第13話 モブ令嬢、パトロンを得る


 放課後の空き教室に3人の女生徒の影が伸びる。

 その女生徒たちに呼び出され教室内に入ったベネットは眉を顰める。いや、正確には声をかけられたのはそのうちの1人、ライリー・テイラーである。

 「友人も含め、相談したいことがある」彼女にそう言われて放課後、空き教室へ来るように指示をしたベネットではあったがその「友人」は予想外のメンバーだ。


 公爵令嬢であり、王太子殿下の元婚約者であるクリスティーナ・ウォーレス。以前より有名な彼女ではあるが、最近は様々な意味で注目を集めている。そんな彼女だが、男爵令嬢であるライリーと親しい印象はない。

 そしてもう1人、戸惑いつつもその場にいるといった印象の少女、エイミー・ジェファーソンである。最近は王太子殿下の関心を寄せられ、そのことが婚約破棄に繋がったと学園中の話題である。にもかかわらず、婚約破棄された相手クリスティーナと共にこの場にいる。

 婚約破棄をされた公爵令嬢とその要因と見なされる男爵令嬢、その2人を「友人」だと称した少女はベネットが現れると笑顔を浮かべる。

 面倒事の予感しかしない顔並びに流石のベネットも困惑の表情になるのであった。




 「それは難問過ぎますね」


 ライリーの今後の展望、そしてエイミーの自分自身や彼女を取り巻く問題を聞いたベネットは躊躇せず断言する。

 その言葉を聞いた2人の少女は眉を下げる。特にエイミーは顔色も青くなり、ショックを受けているようだ。10代の繊細な少女たちの反応を知りつつも、ベネットは自身の言葉や心情を変えるつもりはない。

 今、真実を告げておかねば、今後苦労する。それからでは遅いのだ。それぞれの状況を鑑みても、適当な言葉で取り繕うのは彼女たちのためにはならないだろうとベネットは思う。

 

 「どちらの答えも未熟です」

 

 その言葉に2人ではないものが反応する。2人とベネットの話をそれまで静かに聞いていたクリスティーナである。


 「あら、未熟なのは当り前ですわ。まだまだ至らない、それゆえに私たちは学園で学んでいるのですもの。そして、それを導いてくださるのは教師でおられる方々だと思っておりますわ」


 にこやかに笑うクリスティーナだが、その真意はもっと2人の力になれと言う貴族的な意味であろう。だが片眉を上げるベネットはその言葉に関心を持つ。

 クリスティーナが彼女たちへのベネットの対応に不満を抱いているということだ。やはりライリーの言っていた「友人」という言葉は当たっているのであろう。

 だが、いずれにせよベネットの考えは変わらない。

 このままでは危ういのだ。学生らしい未熟さを責めるつもりなど毛頭ない。だが、卒業すればベネットが意見できることなどなくなる。教師であるからこそ、学生の家格を問わず意見できるのだから。


 「まず、テイラーさん」

 「はい!」

 「事業の見通しが甘い!女性だけ、しかも貴族、周りの商人に足元を見られます!」

 

 自身でも気付いている問題点にライリーは黙って頷く事しか出来ない。その隣で顔を青くしているエイミーにもベネットの言葉は続く。


 「そしてジェファーソンさん」

 「は、はい……」

 「あなたの抱える問題は大きすぎます。王太子殿下との問題、そして今後のあなたの生き方、それは学園を出てしまえば私が口を挟めるようなことではありません」

 「……はい」


 消えそうな声で呟いたエイミーにベネットはため息をつく。それを否定ととらえたのだろう。エイミーの方がびくりと揺れる。

 そんなエイミーの両肩を左隣にいたクリスティーナがそっと支える。それはクリスティーナも意識せずに行った行為だろう。

 だが、それを見たベネットは思う。このクリスティーナとの関係こそ、エイミーの今後を切り開くのではないかと。


 「……ですから、今はあなた自身に出来る事をなさい。まず、あなたが自分自身の心を知ることが大切です。何が好きか、嫌いか、どんなことをしているとき落ち着くか。そういった小さな自分自身を知っていくべきです。自分自身の思いを知ったうえで、今後を考えていかないとまたあなたは不安になってしまうでしょうから」

