#12 HP0のヒキニートの撃沈
俺の目から見ても、おじさんはボロボロだった。さっきまでいた倉庫から、俺にとっては一瞬であっても。おじさんにしてみたら俺と商品を奔って、帰らなきゃいけない状況だ。そりゃあ無傷で済むなんてことはないだろう。たとえおじさんが無敵の人であって、伝説級の従業員だったにしろ、20年近いブランクのある元・ヒキニート。体力や勘なんかだって下がったり鈍ったりしてて、大変だったに違いないのに。笑っている。何気ないように立っている。
人間の
(そんなのことはどうだっていいんだけど)
「おじさん。あの、その、何ですかあの――」
俺もおじさんに何かを言いたかったのに。今さらながらに長い間の引きニート生活のせいなのか。何を、今、言っていいのかが、分からない。
有難うなのか、とか。
酷いなのか、とか。
信じられない、だとか。
今の状況下で、俺は何て言葉でおじさんと話せばいいのか。
「あなたは最低だな。くま」
「!?」
俺にそう吐き捨てたのは牌さんだ。
「え? どぅ――」
「乙女さんに感謝の言葉も言えないのか、と」
牌さんの言葉は、やっぱりなという感じだった。
ここは感謝の言葉を最初に言うべきだったんだ。
その
「あなたは、社会人としてなんらと貢献したこともないまま、親の脛を齧って生きて来たんでしょうね。その歳まで」
牌さんの言葉が、ぐっさりと俺の胸に突き刺さった。
現実なら真っ赤な血が大量に流れて。間違いなく失血死だよ。
草も生えないとは、このことを言うんだろう。
躊躇なく、視たことのあるような風に、現実を当てられてしまった俺は言い返すことなんか敵わないじゃないか!
打ち震える俺におじさんが気づいたのか。
「っや、止めたげて、ね? おじさんからのお願い。パインちゃん」
「?? っぱ、ぃん?! ちゃんっっ?!」
細い眼が、思いのほか大きくに見開いて、おじさんを見た。周りの従業員からは、噛み殺した笑い声も上がる。確かに牌さんは、見た目も黄色と緑色のパインカラーだもん。しかも頭部が、鋭くワックスされていて鶏冠だ。明らかに狙っているとしか思えないでしょう、これは。
「おじさん。あの、ありがとうございました。その怪我とか……してない?」
「ああ!
平気というのに一向に立ち上がらないおじさん。
少し、身体も震えているようにも見える。
(やっぱり。どこか怪我をしてるんじゃないのかな)
俺はどうしたらいいのかが全く分からない。
(ひょっとして、俺だけ倉庫に戻るのかな。おじさんと一緒にとかいられないのかな、まぁ、そりゃあそうですよね)
立ち竦んでしまう俺の耳に何かが勢いよく奔って来る音が聞えた。
ああ、これは社内車のエンジン音だ。
「あべこさん。乙女さんも、このまま、また商品確保に行くんですか?」
「んな訳ないでしょうが。一応、名目上、乙女は《
俺は君島さんの言葉に胸を撫で下ろした。
のも束の間だった。
「行くよ!? おじさんだって、
おじさんが、唇を突き出してそう言って立ち上がった。だけど、身体は意思とは裏腹にフラフラで、足元もぐらぐらだ。
「え? おじさん。止めなって…ほら。フラフラじゃないのさ!」
「だからー平気だってぇー」
「おじさんだって引きニートだったんでしょう?? ブランクあるんじゃないの?? 無茶をして怪我なんんかして寝たきりとかイヤじゃないのっ!」
「ぅんー~~まぁ。20年……弱かなー? ブランクは。寝たきりはおじさんだって嫌だよ。つぅか怪我も無茶なんかもしねぇもぉんw」
20年とか、流石にヤバいとしか思えない。どう諦めさせようと考えていた俺を他所に、牌さんがおじさんに声をかけた。
「乙女さん。少し仕事のことで、お話し出来ませんか。僕の部屋も、ここから近くなんです。お酒とか飲みながら如何でしょうか。あ。それよりも好きなお酒はなんですか? 飲めませんか? どうなんでしょう? 教えてもらえませんか?」
「! 酒?! いいねぇー~~お酒ー」
どうやらおじさんはお酒が好きなようだ。
俺は呑んだことはないけど。
おじさんに言い寄る牌さんに、君島さんが声を上げて腕を叩いた。
「牌。職場放棄しない! ほら行くわよ」
でも、牌さんは動じない。
「早退します。もしくは半休を取得申請します」
「ふざけんなっ」
「労働における権利ですが?」
「口答えをしない!」
君島さんが、さらに大きく声を大きく張って言い捨てた。
言い合いに牌さんの身体も大きく強張らせた。
(とりあえずこの場所から離れたいな)
俺の膝がカタカタと震えた。
こんなに歩いたのも走ったのも。
多分。10年ぶりだと思う。
股関節が悲鳴を上げている。
ギュルルルル――……
「!?」
明るいヘッドライトが俺達を照らし出した。
その眩しさに俺は目を細める。
バン! ババン! と誰かが降りて来た。
「
「過保護過ぎだよねェ。本当に困ったもんだよ」
1人はおっさんだ。
今回の商品確保へと送り出した汚い大人だ。
もう1人は、しわ一つないスーツを着た。ポニーテールをした若い人だ。
切れ長の目が怒りでさらに細くなっていて、怒っているのは、十分に見て分かる。
「あーキリちゃんだァーやっほー~~」
「やっほォおお! じゃアアアアッッ!」
キリちゃんさんと呼ばれた人は細長い足を回すと、そのままおじさんの頭部に回し蹴りをした。おじさんは腕で
「ないんだよ! 馬鹿糞野郎っっ‼ 誰が前線で闘えっつったよ? あァ?!」
眉間のしわも深くなって、言葉遣いもアレになっていく。
何なの? この人怖い。
「はいはい。キリちゃん、周りもドン引きだからその辺に。ね? 相手はほら。多分、HPが今ので、0になっちゃたからwwww」
確かに、おじさんが起き上がらない。
「ぉ、おじさん!? っちょっと!」
慌てて俺はおじさんへと走った。
意識もないのは明らかで。
「何をすんだよ! あんたは!」
俺は蹴飛ばした怖い人に言ってやった。
「ああ。本当に、糞生意気な
興味がないといった目で見下ろす目には怯えている俺が映っている。何なんだよ本当にこの人は。絶対に、近寄ちゃあいけない系の人間だ。
「仕方ない。あんたも回収しておくかな。の方が、この馬鹿に、恩も着せられるからな」
ひょい。
「え」
ひょい。
「?!」
細い腕が俺とおじさんを肩に担いだ。一切の震えもない圧倒的な筋力と剛腕。身体の細さからは想像も出来ない。細マッチョってヤツなのかもしれない。
連れて行かれる俺達に。
「あ」と牌さんの声が聞えた。
「おい! これを竜二さんに渡してくれ! 牛男っ!」
慌ただしく手渡されたのは名詞だった。
「わかった! おじさんに渡しておきますね!」
「ああ! よろしくお願いします!」
そして、また馬鹿力で社内車の後部座席へと放り込まれた。
俺は起き上がって後ろを視た。
ぞろぞろと解散となっていく中、パインさんだけは見送っていた。
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