『夢咲く永遠の始まり』Ⅲ

 ま……まずい……ちっとも効いていないなんて……!

 私の最強反則級能力は、力技系じゃないのか……!


 能力技の当てが、見事綺麗に外れた久遠は内心焦る。

 冷静へ戻りかけている男達の様子に危機感を覚え、咄嗟に次の手に出てみた。


 「ふっふっふ! 力を発動させた私に触れられた時点で、あなた方には"毒の呪い"がかかったのです!」

 「な、なんだとお!?」

 「デタラメを言うな!」


 久遠の口から発せられた"毒"と"呪い"という不穏な単語を耳にした途端、男達は再び青褪めた。

 出鱈目と指摘された瞬間、心臓から冷や汗が流れそうになるが、久遠は臆する事なく続けた。


 「本当にそうでしょうか? その証にほら……背中辺りからきてませんか?」

 「なに……!? う……っ」

 「段々と……背中から……脇腹や腕と足まで……」

 「い、言われてみりゃ……何だかさっきから、背中がかゆいような……」

 「お、俺もだ……手足まで……っ」

 「うっ! かゆい……かゆい……!」


 久遠の怪し気な声、と宙をワキワキと掻く両指の動きに促され、男達は身体中を痒そうに悶えさせる。


 「そして……もうそこから動かない方がいいですよ……さもなければ、血管が破裂して死ぬ"呪い"が発動しますから……」


 某恐怖映画の幽霊さながら、口角を釣り上げた不気味な笑みで告げられた台詞に、男達は凍りついてしまう。

 さすが、"偽薬プラシーボ効果"の力も侮れないね。

 しかも、こうも暗示に掛かりやすい相手ばかりで本当に良かった。

 残念ながら、自分は暗示系の異能力者でもなさそうだが。

 男達が油断している隙に、久遠はそそくさと男の子のもとへ駆け寄った。


 「これで、もう大丈夫だよ」


 リーダー格の男から、男の子を連れて素早く距離を取る久遠。

 男の子の両手を縛っていた縄を何とか解いてあげた。

 すると、男の子も胸を撫で下ろしたように微笑んだ。


 「うん……ありがとう、お姉ちゃん」

 「さぁ、気をつけておうちに帰ろうね」


 きっと今頃心配しているであろう親元へ帰してあげるべく、久遠は男の子の手を引いて裏路地から歩き去ろうとする。


 「――ってえぇ! ちょい待てええぇ――!」

 「うわわっ!? 危ない! 大丈夫!?」

 「う、うん」


 ――というわけにもならず、男の子を連れてさり気なく立ち去ろうとする久遠へ、リーダー格の男は怒号を放った。

 さらに怒りをぶつけるように酒瓶を投げつけられた久遠は、慌てて咄嗟に避けた。

 割れた酒瓶の破片と酒精アルコールのツンとした匂いが、地面に広がっていた。


 「異能和人かと思えば、ただのホラ吹き女だったとは……」

 「俺達を散々おちょくりやがって……」

 「許さねぇ……この落とし前は、たっぷりつけさせてもらうぜ」


 リーダー格の男の行動を合図に、他の三人も硬直していた手足を動かし、久遠と男の子へにじり寄って来た。

 やばい……さすがにバレてしまったら、これ以上は誤魔化しようがない。

 ていうか、悪いのは全面的にそっちなのに……。

 しかも勝手に勘違い? して阿呆みたいに騙されていたのに、理不尽に怒りを燃やしてくるとは。

 久遠は男の子を連れて逃げようにも、四方を囲まれていては突き抜けるのも困難だ。


 「へへへ……覚悟しやがれ……二人まとめて……」


 下劣に笑う男の台詞は、奴らが誘拐兼人身売買に関与する犯罪者だと決定付けた。

 しかし確信を得られた所で、今更手遅れだ。

 結局この最大危機を突破できるような異能も発揮できず、頭脳も力もネタも尽き、完全に退路を絶たれてしまった。

 壁際まで追い詰められた久遠は、せめて後ろに庇っている男の子だけでも逃したかったと心底悔やんだ。


 「――ねぇ、そこで何してるの」


 冷凛と澄んだ声が裏路地に響き渡った瞬間――春の陽気に不相応な冷気が舞い込んだように、人攫いの男達は背筋を凍えさせた。

 今さっきまで、足音どころかまるで気配すら感じさせなかった存在に、男達は恐る恐る振り返った。


 「あなたは……」

 「やっと見つけたよ」


 久遠達の前に現れたのは、冷泉純真だった――。

 予期せぬ人物の登場に、久遠は双眼を瞬かせた。

 冷凛な眼差しに久遠を映す純真は、飼い猫を見つけたように淡々と呟いた。


 「……って、何だ。ただの餓鬼じゃねぇかよ」

 「おい。今俺達は忙しいんだよ」

 「俺達の邪魔をすれば、餓鬼でも容赦はしねぇ」