 

 その言葉にこくりとエイミーは頷く。彼女自身、将来への不安はあるがそれ以上に自分自身の思いがわからず、日々不安を抱えているのだ。それらの解消は彼女も願っていた。


 「学園を出てしまえば、私が口を挟めることなどありません。どんな生徒も同じです」

 「それは……そう、ですね」


 それは明確な事実である。

 現在であっても自身より下位の家格の教師に注意を受けるのを煙たがる生徒もいる。学園外では家格が上である者に年長者といえど意見などできないのだ。まして、後ろ盾のないベネットではなおさらであろう。


 「ですから、学園にいるうちに問題の道筋をつけましょう。学園にいる間は私でも幾らでも口を挟めますからね」


 ベネットの顔半分が夕焼けで強い影を作り、その表情は読み取れない。

 だが、口にした言葉は彼女の真意であろう。その言葉の穏やかさ、温かさは日頃見せない彼女の優しさが伝わるものである。

 こうして、ライリーたちはベネットという協力者を得たのだった。



*****


 

 「ですから、見通しが甘いと言っているのです。あなたはご実家の支援が得られるのですか。難しいのでしょう?そのため在学中に交友範囲を広げたり、資金をためる必要があるんです」

  

 ベネットは先程とほぼ同じことをライリーに告げる。

 この交友関係を広げるというのは学園に通わせる目的の1つでもある。

 ここは小さな社交界なのだ。将来を見据え、知人を増やし人脈を作ることを考え通わせる親も多い。特に低位貴族の保護者はその意識が強いだろう。

 そんな常識ともいえる事を告げるベネットにライリーは悲壮な表情で訴える。


 「では、先生は私は今からでも人脈作りが出来るというのですか?」

 

 なぜか軽い怒りすら入ったライリー、クリスティーナも憤りの表情を見せ、エイミーも気の毒そうな表情を浮かべる。3人それぞれの視線を受け止めたベネットはその言葉に頷く。


 「確かに今、あなたは不利な状況にあります。学園の多くの者がまだ1年生にもかかわらず、あなたを少々個性的な生徒として扱っている。これは非常に厳しい状況です」

 「そ、そうなんですか?え、そこまでですか?」

 「それに関しては悔しいけれど事実ね。それどころか先生は少し気を遣ってくださっているわ」

 「……はい、本当に。ベネット先生は配慮なさってますね」

 「……そうなんだ」


 ライリーが目立たないように他の者と関わりを持たずにいた事は、却って人の目を引き、こちらの世界に馴染めない行動もあって周囲から目立つこととなっていた。その事実をライリーが知ったのはクリスティーナと知り合ってからだ。でなければ、今も尚、その事実に気付かずに学園生活を過ごしてきたであろう。

 結果的にその他者と距離を置く姿勢から、クリスティーナは安心感を抱いたので物事はどう転ぶかわからないものだとライリーは思う。

 そんな自分を今更変える気もないライリーだが、それでは今後の人脈作りは暗雲が立ち込めていると言える。

 

 「いえ、交友関係に関してはさほど気に病む必要はありません。彼らは貴族、風向きの変化には敏感です。あなたと関わるメリットさえ見せたなら、場合にとって態度を変えるでしょうから」

 「そういうものでしょうか?」

 

 答えに不安げなライリーにベネットは事も無げに頷く。クリスティーナとしてはその指摘が正しいとその身を持って知っている。彼らは簡単に自身や家への利益によって態度を変えるだろう。

 

 「確かに実家からの支援は難しいです。ただでさえ、諦められている状況なので……では、人脈を増やしてアイディアを実現化して、それをお金に換えるのはどうでしょう?」

 「何か商売への考えがあるのですか?それは今のあなたでも実現できるの?」

 「……えっと」

 「ほら、ごらんなさい」


 ため息を溢すベネットにライリーは慌てたように今朝、調理場の者たちと考えた話をする。そう、弁当を販売するという発想だ。この世界にはまだ携帯できる食事という形がない。弁当や弁当箱がないのがその証拠だ。

