電車が来る。あと、少し。君の話。

エリー.ファー

電車が来る。あと、少し。君の話。

 電車が来る。

 君がいなくなってしまう。

 わたしは、わたしは、ただ。

 君のことが好きだった。

 本当に大好きだった。

 だから、電車が君を連れ去ってしまうのを、心底、憎んでいる。

 どうにか、君をこの駅に繋ぎとめることはできないかと。

 そう、考えている。

 わたしには、君が必要で。

 君には、私が必要ではない。

 そんなことは分かっているのだけれど。

 それでも、わたしは、わたしの中にある寂しさを優先したいのだ。

 君は。

 君の父親と母親を殺してしまった。

 だから、電車で遠くへと逃げなければならない。

 分かっている。

 そういう現実が、君の小さな背中には乗っている。

 わたしは、君よりも長く生きているのに、そんな激しい人生経験も積んでいない。だから、わたしには君のことを理解することはできない。

 ただ、遠くから尊敬することしかできない。

 近づくことができないのだ。

 君にとって、わたしは年上のお姉さんだろう。

 わたしにとって、君は大切な人だ。

 この言葉を飲み込む以外にわたしの生きる道は存在していない。

 何故なら。

 世間は、この恋愛感情を不純であると定義したからだ。

 別に、わたしはその現実に反発しようとしているのではない。受け入れる気であるし、悲しいけれど、時間が解決してくれるだろうとも思っている。

 そして。

 おそらく、この考え方は合っている。

 わたしだけが悩んでいることではないだろうから、過去の人たちは皆、飲み込んできたのだろう。

 わたしにもできることだ。

 前例に溢れている。

 溺れそうなくらいだ。

 逆らって泳いでみようかとも思った。

 もちろん。

 思っただけである。

 君の背中は余りにも小さくて、その両手はより小さく、そして、体のあちこちは血塗れだ。

 わたしは、君の体についた罪を洗い流してやりたいのだけれど、もしも行動に移してしまったら、君はより罪に塗れ、わたしも罪を背負うことになる。

 わたしは、わたしの人生がどうなろうと構わないけれど、優しい君がわたしを心配することを知っている。

 わたしは、君がわたしに向ける感情が恋愛ではなくて、ただの哀れみであるとか、異性間の友情、はたまた年の差の友情でしかないことに気が付いている。

 だから。

 君の家に火をつけた。

 君が二度と家に戻らないように火をつけた。

 だから。

 この駅に臨時急行が停車することをなんとなく教えてあげた。

 確実に逃げられるように情報を教えた。

 だから。

 君の両親が、まだ生きていたから。

 わたしは鉈で。



 そう。

 そうだ。

 この続きは、わたしの頭の中であったとしても、詳細に説明をしてはいけないね。

 すべて、君が頑張ってやったことだ。

 大丈夫。

 君はちゃんと勇気を出して、お父さんとお母さんを殺すことができたよ。

 君には力があって、決断力があって、行動力がある。

 わたしは、そんな君のことをちゃんと見ていたよ。

 君が、お父さんの見ていない所で子どもを捨てて。

 君が、お母さんの見ていない所で大人になって。

 君が、君の見ていない所で他の誰でもない君になっていく。

 その過程を。

 わたしは、ずっと見ていたし、見ていたかったよ。

 そして。

 君の意図していない形かもしれないけれど。

 そんな君の人生がわたしに勇気を与えてくれたんだよ。

 君の後ろ姿を見ても、わたしは自分の両親まで殺そうとは思えないけれど。

 わたしが何を我慢してきたのか、どんな大人の女性になりたいと思っているのかをちゃんと話してみようと思うよ。

 難しいかもしれないけどね。

 丁寧に喋っていたはずが、君に語り掛けるように思いを連ねたのは、君を攫う電車が迫っていることに気が付いたからだね。

 さようなら。

 わたしだけのヒーロー。

 さようなら。

 わたしの初恋の人。

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