 突如現れたのは十代前半の子どもだと知り、拍子抜けした男達は分かりやすく純真を威嚇する。

 当然ながら純真ほどの手練れとなれば、町にたむろしているだけの反社会集団の脅しに臆するはずもなく。


 「僕は、そこの彼女に用があるんだけど。邪魔だから、おじさん達がどっか行きなよ」

 「んだとお!? この生意気なクソ餓鬼が!」


 子どもとは思えない冷然とした物言いに、男達はついに逆ギレした。


 「舐めた口利きやがって!」

 「ちぃと痛い目に遭わせてやるか!」

 「くらいやがれ! チビ!」


 純真を攻撃すべく、四人の意識は久遠達から彼へ一斉に向いた。

 しかし四人もの大人に囲まれながら睨まれ、怒鳴り散らされても尚、純真は柳眉一つ微動させなかった。

 純真達を側から見守っていた久遠もまた、この後の結末を見据えているせいか。

 純真の登場に対して、心配よりも深い安堵が優っていた。

 そう、何故なら、元カミコクプレーヤーである久遠はからだ。


 「――……」


 冷泉純真――"氷のとり"の剣豪、と謳われる若き天才少年の実力があれば、男達は敵ですらない。

 瞬きの間に、純真へ一斉に襲い掛かろうとしていた四人組は、氷像さながら凍りついていた。


 「すごい――」


 まさに瞬殺の強さを披露した純真の実力、冷凛とした佇まいに、久遠も男の子もすっかり目を奪われていた。


 「終わったよ」


 涼しげな眼差しの純真が合図を送ると、警察隊らしき人達は裏路地へ一斉に入り込んだ。

 かくして純真が呼び出した警察隊の手によって、四人組は誘拐罪と商売法違反で逮捕され、無事保護された男の子は親との再会を果たして。

 一方で私、夢咲久遠は今――。


 「ようやく私を信じてくれたのですか?」


 紅漆べにうるしの荘厳な門の前にて、冷泉純真に連れ添われて佇んでいた――両手を縄で後ろ向きに縛られた状態で。

 どういう風の吹き回しか、最初は聖徳様には会わせない、と頑なだった純真は久遠を警察隊へ突き出さなかった。

 純真に従って行動し、下手な真似をしないために両手を拘束したままという条件で、聖徳様のもとへ案内してくれることなった。


 「僕は君を信用したわけじゃないよ」

 「なら、どうして?」


 出逢い頭に刃を突き付けた時と同様、久遠を未だ信用していないにも関わらず、謁見を許してくれた理由は気になった。

 すると、月石色の瞳に逡巡の色を浮かべながら静かに答えた。


 「君が悪い人間には見えなかったからかな……」

 「え……?」

 「君の言っていることは本当か分からないし、突拍子もない内容ばかりだけれど……」


 純真の意外な返答に、久遠は驚くと同時に何となく胸がくすぐったくなった。

 不思議そうにこちらを見つめる久遠に対して、純真はあえて目を合わさないまま続けた。


 「君があの男の子を何とか助けようとしていたのは……様子を見ていたから、分かったよ」

 「へ!? いつから見ていたの?」

 「


 実は純真は、久遠が裏路地で男達と鉢合わせた時点からずっと、傍で機会を伺っていたのだ。

 うああぁ……変人にしか思われない台詞とか、いっぱい言ってしまった!

 天神国はネット社会ではないから、いつ誰がどこで見て記録しているかなんて心配いらない、とか呑気に動いていた私の馬鹿……!

 真実を知らされた久遠は、男達から逃れるために己が繰り出した奇行の数々を思い出し、頭から湯気が出そうになった。

 黒歴史を見られたにも等しい恥じらいに、久遠は心の中で地団駄を踏んでいる。

 急に真っ赤な顔で無口になった久遠に、純真は首を傾げながらも伝えるべき言葉を伝えた。


 「だから……君にはするよ」

 「え……」

 「君が勇気を出してくれたおかげで、あの男の子は怪我もなく無事に助けられた」


 聖徳様との謁見は、その礼だと思って。

 ただ、この後君がどうなるかは、聖徳様の決定に従うから、どうでもいいけどね。

 最後の台詞こそは、やはり素っ気ないものだった。

 けれど、出逢った瞬間から醸し出していた氷柱のような雰囲気は、何となく雪のように和らいだような気がした。


 「ありがとう――」


 こうして、冷凛な少年のさりげない優しさに、久遠は雪が降り積もっていくように不思議な安らぎに満たされた。


 「感謝に感謝で返すなんて、君は変わっているね……」


 かくして、久遠は第一関門である"聖徳様との謁見"を達成クリアしたのである。


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