 食事を販売する者は多いがそれは今すぐその場で食べるか、帰宅後、それを調理して食べるかだ。その形のまま、数時間後にも食べられる食事はない。あるとしたらパンなどの軽食くらいであろう。

 ライリーの話を聞いたベネットは少し考え込む様子を見せる。


 「ですが、女性のみで働く安全性の問題や、そもそも資金がなく実現できない事に支援する者などおりません。それに料理の発想には権利がつけられません」

 「はい!ですから、お弁当はお弁当箱込みで売り出すんです」

 「箱込みで……」


 その言葉にベネットは首を傾げる。

 確かに前世の記憶では駅弁などで容器ごと購入する形であった。そのような形態をライリーは作ろうというのだ。


 「料理には権利をつけられない。だから、お弁当箱に権利をつけるんです。私のところからお弁当箱を買う場合はもちろん、お弁当箱を他の人が制作・販売するときも私にお金が入ります。これならどうでしょう」

  

 それならば先程より具体的である。だが、ベネットは眉間に皺を寄せる。

 1番の問題であるライリーを支援する後ろ盾がないのだ。彼女の実家が支援しないのであれば、他の者や店を頼ることになる。その結果、このライリーの発想自体を奪われることが危ぶまれる。

 そう指摘すると流石のライリーも少し気落ちした様子だ。

 そんな中、クリスティーナがぽつりと呟く。


 「先程、先生は彼女と関わるメリットをお話しなさっていましたわね」

 「えぇ、ですが貴族に話せば彼女の今の考え自体が奪われます」

 「奪いませんわ」

 「え?」


 ライリーとエイミーはクリスティーナの言葉に驚いて彼女を見る。

 ベネットはただ静かに彼女を見つめる。

 そんな3人の視線を集めながらも、クリスティーナは動じることなくたおやかに微笑みを湛える。その気品あふれる堂々たる姿は確固たる信念のもと、思いを言葉にする。


 「私が後ろにつけば、誰にも奪えませんわ」

 「クリスティーナ様?」

 

 戸惑い、彼女を見つめるライリーにクリスティーナは微笑み、頷く。

 公爵令嬢であるクリスティーナには本当の意味での自由はない。それはどうあがいても得られるものではないのだ。

 だが、公爵令嬢として出来る事の中に友人であるライリーを守ることがある。彼女の自由を守り、その背中を押せるのは公爵令嬢という立場あればこそだ。

 自由を追うことが出来ぬクリスティーナだが、ライリーと共に夢を見る事は出来るのだ。


 「私、クリスティーナ・ウォーレスが、友人である彼女、ライリー・テイラーを支援いたしますわ」


 そう言い放ったクリスティーナはまるで自身の夢を語るかのように瞳を輝かせる。そんなクリスティーナをライリーはその言葉の意味が未だに理解できないかのようにぼんやりと見つめる。


 「支援、クリスティーナ様が私を?」


 目を大きく開け、自身を見るライリーにクリスティーナはくすりと笑う。

 初めて彼女を「友」そう呼んだことを彼女は気付いているのだろうかと。

 友人ライリーの頬を両の手で挟んだクリスティーナはライリーを見つめ、はっきりとした口調で言う。


 「ええ、私、あなたのパトロンになりますわ」

 「え、えええ!!」


 驚きによりさらに開いたライリーの目を見て、クリスティーナは心底面白そうに笑う。彼女の友人はいつでもわかりやすい。その心を疑う余地などないのだ。

 信頼できる人物が側にいるのは心を強くする。

 公爵令嬢クリスティーナ・ウォーレンが公爵令嬢としての強さを持ち続けるために、友人ライリー・テイラーの笑顔が必要なのだ。

 彼女の夢を支援するのにこれ以上の見返りはない。


 こうしてモブ令嬢ライリー・テイラーは公爵令嬢クリスティーナ・ウォーレンという非常に心強いパトロンを得たのだ。

 

 

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