第一章『夢咲く永遠の始まり』Ⅰ

 天神国の和人としての夢咲久遠が、生まれて初めて目を覚ました場所は――清涼な青い海に浮かんでいるような夢見心地の高級布団だった。

 そして真っ先に瞳へ映り込んだのは、氷水アイスブルー色に鋭く輝く刃先だった。


 『お前、何者だ。どうやって結界を破ってきた。指先一つでも動けば即切る』


 平たく言えば、転生した私は冷泉邸の当主の寝室の布団で眠っていたらしい。

 当然ながら純真君から見れば不法侵入者であり、下手すれば未成年の布団に忍び込んだ変質者らしき私は刃を向けられた。

 転生早々に人生最大の危機に面した私は、条件反射並みの素早さで「鏡花水月」の名前を叫んでいた。


 『いやあ、危ない所でしたね。災難お疲れ様です、久遠様』


 いや待って、呑気に苦笑している場合ではないよ!

 それよりも、この状況をどう言い訳すればいいの?

 いつの間にか、私と鏡花水月を除く全ての時空間は、ビデオの一時停止みたいに凍り付いていた。

 狼狽える私を他所に、幸い鏡花水月は心配いらないとばかりに助言を与えてくれた。

 どうやら、転生直後の大きなトラブルや死亡事故防止のための"後方支援フォロー"は、しっかりしているらしい。


 「――と、いうわけなのですが……って! その剣を下ろしていただけませんかっ」


 鏡花水月と打ち合わせをした末に、事前に準備した言葉を並べて、懸命に説明を試みたが……。


 「駄目だ――僕はお前を信用できないし、聖徳様に会わせることも決して認めない」


 純真は決して首を立てには振らなかった。

 氷柱のような刃の矛先すら一向に降ろさない純真に対して、久遠は急速に焦り始めた。

 それからの久遠は、ひたすら「とにかく花山院聖徳様に訊けば分かるから!」と叫んだ。

 それでも警戒心全開の純真は「何故聖徳様を知っている」、「聖徳様に仇なす潜入者か」等、と冷徹に尋問してきた。

 一旦失敗したと踏んだ久遠は、内心焦りながらも計画プランBへの移行と実行を始めた。


 「そこを何とかお願いします! 私の名前は夢咲久遠、二十歳、和人女性。異世界から転生してきました! とにかく詳細は聖徳様に訊いてみれば分かるはずなんです!」

 「お前の名前も国籍もよく分かった」

 「ならば……」

 「それが虚偽でなければね。それでも、君が怪しいことには変わりない」


 なるべく簡潔で明確な文面で、より丁寧に誠実さを込めて、己の素性と基本情報を正直に明かした。

 しかし結局、純真の信用を勝ち取ることは叶わなかった。


 「どうか信じてください! 聖徳様が命令したら! 約束します!」

 「それでも駄目だ」


 最終手段として、我ながら命知らずな懇願をしているのは承知で、強めに訴えてみた。

 それでも謁見の許可を与えてくれない純真の頑なさに、久遠はついに心が擦り減っていくのが分かった。


 「君の身柄は“警察部隊”へ引き渡すから」

 「え?」

 「詳しい事情はそこでゆっくり聴かせてもらうから」


 それは、まさかの“逮捕”というものだろうか。

 夢咲久遠――転生早々に“犯罪者”の烙印を押されて投獄されてしまうなんて。

 そうなれば、聖徳様との接触すらままならなくなり、第二人生の謳歌だとか使命遂行どころではなくなってしまう!

 無一文で縁も職業能力も無い、今の夢咲久遠の持ち得る頭脳で思いついたあらゆる作戦は失敗に終わった。

 ならば、最後に残された手段は――。


 「ごめんなさい! 一旦出直します!!」

 「――!? 待て! そこは……」


 三十六計、逃げるが勝ち――!

