第二章『塞翁が馬の乙女の末路』Ⅰ

 『“生まれてきたこと”――そのものが、お前の"罪"なのだ』


 『“生きていること”――それだけで、周りへ"災い"をもたらすのがお前だ』


 物心つく前から言われ続けてきた呪詛の言葉。

 祖父母と親戚は、揃って“僕”を忌み嫌っていた。

 けれど、まだ幼かった僕の心を侵蝕するまでには、至っていなかった。

 たとえ、どんな生まれを持ったとしても、僕へ生まれた瞬間からずっと"愛"を囁いてくれた母上と父上がいたから。


 『純粋で、真っ直ぐな、優しい、愛しい私達の子ども――』


 母上はいつも優しく微笑みながら、温かく抱擁してくれる"春の女神"のような人だった。


 『お前は、僕達の大切な"特別"な子だよ――』


 父上は晴れやかな笑顔を咲かせながら、いつも僕の背中をそっと押してくれる優しくて勇敢な人だった。

 僕は母上も父上も怒ったり泣いたりした姿を、一度も見たことがなかった。

 母上と父上は僕にだけでなく、周りの付き人にも穏やかに接し、街中の貧しい人へ食べ物を恵む慈悲深い人だった。

 剣の扱いに長けたさむらいだった父上は、どれほど忙しくても毎日必ず僕に稽古を付けてくれた。

 そんな母上と父上から肩時も離れずに育った僕は、自然と"人のために何かをする人間"になる夢を抱いた。


 『お前が弱き人々を守ろうとする、強くて優しい人間に育ってくれて、よかった』


 "弱き者を守り、悪を滅する"力を強めるために、僕はひたすら己と剣技を鍛え上げた。

 そうすれば、母上も父上も柔らかく両眼を伏せながら、嬉しそうに微笑んでくれた。

 僕の剣技が少しずつ上達するのを見る度に、父上は誇らしげに褒めてくれた。


 『あなたは、私達の宝物よ――』

 『お前は僕達の誇りだ――だから、たとえ――』


 僕は母上と父上が大好きだった。

 母上と父上さえ一緒であれば、何も怖くなかった。

 いつも笑ってくれる母上と父上のために生きたい。

 母上と父上が心を砕く民のために強くなりたいと願った。


 "あの日"――くだらない欲望、つまらない人間を慈しみ、理不尽に奪われてしまった母上と父上を目の当たりにするまでは。


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