー~~‼ あんまり何じゃないのーキリちゃー~~ん?? いっきなしさー回し蹴りとかさー信じられないんですけど! おじさん、久しぶりの仕事で疲れたのに! 本当に酷いー~~ッッ! がぁ~~っでむぅうう!」

 怒り心頭のおじさんの言葉に、キリちゃんさんが吠えた。


「がたがた言ってんじゃねェよッ!」


「何よー何なのよー~~堤さんも甘やかしすぎなんじゃないのーキリちゃんのことをさー」

 言われたおっさんは「否定は出来んな。すまんすまん」と手を上げた。その様子にわなわなとキリちゃんさんの身体が大きく揺れる。

「いいからっ、黙れよ!」

 ドスの効いた声でキリちゃんさんが吐き捨てた。

 正面を向くと勢いよく頭を掻いた。

「詳しくは、あんたの家で話そうじゃないの」

 家があるのか、流石は元従業員だ。

 でもさ、20年も空いたら普通はなくならないかな。


「えーもう解約されたのかと思ってたー家なんかさぁー」


「社長に許可の得ての継続契約更新をしていたからな。それも、三日後には解約されるところだったから、間に合ってよかった」


 キリちゃんさんが優しく笑う横顔が見えた。本当に顔は女のように可愛い。顔だけはだ。あくまでも顔だけの話し。

 すっごく怖い人なことには変わりはない。


「全部、20年前のままだ」


 それでも。

 彼はおじさんの良き理解者なのは変わりがない。

 だから、俺は《犬》にだってなるさ。


 おじさんの横で相棒としていられるのなら喜んで。


 お好きにしてくだいよ。

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