『塞翁が馬の乙女の末路』Ⅴ
ずっと、心に感じていたことがある。
あの小さくも優しい"手"は、“お母さん”だったのではないかと。
あの力強くも温かな"手"は、“お父さん”だったのではないかと。
昔、よく熱を出していた子どもの頃、お母さんは眠っている私の手を優しく握っていてくれたから。
昔、よく転んでばかりだった子どもの頃、お父さんは不安そうな私の手を力強く繋いでくれたから。
だから二人が、また眠っている私の手を繋ぎに来てくれたのではないか、と。
けれど寂しい事に、それは決してあり得ないのだ。
何故なら二人は、私が中学生になってから間もなく、“不慮の交通事故”で亡くなってしまったのだから。
『夢咲ってさあ、"
中学時代は大嫌い。
大好きなお母さんとお父さんが死んじゃった悲しい記憶に、学校の嫌な思い出が重なるから。
『私も思う! それに"太っている"し!』
中学生になった私は、いつの間にか"いじめ"の標的になっていた。
何故、"そうなっていた"のか。どうして"私"だったのか。
今振り返っても、正直よく思い出せないし、心当たりもない。
恐らく、他人より劣っているとか、何となく癪に触るとか、いじめるための理由は何でもよかったのかもしれない。
『勉強もできない馬鹿となれば、人としても取り柄なしだね』
男子は、無神経で乱暴で大嫌い。
女子は、陰湿で嫉妬深くて大嫌い。
先生は、嘘吐きで卑怯で大嫌い。
『ブスでデブでチビなんて、もはや女としても終わっている』
『だから、"触ってやる"だけありがたく思いなさい』
会社の同僚も上司も、傲慢で助平で怠惰で大嫌い。
社会人になれば、何か変わるかもしれないって期待していた。
けれど結局、私の人生は変わらないままだった。
本当は孤独で身も心も醜いから、誰にも愛されなくなった"私自身"が一番大嫌いだった。
それでも――。
『大丈夫ですよ――久遠』
それでも、世界も自分も憎んでいる私が、生きる希望も優しさも捨て切れないでいられたのは――。
『たとえ、どんな姿になっても、必ず“あなた”を見つけますから――』
カミコクというゲームと出逢い、空想世界でクリスティアヌス様と出逢い、私は初めて"究極の愛"を見つけた。
クリスティアヌス様とヒロインが恋愛する
どちらの物語においても、クリスティアヌス様はカエルになったヒロインを庇護して愛し、ヒロインは老人となったクリスティアヌス様の傍を離れなかった。
『人は傷つけるためではなく、"愛されるために"傷つけてしまう、
命の姿形ではなく、魂の部分で愛し合う物語に、生まれて初めて心を揺るがされた。
決して失われることのないクリスティアヌス様の崇高な慈愛と美しさに、私は魂を奪われた。
たかが二次元の空想の物語と登場人物に、心を大きく揺るがされるなんて"くだらない"とか"理解不能"だとか、言われなくても承知している。
けれど夢咲久遠にとっては、クリスティアヌス様の存在も愛も物語も、憎しみと悲しみばかりだった私の心と人生に“光”を与えた。
クリスティアヌス様を想えば、彼のように人に優しくしたいと願い、席や道を譲ったりだとか、笑顔で感謝を伝えたりだとか、老若男女問わず親切を為した。
現実世界の私の行動も思考も感情も変えてしまった時点で、
だから、夢咲久遠は今日も夢と希望を胸に灯していく。
懐かしき親の愛を追想する。
聖なる魂の愛を追求する。
二つの愛が生んでくれる優しさに包まれながら、生きていく。
いつか、理想を現実として手にするために――。
『――久遠』
そう、今まさにそっと優しく名前を呼びながら、ぎゅっと手を繋いでいてくれる温かい存在へ"感謝"を伝えるために――。
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