『夢咲く永遠の始まり』Ⅱ
「困っているなら、俺達が助けてやろうか? お嬢ちゃん」
不意に背後から声をかけられた久遠は、恐る恐る振り返った。
今いる場所は昼間とはいえ、人気のない薄暗い裏路地。
自分の置かれた状況を把握した時点で湧いた嫌な予感は、案の定的中していた。
「あの、どちら様でしょうか?」
「もちろん、偶然見つけた困ったお嬢ちゃんを助けてあげられる"親切なおじさん達"さ」
「その様子だと、観光中に道に迷った感じですかな?」
「でしたら、街の中心へ繋がる出口まで、俺達が"案内"してあげますでぇ」
町商人風の簡素な着物と短い袴、草履に布巾もしくは笠を纏った中年の男三人が、久遠を真っ直ぐ捉えていた。
どことなくネットリ絡みつくような口調や目線、手付きといい、裏路地で不自然に集まっている事も考えれば、見るからに十分怪しい。
本当に親切心で手を伸ばしてきたとしても、できれば御免被りたい。
「お、お気遣いありがたいのですが〜用事を思い出したので、失礼いたしま……」
「おっと、このまま一人で行っていいのかい?」
そそくさと歩き去る構えをしながら、さり気なく断る久遠。
しかし、久遠の思考は既に読まれているらしく、一人の男が道を阻むように立ちはだかった。
「あなたのように美しいお嬢さんが、こんな所を一人で歩くのは危険だよぉ? 何故なら……」
「今何と言いましたか?」
「へ? だから、あなたのように美しいお嬢さんは……」
「本当ですか!? あの! どなたか鏡を持っている方はおりませんかっ?」
警戒心と不信感をぷんぷん匂わせていた態度から一転。
何やら興奮気味に問い詰める久遠に圧倒された男達は、一瞬目的を忘れ、一人が気を利かせて手鏡を彼女へ手渡した。(何故おっさんが手鏡を持っていたのかは不明)。
半端奪うように手に取った手鏡へ、久遠が自分の顔を写した瞬間――。
「嘘――これが……今の私?」
久遠は自分でも信じられないという眼差しで、鏡の中の生まれ変わった己の姿を凝視する。
「すごい! 本当に若返って美人になっている!! しかも、髪サラサラ! 肌白い! 綺麗! 目の色も宝石みたい! スタイルまでモデル並みに抜群! 完璧!!」
己の危機的状況すら失念し、歓喜に笑いの止まらない久遠に、男たちすら呆気に取られていた。
しかも男達の目には、美女が屈託なく笑って喜んでいる可愛らしい姿として映っていた。
今の久遠の美貌は、イタイ言動すら魅力へ変えてしまうほどの凄まじい魔力を持っていた。
「――おい、お前ら。何いつまでも油を売ってやがる?」
異色な空気に包まれていた裏路地へ、突如もう一人別の男の声が重く響き渡った。
どうやら四人目の男も、三人の仲間らしく、恐らくこの場所を合流地点に指定していたのだろう。
他の三人と比べてやや厳かな声色と威圧感から、集団のリーダー格を思わせた。
声をかけられるまで放心していた三人は、我に返った様子で再び久遠を見据えた。
「っ――はっ! 俺達としたことが!」
「そう! そういうわけだからな、お嬢さんには俺達と一緒に来てもらうからな!」
先程よりも下劣な色を含んだ眼差しに、久遠は奴らの真の目的を確信した。
特にリーダー格の男の右手にある存在こそは、動かぬ証拠そのものだった。
「その子どもは、どうされたのですか?」
リーダー格の男の隣にいる八歳程の男の子へ言及すると、当人はビクリッと肩を跳ねさせた。
「ああ? こいつは俺の弟分の子分だが。それがどうした?」
男は親しみを込めて笑いながら、男の子の頭を片手で豪快に撫で回した。
しかし、男の嘲笑うような目付きと乱暴な手付きといい、男の子が涙目で小刻みに震えている様子といい、久遠の瞳には不自然にしか映らない。
「そうですか? どう見ても、その子は嫌がって泣いているようにしか見えませんが」
しかも男の子を注意深く観察すると、男の子の両手は後ろ手に縄で縛られている。
どうみても、子分のように微笑ましい関係性と雰囲気は皆無な状況から、久遠は自分の言うべき答えを述べた。
「私はあなた方には絶対付いていきません。ついでに、その男の子を放してあげてください」
悠然と言い放った久遠の言葉に、男の子の暗い瞳に希望の光が灯ったのを、見逃さなかった。
「ああ? てめぇ、誰に向かって命令してんだ?」
「こいつは俺達のもんだから、どうしようが俺達の勝手なんだよ」
「お嬢ちゃんよぉ、せっかくの俺達の親切を無碍にするたぁなぁ?」
「とにかく、俺達と一緒に来てもらうぜ」
案の定男達は首を縦に振ることもなく、威圧的な態度で久遠へ詰め寄ろうとする。
それでも久遠はこの危機に面して尚、萎縮するどころかむしろ。
「なら、丁度いいので――あなた方で試させていただきます!
今まさに、異世界転生あるある"最強
「はああぁぁ……!」
深く呼吸をしながら、両手を前へ突き出して力をこめていく。
異様な集中力を見せる久遠を前に、男達は再びたじろぎ始めた。
「この構え! この威圧感! まさかこの娘は!」
「"異能和人"なのか!?」
「だとしたら、俺達に勝ち目はねーよ! さっさと逃げた方が……」
「馬鹿野郎! 異能和人の女子供を二人まとめて捕獲できる好機を逃すな!」
「そ、そうだよな! 兄貴! それに、あんなのただのハッタリかもしれねぇ!」
なるほどね。
異能和人という単語は初めて聞いたが、ファンタジー系ゲームアニメ漫画を色々とやり尽くしている久遠には、何となく察しがついた。
どうやら、この世界では特殊能力を"異能"と呼び、異能を使える和人は"異能和人"と見なされるらしい。
恐らく、リーダー格の傍にいる男の子は異能を持っており、何かしらの理由で誘拐されたのだろう。
ならば男の子を助けるためにも、自分は己の異能を理解して使いこなす必要がある。
唯一つ問題は――。
「ふふふ……あなた方はもう死んでいます!」
一度こういう決め台詞を本当に言える時が来るとは。
「ていやあぁ――!!」
力を目一杯溜め込んだ(イメージ)で両眼を見開いた久遠は、全速力(のつもり)で地面を蹴り――四人の男全員へ渾身(つもり)の一撃を喰らわせた。(自分でも意味不明な掛け声をあげながら)
「うわああぁ〜!」
「ひいいぃ〜!」
「いってええぇ〜!」
久遠の凄まじい気迫に押された四人組は、両眼を固く閉じて身構えていたため、避ける暇もなかった。
男三人はそれぞれ肩や胸、横腹を握り拳で勢いよく殴られた衝撃で、
「……って、痛く……ねぇぞ?」
「「「え?」」」
しかしリーダー格の男は、唖然とした表情で殴られた頬を涼し気に掻く。
リーダーの言葉で我に返った三人も、頭を冷やすべく沈黙した。
・
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます