第6話
「うん。魔力回路も安静していて、体の回復もちゃんとできてる。
来週には退院できそうね。」
「ありがとうございます…」
マミさんが買い物に出ている間、私は体の回復は順調と、今日の診察の結果をマリアさんからそう聞いた。
私の場合は体の再構築を施された使い魔のホムンクルスだから、回復より修復の方が正しいかも知れないが、
「あなたはここにちゃんと生きている。私は医者としてあなたのことをモノ扱いできないわ。」
それでもマリアさんは私のことを生きている人間として扱ってくれた。
自分がテラから体の所有権を掌握して初めて出した必殺技。
月を食い消して闇を溶かし、敵に注ぐ。
溶けた闇は敵を貫く槍となり、切り裂く剣となってその体を千切って確実に殺す。
って感じの大技が正直どんな仕組みなのか詳しくは知らない。
ただ何度も連発できる技ではないというのだけは、今回の経験でしっかり学ばせてもらった。
全身が千切れそうに痛くて、どうしても力が入らない。
それだけで私は今の自分の体がどれほどボロボロになっているのか、思い知ることができた。
「本はちゃんとお嬢さんの体に返しておいたから安心しなさい。
最も「魔書」は魔神本人とその本人が許可したものでした読めないから私達には読む術もないわ。
非承認の赤の他人が読むには大規模の儀式が必要と聞いたけど、それも実際試した人がないからなんとも。」
っとポケットから取り出した新しいタバコに火をつけながら、少し離れたところで私のことを眺めているマリアさんから聞いたその話はテラにも聞いたことのない初耳の話であって、当然私はそのことに興味を示すようになった。
「言ってくれなかったわね。そっちの魔神さんが。」
っと珍しいという視線で私のことを、正確に言えばテラのことを見つめるマリアさん。
傷だらけの美人のお医者さんって結構マニアックっぽいなって思ってしまう瞬間であったが、それでも彼女のあまりの美しさに私はほんの一瞬だけ、何も考えられないほど見とれてしまったのであった。
「ウィッチクラフト」で保有していたテラの「悲哀の書」を含めて「魔書」は全部で4冊。
「帝国」で保管している民を救うために自ら魔神になってしまった初代の魔神、「
テラにも感じ取れないところから見ると、やはり同じ魔神とはいえそれぞれの個体にはある程度の個性があるみたい。
テラは一番強い魔神は初代の「鋼鉄の王」と言ったが、一番危険なのは最後に出演した4人目の魔神、魔書「喪失の書」の持ち主である「泣く箱」の「マックイーン」だと説明した。
「…あれは魔神と呼ぶにはあまりにも臆病の腰抜けだが、それ故、何をやらかすかまったく読めん…
だからあれは危険だ…」
4人の魔神の中で最も多くの犠牲者を出したという元「オーバークラス」出身の魔神「マックイーン」。
その臆病な性格のせいで、彼女は常に不安感に苦しんでいて、それを解消するために多くの人々を殺したと言われている。
手段を選ばず、子供、老人、性別、年齢に関係なく無差別に襲ってくるマックイーンは今も最悪の魔神として語り継がれていて、テラは彼女に対してむき出しの嫌悪感を表していた。
そこで私は聞かざるを得なかった。
「やっぱり本当ですか…先の話…」
果たして先程、私達に聞かせてくれたあの話は本当なのかと。
苦手な消毒剤の匂いが充満している白い病室。
あまり落ち着かない空間だが、それでも私はマミさんからも聞いたことのないこの世界で今、起きている全てを魔神の依代として知っておく必要があると判断して、マリアさんに真実を求めることにした。
「ええ。紛れもない真実だわ。」
そして自分に話したことに偽りはないということを明かすマリアさん。
それでも私はそう簡単に彼女の話を飲み込めなかった。
「「ウィッチクラフト」は4冊の魔書を集めて5人目の魔神を生み出そうとしているの。」
あまりにも壮大で無茶苦茶な計画。
でもそれが現実味を帯びてきた以上、今まで通りにはいかないとマリアさんはそう言った。
「帝国」と「聖王庁」、「ウィッチクラフト」と数々の国や組織が入り混じって戦争を繰り広げている戦乱の時代。
今は少し小康状態に入ったが、このままではいつまでも埒が明かない。
そこで「ウィッチクラフト」が選んだ切り札が5人目の魔神を人工的に誕生させるという無茶苦茶な計画。
もしそれが成功したらその儀式を「ウィッチクラフト」が主導した分、それは確実に魔女達にとって前代未聞の強力な武器になってしまう。
「ウィッチクラフト」は最初にテラの「悲哀の書」だけは確実に確保していたつもりだったが、まさかテラが勝手に私と契約して、あの大穴から逃げ出したとは思わなかったようだ。
「噂によると「
あいつら、そこの魔神さんのことを恐れて、あまり封印場の「黒穴」には近づかなかったんでしょ?
