#7 ヒキニートの帰還と社長の思惑

「本当に参っちゃうよねェ。本当に」


 堤が廊下をだらしなく歩きながら。ブツブツと漏らしていると。


「手前はジュース買いに行くのに、何時間かけるつもりです」


 ネズミの社内車が横についた。運転をするのは鯨ヶ浜霧の向日葵で、堤と同じ所属。堤を補佐する任についていた。社内では獰猛な堤室長の右腕とも、従順な犬とも呼ばれている。勿論のこと彼も以前は商品を取りに行く従業員コマンドランナーでもあった。


「あら。キリちゃ~~ん。見つかったちゃったかァ」

「GPSを。発信機と盗聴器もあんたにつけてやってるからね。当然でしょう」

「初耳だねェ。マジかよ……」


「群青の末っ子が出戻ったようじゃないですか」


 ガチャ、と鯨ヶ浜がドアを開けて堤を招いた。

「ん。本当に参ったよ……本当に、ね。GPSとか、君は私を信用していないのかと思うと悲しくて涙が出ちゃうねぇ」

 助手席に腰を据えても、なおも言い続ける堤に、頭部に結ばれたポニーテールが揺れた。


「何がですか? あんたはいっつも、そうやって抱え込むから分かんないですよ! 不愉快だっ!」


 ハンドルを強く掴みながら吐き捨てるように言う。

 不安な感情を吐露する彼に堤も、

「お子様付きなのよねェ~~てか。君も聞いてたんなら知っているでしょう? 

 苦笑交じりに言い返した。

「あまり電波が良好ではなかったので、飛び飛びで……――あれ? お子様付き?」

 前を見ながら、鯨ヶ浜も首を傾げた。


「――悪い冗談は止し下さい。堤室長さん……そのやっこさんも一緒に招き入れた訳じゃ…ないですよね? あんた…」


 信じられないという正直な表情を浮かべる鯨ヶ浜に、

「一緒じゃないきゃ嫌だってさァ。竜二君も聞かなくてねェ」

 眉間にしわを寄せる堤の表情に、

「あ。吾妻さんの甥っ子さんですね。子供と言うのは」

 鯨ヶ浜が堤の耳を軽く殴った。


「そっちの採用予定はなかったんだけどさ、クソ生意気だったもんだったんでつい、ついね。魔が差しちゃったっていうかぁ」


 てへ、と笑う堤に鯨ヶ浜がもつられて笑ってしまう。

 

「才能はありそうですか? そのクソ生意気な甥っ子君は」


「ないな! うん。ありゃあ、全くない! ま、今回で《殉職者ケアチャーヂャー》になってもらって、恵比寿君の倉庫に戻すさ」

 雑なやり方であることに鯨ヶ浜もたくまに同情をする。躾がなってなってことに関しては、慈悲はないのだが。見積もっても、それ以上に嫌なことをされてしまい、遭ってしまうであろう、たくまに会うことがあれば、優しく接してやろうとも思った。

「簡単に可哀想なことを言ってくれますね。あんたって人は」

 素直に最低と鯨ヶ浜も堤に吐き捨てるのだが。

 彼は悪びれる素振りも言葉も返さない。

 ただ笑うだけだった。

「その辺は世の常ってやつじゃないのかね?」

 肩を揺らして笑いながら、

「ま。今までにない体験に腰を抜かして、辞めたがるのも世の常ってこったよ。キリちゃん」

 鯨ヶ浜の肩を殴った。


「仕返しなんかしないでもらえます? それで。ヒキニートの彼は20年ぶりに解除出来そうなんですか? 堤室長」


 ◆


 俺の心臓音はヤバい。それくらいに高鳴っていた。熟練した従業員全員がだよ、手も足も出ないなんて。こりゃあ、言うまでもないくらいに絶望的な展開だろうよ。


「ぉ、じさん! っど、どうしょうか?」


 俺はおじさんに聞いた。聞いたところで、何の解決にもならないことも。分かってはいるんだけど。どうしても、誰でもいいから聞きたかったんだ。打開策があるのなら教えて欲しかった。

 俺が出来るならなんだって協力は惜しまない!


「おじさん。ねェ、おじさん? 何かい――」


 おじさんを見た俺の目に映ったのは、真剣な表情をしたおじさんで、俺もびっくりした。

 さっきまでの飄々としたおじさんが変わる。

 俺と馬鹿を言い合ってた男なんかじゃない。


「おじ、さん? あの――」


 歯を噛み締める様子に俺も驚いた。飄々としたおじさんが。

 まだ、鋭い眼光で見上げていた。


 ◆


「解除しないと全滅になっちゃって。それこそ《殉職者》ってレベルじゃなくなるよ」

「? 何でですか? あの隊は比較的にレベルも高い――」

 何か事情があるような口ぶりに鯨ヶ浜も言い返すも堤の言葉が重なる。想像を絶する言葉が。

「それがさぁー~~? 社長がねェ。ヒキニート末っ子の腕前をを試したいって言うのさ。ほら。群青家てさ、社長のお気に入りでかつ、守護もされたある種の…騎士ナイト的な従業員コマンドランナーじゃない? 聖獣、……群青の能力を受け継いだのが彼でしょう。だからさァ、試したくて試したくて…満面の笑顔だよ。それで一つの隊がなくなっても賠償してお終い。遺憾の意をしてお終いさ。それだけ社長は《獣王》の帰還にはしゃいじまっているのさ」


 キキキッッ‼‼


 衝撃的な堤の言葉に思いっきり。鯨ヶ浜もブレーキを踏んでしまう。


っなぁああんンんっだっそれ‼」


 声も裏返ってしまう鯨ヶ浜に堤も。

 大きくため息を漏らしながら言う。


「本当に参っちゃうよねェ。本当に」


 本当はどうなのか。そう思っているのか。

 口から吐き出す言葉とは裏腹に、堤は目を細めて煙草を咥えた。


「参った、参った。本当に――どうしょうもない事態だってのよ」


 何も考えたくないのか聞きたくもないのか。

 車内に音楽を流した。

 何もかもを掻き消すような激しいロックを。

 鯨ヶ浜は堤の動作に何も言い返さずにアクセルを踏んだ。


 車内は激しくもロックが虚無に流され続けた。

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