#10 ヒキニートの青年、お荷物になる

 おじさんが怪物の手に包まれた瞬間。閃光が放たれた。

 俺はといえば、地面に尻もちをしてしまった。

 でも顔はおじさんを見据えている。


 ぼた。


 ぼたたた――……


 俺の全身に吹き飛んだ化け物の、肉塊と血液が降り注いだ。


「おじ、さん? おじさん?!」


 ビィ。


 ビィイイイッッ‼


「ひゃ! ぅおあ??」


 いきなり俺の軍手から警報音のようなものが鳴った。

 左手の甲の点滅に、

「っこ、こうか?!」

 俺は慌てて、手当たり次第に押しまくったんだ。それが功を奏したのか。

 鳴らした相手と、通話が出来たと思ったらだ。向こう側の女の人が、大きく俺を怒鳴りつけてきたことに、俺も裏返ってしまった声で言い返してしまう。


 ――ちょっと! 遅いんじゃないの? あーたッッッッ‼


「?! っだ、誰だよ!」


 ――僕は、あーたのような従業員コマンドランナーの尻をひっ叩くオペレーターよ。えぇと? あーたは、あの恵比寿吾妻さんの甥っ子さんよね? まぁ、それはおいおいと。それはそうと! 《強制退場》はダメでしょうが! この商売は仲間との連携から、商品を確保をしてお客様の欲求ニーズを叶える会社なんだからっ。まぁ、いいわ! あーただけでも商品確保に向かって頂戴っ!


「……それで商品は何なんでしょうか? 俺、聞いてないんです……っつ」


 ――はぁ? 聞いていないっての?? キュウイ1パックよ。その倉庫自体が《果物専用》なのよ。芳醇な匂いがするでしょう?


 俺の頭の中に浮んで回る――果物のキュウイ。

 そんな商品ものの為に、こんなにも傷ついたのか、みんながみんな。


 ――地図と場所を、緊急処置として送るわ。一刻も早く、そっからきちんと商品を持って出て来なさい! いいわね! あーたッッ‼ あとの始末書などは追って送るからっ! そのつもりでいなさいっ‼


(よかった)


 まだ、俺なんかにも出来ることがあったんだ。

 まだ、俺がおじさんのように出来ることがあったんだ。


「はい! 了解しましたっ!」


 俺は腰を上げたときだ。

 大きな地鳴りが起こった。その聞こえる方に目を向ける。

 目の前にはあり得ない生き物が吠えていたんだ。んな、馬鹿なと目を反らすことが出来ない。


 黒艶のいいゴリラが吠えた。


「『ウォオオオァアアアアォオオオァアアッッ‼』」


 ゴリラの口からは怪物のなれの果てが吐き捨てられた。俺は、このゴリラの正体が分かっているから怖くなんかない。化け物の仲間なんかじゃない。そう、このゴリラの正体は。


「おじさん、行くよ!」


 俺が、おじさんに手で合図をするも。新手の怪物が、いや倒した怪物の本体が現れた。

 頭がひっくり返えり、首の名から八つの足が伸び生えている。


「!? 邪魔ばっかしやがって! 何なんだよ! 本当にっさァッッ‼」


 俺が正面突破しようと向かったのに、おじさんが俺を掴み上げた。肩の上に乗せられた俺の視界は良好で。ある意味、何か感動的だった。


「『掴まってろっ!』」


「っは、はい!」


 おじさんに言われるままに、俺は毛に掴まった。すると、おじさんが足を大きく後ろに引くと。勢いよく、頭だけの化け物を蹴飛ばした。その強い衝撃は俺の身体にも来た。

 ボールのように弾き飛んで行った化け物あれ


「『棚は近いか?!』」


「!? うん、ちょっと待っ――うん! すぐ横にある!」


 俺は軍手に浮き出るナビを確認をしたら、俺達の位置からは横に棚の並びがあって。

 果物の列がある――はずなのにだよ。 


「ないッッ??」


 あるはずの棚がない。

 並んでいるはずの果物がない。


「『違う』」


 おじさんがそう言うと、ゴリラから人間に戻った。

 もちろん。途中で俺は肩から降ろされているけど。


「棚は床の中にある!」


 汗ばんだ顔のおじさんが地面を踏みつけると。

 勢いよく、シュン! と棚が飛び出た。


「キュウイ…あった…ぇ、と。1パック分の数っと!」


 俺がそのまま掴もうとしたら。

 バコ! とおじさんに頭を叩かれた。


「あたっ!」


「たくま! 商品を軍手でなんかで触るな!」


 おじさんは慣れた手つきで、飛び出した棚のキュウイの横の柱からパックを取ると。中に入っていたトングで、キュウイを取り出して圧縮した。そして、《作業着バックアップ》の中からはウエストポーチを取り出したと思えば、中に放り込んだ。そして、俺の顔を申し訳ないといった表情で見てきた。

 イヤな予感だ。まさか、と俺もあえて言わないが。

 

「くまちゃんも入れてもいい? 本当にさー~~時間がないんだよね?」


 額の汗を拭いながら、おじさんが俺に言った。

「こんなところでお前を――」

 言われたからって、俺も動揺するなんてことはない。だって、おれはこんなにも非力で、役立たずの子供なんだから。こればっかりは、しょうがないと思うじゃん。

「うん。俺もお荷物だとは思う、……から、っつ!」

 言葉を口にした瞬間、大粒の涙が俺の眼から零れ落ちた。もう終わりってことだ。明日があるとは分からない俺の商品確保が。夢のように、一瞬にすら思えた。ゴリラの肩に乗る経験も倉庫を見下ろすのも、鳥肌がたちほどに興奮した。

「頼むよ。今日はここまでで勘弁して欲しいなー~~」

 俺は頷いた。

「マジで勘弁な」

 おじさんは俺の頭にウエストポーチを置くと、中へと俺を押し入れた。案外と中は広くて、さっきゲットしたキュウイがあった。それ以外には何もない空間。


「――~~~~~っっっっ‼」


 悔しくて。

 悲しくて。


 俺は今までにないくらいに打ちのめされて。

 泣き叫んでしまった。


 おじさんに聞こえなきゃいいけど、と。

 今さら感しかない。


「今に見てろっ! ちっきしょうぅうう‼」


 あとはおじさんが無事に、倉庫ここから出てくれれば。

 全部、丸く収まるんだ。


 【04:37:11】

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