第33話 paddle

高速道路を走っていると、雨が降ってきた。にわか雨が強風とともに吹きすさび、車のフロントガラスを強くたたいた。


運転席から見える目の前の景色は、曇りガラスのようにモザイクがかかり、映像が淀んで、見通しが悪くなった。


突如、「ガツン!」と強烈な音がして、時速100㎞近くあった加速度は時速0㎞に急速に低下したので、Gがズンと車内にかかった。


「ううう!」と俺はエアバッグがハンドルから飛び出した拍子に声が漏れたので、運転席は俺の筋肉でパツパツに狭くなった。


「しまった。事故ったか?!」と内心焦りを感じていると、意に反して車が持ち上げられる。これは、おそらく怪力を持つ淫魔の仕業だろう。


俺はひしゃげたドアを蹴飛ばし、車から降りた。すると、まるでシェイプオブウォーターのモンスターのような形状をしたマーマンみたいな化け物がそこにおり、車を揺さぶっていた。


「ダアああ」とそいつは口吻を漏らしている。おそらく、低脳だ。俺を見て、ただ戦う相手を見つけて脳がドーパミンを出したそれだけのことであり、言語野は発達していないようだ。おそらく、勝手に想像するに、淫魔族たちの中で人体実験があり、その中でも失敗に終わった脳の萎縮が見られる部類の淫魔だ。


鋭利な鉤爪で俺に向かって切り付けてくる。「ウガああ」と叫びながら唾を飛ばしながら襲い掛かる様子はモンスターそのものだ。


俺は、何もダメージを与えられていないが、「痛ああああ!」と叫び、背中のブーストを噴射したうえで猛スピードを発揮して、マッハの飛び膝蹴りを食らわせた。


「アガああ」と言いながら仰け反るマーマンを目の端に追いながら、ソイツの後ろに着地したあと、俺は振り返った。が、そいつはいない。


大破した俺の車の後ろに止めた自身の車の窓から北村が叫ぶ、「茂木君うしろ!」と。振り返るとマーマンの鉤爪がすぐそこまで迫っていた。


俺は猛烈な反射神経で「やめろー!」と叫んで身体をゴースト化してその攻撃を回避した。しかし、また振り返るとマーマンはいない。


あの巨体を一瞬にしてどこに隠しているのか。俺はあたりを見やった。すると、あちらこちらににわか雨によってできた水たまりがあり、その中にマーマンがもぐらたたきのように潜んでおれることがわかった。


まだ雨は強く降っている。俺はずぶ濡れになりながら、すべての水たまりを見渡せるように車の屋根に上がった。


すると、今度は空からだった。雨に身を潜めていたのだ。


俺は鉤爪を寸でところで躱したが、ソイツの巨体までは躱せなかった。俺はもろにそいつの体重にのしかかられ、車の屋根はペシャンコになった。


黒服が窓を開けてこちらに叫ぶ、「まずい!これを使え!」と言って投げたのは、やはり能力ワクチンだった。ブスリと言って延髄に刺さる注射器。相変わらずどういう状況にあっても百発百中の名手である。


「クああツ」と俺は痺れのような感覚に声を漏らしながら、注入されていく新し能力に震えていた。


俺は叫んだ。「グラトニー!!!!」と。ほとんど、自分の中に眠っている武器を呼び覚ますような感覚がした。ワクチンは、それを注入しているというよりも、目覚めさせるための喚起剤のような感じがした。


俺の腹はまるで神話に出てくる悪魔のような形状になり、光をも食らわんとするような貪欲な魔物のような異形の姿になり、大きな口をあけ、顎(あぎと)をあらわにし、黒光りする刃のような牙を雨空にさらした。


マーマンはついに恐れをなして、「ギャアアー」と叫びながら背を丸くしていたが、それを俺の腹の悪魔は容赦なく一口で丸のみし、バリバリと噛んで飲み下した。


腹の中ではマーマンの叫び声がする。まるでトラウマになるような、断末魔の声だ。


俺は黒服に「ちょっと、強すぎねえか?」と言ったが、黒服は、「仕方ない。お前の体質がそうさせているのかもな。」とごまかした。


俺は、少し自己憐憫に襲われながらも、愛車と別れを告げた。「ああ、miniCooperよ。また会おう。」と言って、黒服の車に乗り、その場を後にした。

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