#8 ヒキニートの覚悟

 鯨ヶ浜が冴えない表情を浮かばせて一気にアクセルを踏み込んだ。

 一直線に、通路を爆走させて進んで行く様子に堤も陽気に鼻息交じりにナビをする。

 

「あ。キリちゃ~~ん。ここを右にま――……」


「分かってますよ!」


 ギュィイイインッッ‼


「ぅ、わぉw 男らしいハンドル捌きだねェ~~惚れ直しちゃうかもぉうw」

「舌、噛みますよッッ! いい加減に黙ったらどうなんですッ」

「そうね。そうしましょうか、ねェ? ははは!」


「……確かに! こういう展開は間違いなく王道で萌えるでしょうよ!」


 堤が腕を頭の後ろで組んで目を閉じる。

「王道ねぇ」

 鯨ヶ浜がさらに口を大きく開けて堤に言い放った。彼の顔を薄く開けた横目で見ていた堤は、顔を向けて笑う。


「君がよっぽっど待っていたよねェ。社長なんかよりも、一番に彼の帰還に貢献をしたと思うし。私情にしろ、友情にしろ、社会的に孤立せずに戻れる場所があったことが彼には救いだっただろう。家から出た理由がどうであれ、ね」


 口に咥た煙草に火を点けた。

 白い煙と、火の粉も飛んでいく。


「20年近い離脱を会社に容認させたのは、君の功績なんだからさ、もっと大きなドヤ顔をしても許されるんじゃないかな?」

「……群青家の能力を継いでいて、会社にも貢献の出来る人材と言うだけです! ドヤ顔なんかするかっ、バカ! ぁ。すいませんでした」

 鯨ヶ浜の顔は過去を思い出したのか、顔を真っ赤に染め上げている。そんな彼に堤も言い続けた。

「――群青家の竜典リョウテン医師と息子の竜之助リョウノスケさん。孫で末っ子の姉の竜子リョウコと兄の翡翠ら。4名の有給休暇の全部を充てようって、そんな提案が、機転を利かせることが出来るのは君のような立場ならではだ。いや、懇願だった? そのときは必至だったかな? 流石の君も」


 意地悪く言いながら堤は前を見据え直した。煙草の煙を吹き飛ばしながら、堤がハンドルを握る鯨ヶ浜へと肩を竦めてしまう。

 表情もない彼に堤も窓の外を視た。


「喋り過ぎちゃったかな。キリちゃん、ごめんなァ」


 肩を揺らして笑う堤の肩を拳で叩いた。

 ドン、と鈍い痛みにも、

「った! ふふふ~~ぃ、ったいじゃないの。キリちゃんw」

 堤も鯨ヶ浜の肩を殴り返した。

「って…っつ! 勘ぐって欲しくはありませんが! 働く意思を持ったから、恵比寿さんに伝えただけの話しですからね?!」

「ああ。連絡をし合ってたのね、知らなかったなぁ」

「っせ、生存の確認くらいするでしょう! 優秀な人材が妻を失くして惚けているだけだなんて由々しき事態! もってのほかなんですよ! 活きてもらわないとっ、彼女に申し訳がない! 逝くだなんて選択をして欲しくなかったんだよ! ぁ。すいません……」


 失われた20年。そして始まる。

 群青竜二の現職復帰による――《戦い》が。


「ふふふ。きっかけは君じゃないか。キリちゃん」


 幕を開ける。


 ◆


「ぉ、おじさん?? っだ、大丈夫なの、か? っそ、そりゃあ、あんたも」


 俺はおじさんに声をかけた。声を出ないくらいに、あの化け物を睨んでいるからだ。失禁はしていないようだけど。俺はおじさんの腕の袖を引っ張った。

  

「くまちゃん。離して」


 おじさんは冷たい口調で、俺の指を離させた。大きな手は熱くてびっくりする程で、俺は息を飲み込んでしまう。


「本当に嫌だなー」


 苦笑交じりに言うとおじさんは、どうしてだが分かんないけど、足の先で地面の土を掘った。

「ん。イケそうかな? やってみる価値はあるかー」

 飄々な笑顔に戻ったおじさんに、俺は安堵の息を吐いた。

 でもどこかおじさんの様子はおかしい。


(なんかどっか色々、と……ぶっ飛んでる気がする)


「ねぇーくまちゃん」

「くまちゃんじゃない!」

「ごめんね」


「ぇ? 何がだよ? おじさん」


 謝りながらおじさんは何かを地面に向かって。丸い物体を落としたのが見えたんだけど、それがなんなのか、全く俺には検討もつかない。

 目を丸くさせたままの俺に、おじさんが声を掛けて――謝ってきたんだ。

 一体、何に謝っているのかが分からないよ。

 謝って欲しくなんかないよ。

 あんたが悪い訳じゃないだろう。


「本当にごめんな」


「だから! ごめんじゃ分かんないの! 何がなのさ!」


 くちゅくちゅと口腔を動かすと、おじさんは唾を。

 地面のそこへと吐いた。


「帰ってくんないか? 他の従業員みんなとよ」


「はぁ?!」


 俺が声を荒げて抗議する前に、

「ぇ」

 勢いよくおじさんの前に木が生え伸びた。


 葉にはそれぞれプレートがあって。

 ボタンがあった。


 ただ、全部のプレートは《緑色》だった。


「っすぅー~~っふぁー~~っうし! では!」


 俺は、目の前に居る化け物なんかの存在を。この時点でかなり忘れていたんだ。おじさんの目の色が変わっていたから。四十路のおじさんから目が離せなかったから。


 カッコよかったから、惚けてしまったんだよ。


「ぉ、おじさんンん!?」

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