 大胆にも久遠は、直ぐ背後にあった窓から外へ飛び降りた。

 この後の先のことは分からないが、“なるようになる”と前向きに考えながら宙を舞い降りた。

 幸い、久遠がいた場所は地面から数メートル程の高さの二階であり、柔らかな草木が絨毯変わりになった。

 さらに久遠を受け止めた場所の先に築地塀つきじへいの屋根があったため、そこへ飛び乗れば敷地の外へ容易く出られた。

 危ないから、良い子もできれば悪い子も真似しないでね!


 「ああ! でも、痛いっ。漫画アニメみたいに上手くいっても、実際やるとかなりキツイっ」


 手足に枝木がかなり刺さって擦り剥いたし、塀から飛び降りた際は地面に着いた両足への衝撃も強い。

 下手したら、足の指の爪が内出血しているかもしれない。


 『無茶しますねーって、これからどうするんですか? 一旦撤退したのはいいものの……』

 「分からないけど、とりあえず逃げながら考えてみるーっ」


 鏡花水月の言う通り、逮捕と連行は免れたものの、今から聖徳様へ逢いに行く術も道も分からない。

 とりあえずRPGゲームの定番である、街の散策と情報収集を試みる――


 「ふむふむ、なるほど。私が飛ばされたのはカミコク五大国の一つにある天神国なのね?」

 『そのようです』

 「うんうん。それで私は聖徳様の命令によって、という主要キャラの傘下に付くわけなのね?」

 『そうみたいですね』


 カミコク世界転生の"儀式"を久遠へ施し、見事に招いてくれた鏡花水月ことヘルプガイドさんは、現状を一から改めて説明し直してくれた。


 「……」

 『……』


 久遠と鏡花水月の間に微妙な沈黙が流れた後、二人のいる裏路地に恨めし気な声が不気味に響いた。

 恐らく声を聞いた周りの人間は、幽霊か物怪と勘違いして逃げ去っていっただろう。


 「えぇえぇぇ〜……どおぉして、こんなことになったのおぉ……っ」

 『私に言われましても……運だとしか……残念ではありますが……っ』

 「じゃあ、デウス王国でクリスティアヌス様と恋に落ちるラブロマンスの夢はどうなるの?」

 『それは……現状では明らかに無理としか……』

 「そんな――」


 全然話が違いすぎる!

 こんな場合に限って、◯番くじで推しキャラ・クリスティアヌス様関連のグッズや、激レアフィギュアを神引きしてきた私の幸運が発揮されないなんて!!

 しかも、よりによって最東の海に位置する天神国――デウス王国から、地理的にも文化的にも遠い国へ転生させられるなんて。

 さらに、よりによって、どうして、恐らく今の夢咲久遠の人生物語を進める上で鍵となる相棒パートナーが――。


 「冷泉純真とか、全然私の推しじゃないのにぃぃ……しかも、あんな冷酷無比で融通の利かない子どもだなんてぇぇ……!」

 『はわわわ! 久遠さん、どうか落ち着いてください』


 最推しのキャラとその母国ではない、別ののもとへ飛ばされた。

 いわゆる"国ガチャ"にも敗れた久遠は、ただ己の不運と運命を嘆くしかなかった。


 『確かに久遠さんにとっては残念で、中々過酷なスタートとなってしまいましたが……でも、まだまだ希望もありますから! ね?』

 「ううぅぅ……っ」


 あまりの悲嘆ぶりに、さすがの鏡花水月も狼狽えながら必死に久遠を慰める。

 鏡花水月が傍にいる分、決して孤立無縁ではない状況が、不幸中の幸いだと理解している。

 それでも、あくまで鏡花水月は傍観者であり、世界に干渉はできない存在だ。

 純真に怪しまれて警察へ突き出されそうになり、久遠の保護と信用の鍵となる聖徳様との謁見すら難しい危機的状況だ。


 「これから、私はどうすればいいの……」


 転生数秒で人生詰むなんて……。


 誰か助けてぇ……。


 ・

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る