#9 強制退場の正規従業員たち

「何をする気だよ。おじさんっ」


 俺は震えた声で情けないの承知で聞いた。辺りに響くのは先輩社員さんたちの攻撃と、それによる爆音。攻撃された方の雄叫びと。


「『ァ、ああああァべっこちゃァああああんっっ‼』」


 化け物に掴まれた船橋さんの悲鳴だ。


 【16:33:04】


「『もえるを返しなさいッッ‼』」


 何度、攻撃を受けても。

 まとった銀の鎧がへこんでも、攻撃の手を緩めない。

 そんな彼女なんかよりも。

 俺が気になるのは――ヒキニートだったおじさんだ。


「くまちゃん。この倉庫はねー社内設定時間60分後には、ついさっき来た路がなくなっちゃうんだ。その後からこの倉庫からは出られくなっちゃうんだぜ」


 神妙な声でおじさんは続けた。

 俺も固唾を飲んで、見据えることしか出来ない。

 どうしてだとか、意味が分かんないし。

 説明して、だとかの言葉も出せないまんまだ。


「あっちに戻れなくなった従業員達を《殉職者ケアチャーヂャー》と呼ぶんだ」


 思いつめた顔でおじさんはどうしてだか、急に笑う様子に、俺の身体も思わず大きくビクついてしまった。

 仕方がないじゃないか。


「本当に。なぁ~~んでこんな職場にオレは帰って来ちゃったのかなぁ~~はは、っはっはっは!」


 ◇◆


『久しぶりだね! 群青の!』


 別荘のベルが鳴って出ると。

 遠い昔に、職場でお世話になった上司。

 恵比寿吾妻が満面の笑顔で突っ立っていた。

 昔と変わらない、何を考えているのか腹の視えない人だ。


『――……恵比寿さん』


 低い口調で顔を覆うような前髪を、恵比寿さんが何かで縛った。

『? 恵比寿さん、何をすんですかー』

『君が気に入るといいんだけどねっ!』


『うわ! 相変わらず。声、ぅっさ』


 ひら…


 ひらひら……


『! っそ…それっ』


『ああ。早苗ちゃんの形見だ! 見つかったんだよ!』


 視界にチラチラ、と映る赤いリボンをオレも指先で確認をした。


『うん。うんーうんうんー~~かみさんのだよぉおおぅー~~』

 大粒の涙でリボンが視界で霞んだ。

 浸るオレに恵比寿さんも話しを続ける。

『君が働きたくない理由は知っているし。君が働なくてもいい事情も知っていた上で、私は君に頼みがある! 私の甥っ子のたくまちゃんなんだがっ!』


 涙を流しながらオレは恵比寿さんを涙目で見返した。

 彼の甥の名前を聞き返しながら。

 何度も、何度も、瞬きをした。


『た…くま?』

 

『ああ! 恵比寿たくまの…社会自立に付き合ってくれないかなっ!』


 ◆◇


「オレは……!」


 喜々とした口調のおじさんが言うもんだから、流石の俺も聞き返しちゃったよ。え、何それ。マジで?

 だって、そんなこと言われたら。

 黙ってなんかいられなうじゃないかよ。

 

「ぉ、おじさん?? ちょっと、意味が分かんないんですけど??」

「なぁーんて言ったらさぁー……嬉しいかぁ?? なぁーくまちゃん?」


「はァ?! この状況でな――っつ!」


 おじさんの表情がまた硬くなった。

 辺りの空気も、雰囲気の色も変えられていくのを、肌で感じてしまうのは。

 きっと、人間の姿の俺だけなのかもしれない。


「こっからの距離を、全員みんなで一緒に帰るってのは不可能だ。時間も足りねぇしな」


 強い口調でおじさんが生えた木の幹を叩いた。

 葉って散り落ちていく。

 だが、その生えた木の意味が、なんなのかという知識もない俺には、本当に分からなかった。

「オレさー誰一人として、《殉職者》に何かにしたくねぇの」

 そして、額を幹に擦りつけた。


「ぉ、おじさん……その木は、何なの?」


 俺は木の正体が気になった。

 おじさんが放った種のようなものから。

 おじさんの唾液によって生えた――それ

 伸びた枝には緑色のプレートがぶら下がっているし。

 ボタンのある異質なものだ。


「お前がその目で確認をするといいよ!」


 ばちん!


 おじさんはボタンを押した。


「ぉ、じさん……」

 俺は視ることしか出来ない。

 ただ、おじさんだけを。

「おじさんっ!?」


「《牌文明! 船橋萌る! 本間たける! 杵塚エイジ! 総指揮者の君島あべこ! 両5名の【強制退場リストラ】を命ずッッ‼》」


「「「「!?」」」」


 おじさんの言葉と同時に。名前を呼ばれた先輩従業員の人達が姿を消した。

 残ったのはおじさんと――俺だけになった。

 そうなって初めて。

 俺におじさんが謝った理由が分かったんだ。


「おじさん! 俺は《強制退場》は無しだかんね!」

「いいや。お前もだ――たくま」


 おじさんの言葉に、やっぱりと思う反面。

 でもとか反抗心が歯を剥き出しになってしまった。

 俺はおじさんの横にいたいんだ。

 おじさんを見ていたいんだ。


「嫌だ! 俺だって最後まで! きちんと働きたいんだよっ! もうヒキニートには戻れないしっ、実家からも絶縁をくらって、誰からも必要とされてなんかない! でも! 俺にはおじさんが、おじさんだけはっ、必要だ! 一緒にいたいんだ!」


 俺の大きな決意表明におじさんも苦笑を浮かべたかと思えば、また真剣な表情に戻った顔に、俺も息を飲んだ。

「……くまちゃんったらーじゃあ。おじさんの立派な社蓄っぷりを目に焼きつけろよ?」


 船橋さんを掴み弄んでいた化け物の腕が、おじさんへと伸びた。

 その掌の中におじさんが、すっぽりと包まれた。

 俺は血の気が引く思うで、息も、心臓も止まってしまうんじゃないか、と思うくらいの衝撃を受けた。


「おじさぁアアアアんンんッッ‼」


 そして。

 おじさんが生やした木も枯れてしまった。

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