それが仇になってまんまと魔神を取られてしまったから、そりゃ気切もしたくなるわよ。
親分として手下達の失策がよほど悔しかったみたいね。」
本来の持ち主であるあの轟が「ウィッチクラフト」に戻るまで誰もテラの行方不明のことに気づかず、無駄にしてしまった3年。
元々高齢だった現「ブラックサバス」はその時間を取り戻すためにも、血眼になってテラの居所を探し、なんとしてもテラのことを確保するつもりだったそうだ。
でも思ったより轟がテラの捜索に手こずってしまって予定より時間がかかったらしい。
それだけテラが巧妙に居場所を隠していたということだが、
「でも相手が悪かったわね。あのうららのやつ、ああ見えても千年に一度の天才って魔女だから。」
相手があのうららだった時点で私達はいずれ彼女に見つかる運命だったと、マリアさんは彼女の優秀さに改めて驚かされたと評価した。
「そちらの魔神さんを封印したのがうららの先祖で、あいつは「轟」の魔女の中で最も優秀だからそんなに珍しいことではないわ。
ただそこまでやれるのかと驚いただけ。」
魔神には個性と言える特殊な魔力波長があって無関係の人には決して解読できないらしい。
ノイズところか、木や石と同じものにしか感じられないから普通の魔女にテラのことを見つけ出すことは千年かかっても不可能なことであった。
それをあの轟はたった半年で成し遂げて、私達の前に現れたというわけ。
私の記憶には単にマミさんから打ち上げた下着を猛スピードで追いかけて行った変な女でしか残ってないが、こうして見るとやっぱり轟は優秀な魔女だと、ちょっと悔しいが、つくづくそう思ってしまう。
そしてその優秀さはかつてテラを封印した轟の先祖、「轟ララ」にも肩を並べるもので、轟からあの時の彼女と同じ感覚を感じたと、テラは轟との初対面のことを思い返した。
今もはっきり覚えている史上最強の魔女「轟ララ」のこと。
テラは彼女のことを初めて会った一世一代の好敵手だと、魔神ではなく、一人の魔法使いとして認めていた。
「…しつこいやつだった…体の内側かから切り裂いたのに、それでもなお封印を止めなかったいかれた女…」
っと自分を封印した唯一の強敵に対して珍しく素直な尊敬の念を表すテラ。
それほど轟の先祖はすごい魔女だったそうだ。
テラの封印と共に訪れた廃れかけた「ウィッチクラフト」の復興。
それをきっかけに「轟」家は一気に「ウィッチクラフト」の要となって、「ブラックサバス」と共に「ウィッチクラフト」を率いるようになった。
その「轟」家の魔女として彼女にも家門の名誉を後代に継がせる義務がある。
でも私が覚えている「轟ウララ」という魔女はあまり「ウィッチクラフト」に協力的な魔女ではなく、あくまで一人で行動する変わった魔女であった。
だから「ウィッチクラフト」の魔女たちは彼女のことが嫌いで、厭っていたが、まさかそこで轟が出てくるとは、マミさんだってそればかりは予測できなかったそうだ。
マミさんが私のところに来たのも似たような理由。
初めてはマミさんもテラの「悲哀の書」が狙いだったそうだ。
「はい。最初の私は昔の仲間から「ウィッチクラフト」の全貌を聞いてそれを阻止するために本を譲ってもらえないかと、ヤヤちゃんのところへ向かいました。」
後で本当のことを聞く私にマミさんは隠し事をすることなく、正直に最初の目的を明かしてくれた。
「もし魔神が出てしまったら今度こそ終わりです。
もう昔みたいに魔神を退くために協力したりする時代ではありませんから。」
過去と違って大陸はバラバラになって、お互いのことを完全に倒すべきの敵と見ている。
誰も信用できなくて、なにか裏があると思って簡単に手を貸さない。
魔神が出たしてもこの状況は多分変わらないとマミさんを含めた過半数の「オーバークラス」はそう判断していた。
