第23話 cave

それぞれの車は、俺、北村、黒服の順に動き出した。黒服が、遠くに徐行で車道に出ようとしているのが見える。どうした、遅いぞ。


「あっ、一寸待った。何か来たぞ。タイミング悪いなあ。」と黒服はインカムで聞こえるほどの独り言を言っているのが聞こえた。それはむしろ、聞き逃すべきでない重要な情報であるので、耳寄りではあったが、今しがた敵と戦った俺にとって、耳障りな情報でしかなかった。


「ダイダラ洞窟に行けるか?こいつは厄介そうだ。おそらく、そいつは全身が反射板のようになっている。どんな攻撃も跳ね返す。しかも、鏡のように対面したものをただ映したりとかアルミのように熱波を透過させないで反対方向に打ち返すとかそういう物理的なことではなくて、この世に存在しない不思議な反射効果をもっている。とにかく、そこが危険だということはわかる。下手に攻撃するな。どう来るかわからん。ただ幸いなことに攻撃能力は低いようだ。それに、ここから近い、加速能力ですぐ着くはずだ。」と黒服は言った。


「わかった。なあ、能力は、足さなくていいか?」と俺は黒服に尋ねた。


「そうだな、これ行っとくか。火力や武力は使わないほうがいいかもしれないからな。」と黒服の声がインカムからすると、一瞬にして黒服が助手席に現れた。


「おいおい、車は大丈夫かよ!」と俺が言うと、「なに、自動運転だ。心配せんでいい。」と黒服が言った。そして、俺の延髄に注射器を刺した。


「痛ってえ!」と俺が油断して言うと、背中からブーストが出て運転席のリクライニングシートの背凭れが吹き飛んだ。その勢いは止まず、俺は前頭葉を勢いよくフロントガラスにぶつける勢いで突っ込み、無理な体制で身を守ろうと踏ん張った結果鼻をハンドルで強打した。


「ううう!」と俺が言うと、さっそく注射したワクチンの能力が解放されたようだ。俺の身体から筋肉があふれ出し、みるみる車が狭くなって、頭がフロントガラスを突き破った。


「ちょっと待て、ちょっと待て…。」と立て続けに能力が発揮される言葉を油断して吐きまくってしまう俺は、今度は両手からソニックブームが飛び出し、頭で突き破ったフロントガラスが宙に舞った。


「ああああ!俺のクーパーがめちゃくちゃだ!」と叫んで足で地団駄を踏むと、それが超加速の「あああ」の発言に算定されてしまい俺は地団駄によって高く舞い上がってしまった。もちろん、車のルーフをぶち破り、かつて父親に高い高いをされたときよりも上空を飛んだ。


ふと、ダイダラ洞窟があるとみられる断崖の方向を見ると、夕日を受けて不自然に輝いている奇妙な生き物がそこには見えた。俺は、もうクーパーは黒服の手直し能力に任せてここから飛んでいくことにした。


落下しながら、「じゃあちょっと行ってくるから!」と俺は早口で黒服に言うと、黒服は屋根のない車から俺に手を振った。「痛い!あああ!」と言って、背からブーストし、超加速して敵のもとへ。


俺は、洞窟の祀られている祠にたどり着くと、余計な反射を食らわないようにするために、平常状態に戻り、口を噤んで敵のもとに向かった。


「おるなあ…。」と俺は慎重に言葉を選びながら発声し、様子をうかがった。俺は、「居た!」と言おうものなら下手にブーストが出て、どう反射攻撃を食らうかわからないので、さっきのように口を滑らすわけにはいかない。


言葉選びを慎重にしたらいいのに、無暗に動作まで慎重になってしまう俺は、抜き足差し足で洞窟の入り口でこちらに背を向けて静かにたたずんでいる敵に近づいた。


(物理攻撃だったら大丈夫とか言ってたな。)と俺は思い、卑怯だが背中から敵に向かって「うっ」とコッソリ呟いてマッチョになりながら剛腕で殴り掛かった。


「きゃ!」と言って背中からまともにパンチを受けた敵はうつ伏せに倒れ、地面に突っ伏した。すると、途端に俺の背中に猛烈なパンチを食らった。


「うげっ」と俺は声を漏らしながら、敵の横の地面に突っ伏した。すぐ俺は背中を振り返った。しかし誰もいない。もしや…。と俺は思った。こいつは、攻撃を受けたら、攻撃をしたものも同等のダメージを受ける能力だと。恐ろしい…。


「何するのよ…。女を殴るなんて。」と敵は言った。困った。こいつは目を潤ませて泣いている。俺は涙に弱い。それに、本当に言う事を聞いて火力や武力を使わなければよかった。俺は黒服の言葉を汲み間違えた。


「おい、攻撃したのか?大丈夫か?」と黒服は言った。「すまん、強烈なパンチだったよ。俺のパンチ。」と俺は言った。「お前それ、相手が弱攻撃でも仕掛けてきたときに身を守れるように出したやつだぞ。下手に攻撃すんなって言ったろ。」と彼は叱った。


敵は、潤んだ目でさらに言った。「誰と話しているの。私を一人にしないで。」と。


俺は、その綺麗な目に見つめられて、何も言えなくなった。そして、彼女の話を聴くことにした。これまでの淫魔とは違い、なんだか異質なか弱さを感じ、尋常でない同情心がかきたてられた。


「君は、なんだ?淫魔じゃないのか?」と俺は聞いた。すると、女は言った。「そんないやらしいこと言わないで。私があの女たちと同じことをしたら、私は死んじゃうの。」と言った。


黒服の声がする。「なるほど。そうか。わかった。彼女は、淫魔でありながら、その物理を無視した反射能力で、彼女の身に降りかかる何かは、相手に反射し、そして彼女の身に降りかかる何かはその相手に降りかかるのだ。つまり、淫魔と交じって射精した人間は死んでしまうが、彼女の場合、彼女も死んでしまうから、彼女はそのような行為をしないというわけだ。彼女は淫魔でありながらにして、敵を殺さない無垢な存在だ。極端に言えば、同じかそれ以上の運命を背負った仲間と言ってもいいかもしれない。」と彼は言った。


俺は、ただ、黙ってそれを聴いているしかなかった。こんなことが、世の中にあるなんて。

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