『夢咲く久遠の始まり』Ⅴ

 「今日から君には僕の"付き人"でいてもらうから」

 「え」

 「何、その露骨に嬉しそうな表情」


 花山院宮殿を二人で出てから、冷泉邸へ連れて行かれた後。

 純真が事務的な口調で告げてきた予期せぬ命令に、久遠は虚を衝かれたように声を漏らした。

 久遠の瞳に驚きと同時に安心したような色を鋭く察知した純真は、どこか複雑そうに首を傾げながらも続けた。


 「今後は身の回りの世話も、君の仕事に関しては、僕の側近達が"教育"してくれるから」

 「あの! 質問していいですか」

 「……何」


 冷泉邸での身の振り方について説明中に口を挟んだ久遠に、純真は冷徹に応じる。

 花山院宮殿を出る前から微かに醸している不機嫌な気配に、久遠は内心臆しながらも問いかける。


 「私としては、冷泉様が"嫌ではない事"をしなくて済むのは喜ばしいのですが……」

 「――……」

 「聖徳様の命令? に従わないような真似をして大丈夫でしょうか……?」


 そんなに奇妙な質問をしたつもりはないが、久遠はますます肝を冷やした。

 何故なら久遠の言葉を耳にした純真の眼差しが、氷柱のようにこちらを突き刺したからだ。

 同時に、心底困惑もしているような初めて見せる表情に、久遠までもが内心戸惑った。

 聖徳様から下された決定内容といい、自分の存在自体がこの幼くも気高く大人びた少年を不快にさせている状況に、申し訳なさでいっぱいになる。


 「言っておくけど、僕の事は"名前"で呼んで」

 「え?」

 「その仰々ぎょうぎょうしい敬語で話さないで。"気持ち悪い"から。これは命令だよ。それと」


 純真からの意外な頼みに、親近感と安堵が湧いたのも一瞬の間。

 矢継ぎ早に"気持ち悪い"という辛辣な言葉に、ただでさえ今は薄氷みたい脆いメンタルは砕かれた。

 一方、半端放心状態の久遠を冷徹に見つめている純真は、今度こそ深い溜息を吐いた。


 「僕は誰も娶るつもりはないから――この先もずっと」


 "冷泉純真のとして、夢咲久遠には彼の傍にいておくれ――さすれば、の行くべき道は自ずと開かる――"


 まさに天啓に等しい、聖徳様の決定と祝福の御言葉。

 クリスティアヌス様と添い遂げる事を新人生の最大目標に掲げる私としては、純真君から密かに辞退を申し出たのは、正直有難い。

 けれど何故だか、純真君が最後に呟いた"台詞に、胸が霜焼けたように痛んだ。


 「じゃあ、これからよろしくね――"純真君"」


 まるで、"一生誰も愛するつもりはない"と意味するような、あまりに寂しい心に――。


 *


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