第11話 3人の食事会


 ライリーの話を聞いたジョンと料理長ジョセフは納得したように頷く。多忙なこの時間に自身のために時間を割いてくれることに感謝しながら、ライリーは2人の意見を待つ。


 「俺は今のお嬢ならそこそこ行けると思うんすよ。でもそれは料理をするってことに限ればの話です」

 「確かにそうですね。料理の発想や技術はお嬢様が持っているものが現在、この厨房でも活かされております。ですが、経営していくとなれば話は変わってきますね」


 2人の料理人の意見もまたベネットに指摘された点と同様である。実際に料理を生業にする2人も同じ意見を抱くのであれば、ベネットの指摘はやはりライリーの今後の大きな宿題であろう。

 難題ではあるが有益な意見を言ってくれた2人にライリーは感謝を告げる。そんなライリーに笑いながらジョンが言う。


 「俺なんかで役に立つならなんでも言ってくださいよ。お嬢が小さい頃から一緒に厨房に立った仲なんですから」

 

 そう言ってジョンは水平に置いた手を腰まで下げる。その言葉に、料理長も他の料理人も笑う。確かにライリーは記憶を取り戻した8歳くらいから、この調理場に潜り込んでいた。気恥ずかしい気持ちになるが、彼ら調理場の人々はライリーを見守ってくれていたのだ。今もこうして忙しい時間に相談するライリーに不快な様子を見せる事もない。

 家族の中にも、学園の中にも上手く居場所を見つけられなかったライリーだが、ここには温かく見守ってくれる人々がいる。将来への課題はあるが、ベネットの言う通り、今気付けたのは幸運であろう。

 心の中でそんな周囲の人に感謝を深くするライリーにジョンが呟く。


 「うーん、でも弁当じゃダメなんですか?」

 「え?」

 「携帯できる食事で形が崩れない。これって他にないんじゃないですかね」

 

 ジョンの言葉にジョセフも同意を示す。それはライリーにはなかった視点である。弁当というものがライリーにとっては特別めずらしいという感覚がない。だが、2人にとっては異なるようだ。

 驚きの表情を浮かべたライリーにジョセフも頷く。


 「確かに『弁当』というものはお嬢様が作られているのを見て初めて知りましたね。携帯食は聞いたことがありますが、このように調理済みの食事を持ち運ぶことはめずらしいかと」

 「そうですよね。お嬢、その箱もなんで売ってないのかって嘆いてたじゃないっすか」

 「あ、そういえば……」


 2人の言う通り、ライリーは弁当箱を見つけるのにも苦労した。仕方なく木箱を使い、毎回しっかりと乾燥させて使っている。弁当箱がないと言う事は弁当そのものがないということだ。クリスティーナが弁当に驚いていたのは、その暮らしぶりの違いではなかったのだ。

 ライリーは目を輝かせてジョンとジョセフに笑いかける。


 「じゃあ、私、お弁当を作って販売してみる!!」


 嬉しそうに笑うライリーを見て、微笑みながらジョンは残念な現実を告げる。


 「でも、金がないですね」

 「!!」

 

 名案を思い付いたと思ったライリーであったが、問題は振出しへと戻る。目に見えて落ち込むライリーに、笑いながらジョセフがフォローを入れる。確かに資金はない。だが、一歩前進したとも言えるのだ。


 「ですが、方向性が見つかったのは良いことです。物事は急に解決には向かいません。1つずつしっかりと問題を見極めましょう。ジョンの言う通り、我々はいつでもご相談に乗れますから」

 「ありがとう、2人とも」


 安心したように微笑むライリーに、ジョンが先程から気になっていたことを尋ねる。それはライリーが今日用意した弁当の数がいつもより多い点だ。

 

 「お嬢、今日は弁当1つ分多くないですか?お友達が増えたんですか!」

 「それは良いことですね」


 ライリーに友人が出来たのだと喜んでくれる2人に、ライリーは微妙な表情を浮かべる。確かに今日は昼食は3人ですることとなっている。ライリーとクリスティーナ、そしてエイミーと一緒に。

 そう、いよいよ3人で会う日が来たのだ。



*****


 

 「申し訳ありませんでした!!!」


 来ていきなり、エイミーは90度以上に頭を下げる。

 その勢いにクリスティーナはもちろん、ライリーも目を見開く。

 ガゼボへと走りながら向かってきたエイミーはクリスティーナの姿を確認すると直立し、勢いよく頭を下げて謝ったのだ。

 ライリーは内心で頭を抱える。どうクリスティーナと彼女を取り持つかを考えていたのだが、その計画は全て泡と消える。

 

 「えっと、あのエイミーちゃん?」

 

 挨拶も抜きに頭を下げたままのエイミーに声をかけるライリーは、ちらりとクリスティーナを確認する。彼女はじっとエイミーを見ながら声をかける。

 

 「まずは顔を上げて、ジェファーソンさん」

 「は、はい!!」


 すると今度は勢いよくエイミーは顔を上げる。必死で強張った表情からも彼女には敵対する気は全くないのだろう。だが、どう2人を取り持つかライリーは悩む。緊張した様子でクリスティーナを見つめるエイミー、対するクリスティーナの表情からは感情が読めない。

 この場で今発言するべきはクリスティーナである。まずは彼女の言葉をライリーも待つ。だが、クリスティーナが口にしたのは予想外のことであった。


 「ところであなたはいつも殿下方とご一緒ですが、今日はどうなさったの?」

 「あ、あの抜け出してきました!」


 エイミーが口にしたのはクリスティーナの言葉以上に予想外である。

 なぜか褒めて欲しいと言わんばかりの笑顔を浮かべるエイミーに、ライリーの頬が引きつる。エイミーにとっては大冒険であったのだろうが、もう少し計算をして行動した方が良かったのではと思うのだ。


 「それはそれで問題なのでは……」

 「なんだか思っていた子と違うわね」

 

 ライリーはこめかみを押さえ、クリスティーナは頬に手を添える。

 1人、理解出来ていないエイミーだけが2人に笑顔を向けているのだった。



 

 「どうして、謝ろうと思われたの?」

 

 ガゼボに座りながら、クリスティーナはエイミーに尋ねる。

 そう、クリスティーナとエイミーは、はたから見れば敵対する関係だ。クリスティーナの婚約者であるルパート殿下の関心をエイミーが惹き、それに苛立ったクリスティーナがエイミーに嫌がらせを始め、その品位のなさに殿下は婚約破棄を決めた。

 少なくとも学園の多くの者がこの認識でいる。

 

 「私は知っています。クリスティーナ様はそんな嫌がらせなんてなさっていません!」

 「……そう」


 皮肉なものだとクリスティーナは思う。彼女の周囲にいて優しく振る舞っていた近しい者は彼女を見放した。だが、嫌がらせを受けたと思われている当の本人は、クリスティーナの潔白を信じているのだ。

 

 「そもそも、私が至らないので周囲の方にご迷惑をかけてしまってるんです。それをクリスティーナ様がまずご指摘くださって、本当に助かりました」

 「クリスティーナ様は間違ってないですからね。本当に私たち、そういう常識ないですもんね」

 「そうなの!一応、私にはチュートリアルがあるんで色々教えてくれるんだけど、応用は効かないので困ってるの……」

 「え!ちょっと待ってください!そんな機能があるんですか!辛い、モブは辛い」

 「え!ないの?凄い、じゃあ本当に一人でライリーは頑張ってきたのね!」

 

 クリスティーナは自分にはよくわからないことで盛り上がる2人に、なぜか苛立ちを感じる。そもそもなぜ、いつからこの2人は親しいのだろう。普段、愛らしい顔立ちだが人形のような印象のエイミーは、年頃の少女らしい笑顔をライリーの前では見せる。ライリーはライリーで、クリスティーナの知らぬ話題でエイミーに話しかけているではないか。

 以前、ライリーに話した通り、婚約破棄の要因となったことでエイミーに怒りを感じたことはない。

 だが、今なぜか激しい感情がエイミーに対して湧き上がる。


 「……ジェファーソンさんはどこでライリーと知り合ったのかしら?」


 やんわりと尋ねたクリスティーナの声色にライリーはびくりと肩を震わせる。普段とは異なるクリスティーナの様子に気が付いたのだ。

 だが、エイミーは気付かずクリスティーナの問いに誠実に答える。慌てていたのだろう。その答えは2人にとっての真実であった。


 「あ、あの!私たち、同郷なんです!」

 「あぁ!!エイミーちゃん!?」

 「え、あ……あぁ!ど、どうしよう!」


 言ってはいけない事を口にしたことが伝わる2人の様子に、にっこりとクリスティーナは美しい微笑みを浮かべる。それは確かな怒りを含んだものだ。


 「ライリー、説明してくださる?」

 「……はい」


 クリスティーナの言葉に大人しくライリーは頷く。

 こうして、ライリー・テイラーは自身の最大の秘密、前世の記憶を持っている事を打ち明ける事となったのである。

 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る