『雪の鳥は春の咲く夢を見ていた』Ⅱ
『お久しぶりです、久遠様。随分と調子が良さそうですねぇ』
激動の夜を乗り越えた久遠の前に現れたのは、久しく姿を見ていなかった鏡花水月だった。
鏡花水月がこの絶妙な頃合いに自ら声をかけてきた理由は、久遠も薄々と察していた。
久遠の心内を見透かすように、鏡花水月の方から本題を切り出してきた。
『その様子から察するに、ようやく見つけられたようですね?』
「ええ。あの舞踊の会があった夜に、やっと確信できたの」
天神国の夢咲久遠の異能――"神再生"、とその発動条件。
そして、久遠自身の意思で見出した"使命"なるものを。
「“冷泉純真を決して死なせない”――それが……私が彼の傍へ転生してきた意味だと思う」
久遠の確信には、彼女なりの理由と根拠があった。
これまで久遠が異能を発動させた状況、そしてカミコクプレイヤーだった前世の記憶を振り返れば、共通点を見つけられた。
「この力を使うたびに、確かに私は見えていたし、知っていた――全て思い出したのよ」
確かに久遠はほんの一瞬の間に、全て見えていたのだ――純真の"死"を。
特にアシュラフ王子の攻撃から純真を庇ったあの瞬間、あの奇妙な感覚は顕著に現れていた。
「今の今まで……どうして忘れていたんだろうね……」
前世のカミコクプレイヤー時代、私は最推しのクリスティアヌス様しか眼中になかった。
それでも、いくらなんでも、薄情にも程があるだろう。
冷泉純真を"推していなかった"とはいえ、すっかり忘れていたなんて
純真の主要分岐を除いた全ての物語において、冷泉純真は必ず死んでしまっていたことを――。
「正直今の私のいるこの世界は、どちらの
私には純真君の死が見えていた。
"死の運命"を知っていた――だから、私だけが彼を救えた。
今の夢咲久遠には果たすべき"使命"があり、それは純真君に深く関係しているのだという。
ならば――これからの私の為すべき事は、既に決まっている。
『それならお言葉ですが……彼の想いに応えてあげるのが、最善なのでは?』
「それとこれとは話が別だよ。純真君を守るのに、何も本当の……こ、恋人になる必要はないと思うのっ」
鏡花水月の助言も妥当ではあるが、生憎久遠はそこまで合理的に割り切れる人間ではない。
正直な話、純真には確かな親愛の情を抱いている。
あれほどしっかりしていて、健気で根は優しく、心を開いた今では年相応の柔らかな表情も見せてくれるようになった。
あんな"良い子"から真っ直ぐな恋慕を向けられるのは、気持ち的には嬉しいが、受け入れるかどうかは話が別だ。
むしろ、私にはもったいないくらいの少年なのだから、これからをもっとたくさん生きて、願わくば“幸せ”になってほしい。
私にとっては、それだけで十分だというのに。
『愛しのクリスティアヌス様への推し愛を誓ったからですか?』
「そ、そうよ! 私は使命と個人的幸福を両立させるつもりなのだから! じゃないと、わざわざ生まれ変わった意味がない……」
もちろん純真のことを思っての意向ではあるが、同時に私情もしっかり絡んでいる。
幸運にも"転生者"に選ばれた久遠は、容姿も年齢も全て理想からやり直し、推しのクリスティアヌス様とも親密になれた好機を逃すつもりはない。
あくまで自分の
「そういえば……おかしいと思っていて、訊きそびれていた事があるんだけど」
『はい、何でしょうか』
「"転生"なのに、今の夢咲久遠に出生から二十歳までの記憶と記録がまるでないのは、どうしてなの?」
カミコク世界へ転生してから薄々と抱いていた、違和感の正体。
本来"転生"とは、"生まれ変わり"を意味する。
前世の夢咲久遠が、天神国の夢咲久遠へ生まれ変わったのだとすれば、始まりは出産であり赤ん坊であるべきだ。
しかし今の久遠の意識と自我は、いきなり二十歳から始まり、何故か最初にいた場所も純真の寝室だった。
まるで、"そのまま吹き飛ばされた"かのように――。
となれば、転生というよりも"異世界
久遠のもっともな疑問を最後まで聞いていた鏡花水月は――。
『――あっちゃ〜! 私とした事が、ウッカリしていましたよ! 申し訳ありません、久遠様!』
「え? というと?」
『確かに今の久遠様は、以前とは異なる容姿と年齢に特殊能力を加えた別次元の存在へ"生まれ変わった"といっても過言ではありませんが……』
それから鏡花水月の口から説明された驚愕の理由に、久遠は人生で初めて腰を抜かしたのであった。
「そんなしょうもない勘違いと理解ミスで、私は吹っ飛ばされたの!?」
『いや〜お恥ずかしながら、この鏡花水月の勉強不足を深くお詫びします』
本当にしょうもないし、致命的だとしか思えない。
よりによって鏡花水月――カミコクの運営管理に携わる謎の存在が、"異世界転生"と"異世界旅"の違いを、ちゃんと区別できていなかったとは。
それでも、ゲームと萌えと推し文化を生み出す側の人間か!
それ以上は言葉もなく呆けている久遠へ、鏡花水月は申し訳なさそうに頭を下げながら(実際見えないが、そんな感じ)語りかけてくる。
『とはいえ、まあ、今後もできる限り久遠様をサポートしていきますので』
「はあ……」
『どうかこれにこりずに、末長くよろしくお願いいたします』
最後に紡がれた台詞には、鏡花水月なりの確かな誠意を感じ取れた。
久遠は「仕方ないわね」と言いたげに溜息を漏らしながらも、頼もしそうな微笑みを浮かべた。
「ええ。これからも、よろしくね鏡花水月。私は、私の使命と夢を同時に叶えるつもりだから、しっかり見守っていてね――」
やはり目の前には、白光色に灯る人魂しか見えない。
それでも久遠と鏡花水月は、握手を交わすように親密な空気の中で、あいさつを述べた。
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