だから事前に防ぐ必要があって、そのために私のところに来たというマミさん。
それにはほんのちょっとだけがっかりしてしまったが、
「でも私はヤヤちゃんに出会ったことを運命だと感じました。」
そんな私の手を握って、マミさんは私達の出会いこそ「運命」だと言ってくれた。
誰も振り向いてくれない私のことを真正面からちゃんと見て、私の話に耳を澄ませてくれた人。
私は自分のことをマミさんの人生におけるちっぽけな「欠片」にでも思ってもらいたいと思っていたが、マミさんはそれにとどまらず、私との出会いを「運命」と受け入れてくれた。
「だってヤヤちゃん、こんなにいい子なんですもの。
私はこれからももっともっとヤヤちゃんと一緒にいたいです。」
うまくは言えない。
でもこの一緒にいたいという気持ちは決して嘘じゃない。
それだけで私が命がけでマミさんを助けた報いとしては十分。
たとえ本が目当てだったとしてもマミさんが私に会いに来てくれたのは確かな事実。
私は、
「この本はやっぱりヤヤちゃんが持っていた方がいいと思います。
その代わり今度は私がヤヤちゃんのことを最後まで守り抜いてみせますから。」
っと私に本を返して指切りで私のことを守ると約束してくれるマミさんの前でちょっとだけ泣いてしまった。
マミさんのその優しい気持ちだけは嘘にしたくない。
そう思って私はもうこれ以上、そのことについて考えないようにした。
「本は返したけど、お嬢さんが狙われている事実に変わりはない。
そこで提案したいことがあるんだけど、しばらくの間、あのアホと一緒に行動するのはどうかしら。」
っと今後の対策として突然、私にマミさんとの同行を提案したマリアさん。
マリアさんはこの話にすでにマミさんからの同意は得たと、
「ヤヤちゃんは絶対私と一緒にいた方がずっと良いです!」
って感じでむしろマミさんの方が同行の話を強く推したらしい。
それは確かに嬉しかったが、
「い…いいんですか…?私と一緒にいるとまた危ない目に遭うんじゃ…」
私はやっぱり自分が「ウィッチクラフト」に狙われている以上、マミさんとの同行を決めるにはいささか迷いを抱えてしまった。
またマミさんをあんな危険にはさらしたくない。
そう思って答えを躊躇している私に、
「大丈夫。あのアホ、ああ見えても途方もなく強いから。」
マミさんは今までのどの「オーバークラス」より強いと、私を安心させてくれるマリアさん。
彼女はマミさんのことを自分以上の優れた戦士だと評価した。
「あのウララを除けばあのアホに勝てるものなんてそうそういないわ。
だってあいつ、あんなでっかい魔力袋なのよ?」
「…確かに…」
そしてその馬鹿げた大きさの胸のことをマリアさんだって本当はずっとありえないと思っていた。
「まあ、ウララのやつが相手になったら驚くほど弱くなるけどね。
だからお嬢さんのおかげで命拾いしたということは紛れもない事実だわ。」
っとマリアさんは、
「あのバカを助けてくれてありがとう。」
自ら頭を下げて、命がけでマミさんを助けた私に心を込めてお礼を言った。
口ではマミさんのことをぞんざいにしても、どれほど彼女のことを大切にしているのかがその一瞬で分かるほど心が込められた感謝。
私はただマミさんのためにあの時の自分にできる精一杯をやったまでのことだと、ただそう言ってしばらく彼女の手をギュッと握るだけであった。
「そういえば轟とマミさんはどういう関係なんですか。
確かマミさんのことを「先生」って呼んでましたけど…」
「あ、それね。」
っと轟とマミさんの関係を聞く私に今後のためでも二人の関係を知っておく必要があると言ったマリアさんは、
「あいつ、なんか頭おかしそうだったわよね?」
その一言で私に轟の大体の説明をまとめてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます