『夢咲く永遠の始まり』Ⅳ

『はじめまして、夢咲久遠――


 鏡花水月による充実した後方支援の効果は、聖徳様との初謁見にて実感することになった。

 久遠を一目見た時点で、聖徳様は全てを悟った眼差しで鷹揚に微笑んだ。

 まるで、久遠がここへ来ることを予見していたとばかりの口ぶりからも裏付けられた。


 『ああ、可哀想に、怖かっただろう。うちの冷泉純真が、手荒な真似をして済まなかったね。でも彼も悪気はないんだ。どうか許してやってほしい』


 後ろ手に縛られた痛ましい姿、涙で赤くなった眼差しの私は顔を上げた。

 そんな私を労る聖徳様の優しい声と手付きに、霜焼けした心は温まるようだった。


 『お言葉ですが、聖徳様。この女は見るからに怪しい者……』

 『大丈夫だよ、純真。この者は、誰にも危害を与えないよ』

 『何故に』


 それでも私への疑心を解かない純真は、多少の無礼を承知で聖徳様に問い詰めてきた。

 すると、聖徳様は確信に満ちた微笑みを咲かせながら、厳かな口調で答えた。


 『夢咲久遠は私の"天啓"と妻の"星詠み"で浮かび上がった存在――この天神国のために舞い降りてくれた、の"異世界転生人"だよ』


 幸い聖徳様の言葉を耳にした途端、純真君から私の背中へ突き刺さるような冷気は、幾分和らいだ気がした。


 『天神国を統べてきた花山院家の当主は、代々"異世界転生者"を迎え入れてきた。そして彼らの不思議な力を借りながら、この国を救済してきた歴史があるんだ』


 鏡花水月が「聖徳様に任せれば安心」と助言してきた理由も、怪しい"異世界転生者"たる久遠を無条件で歓迎した真意も、ようやく腑に落ちた。

 そういえば、カミコクで少し目を通した程度しか把握していないが、聖徳様には"世界と生と死の全てを見透おす神力がある"という紹介欄があった。

 さらに彼の妻であり翡水歌ひみか様という、巫女として星詠みや祈祷呪術に特化した高位の存在もある。

 神秘の力と慧眼を宿した花山院家であれば、異次元の存在である久遠を知っていたとしても納得はいく。


 『あの、一つお訊きしたいのですが。その"不思議な力"とやらが私にも宿っているのであれば、それは何なのか聖徳様はご存知ですか』

 『聖徳様に軽々しい口を叩くな』

 『ひっ。ごめんなさいっ』


 これでも精一杯最大限に丁寧な敬語と姿勢で話しているつもりなのに、一体何が不満なのだろうか。

 久遠が気安く君主へ口を開いたのは気に入らなかったらしい。

 純真の冷ややかな一喝に、思わず久遠は肩を揺らして萎縮する。

 一方聖徳様は「いいんだよ、二人とも。気にせずに」、と相変わらず神様仏様みたいに慈しみ深い微笑みと共に、首を横に振ってくれた。


 『歴代の"異世界転生者"の力は、どれも不思議なもので……彼らの召喚された目的と意義である"使命"であり……詰まる所は、この天神国のために発揮されてきたものだ』

 『この国のために……?』

 『そうだ……やがて久遠も自身の力に目覚める瞬間は訪れるだろう……それも直ぐに……そこから、君が君の"使命"を果たすための旅路は始まるだろう……そこでね』


 久遠と純真には、“互いのため”に頼みたい事があるんだ――。

 全てを見透かすような声音で優しく告げられた衝撃の台詞に、久遠は素っ頓狂な悲鳴をあげた。

 一方純真は主人の決定に眉一つ動かさずに「御意」と答えていたが、隣の久遠のみは薄々気付いていた。

 氷のように冷え渡った眼差しに、微かに不満の色が浮かんでいたことに。


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