第21話 Giant

俺は海に足を浸けてバシャバシャと音を鳴らしながら歩く巨大なバケモノをボンヤリと眺めていた。今の状態からなら、すぐは町に被害は及ばない。しかし、こうしている間に、水の中に沈んでいるかもしれない何かを呼び起こしはしてしまうかもしれない。その時は取り返しがつかないが、俺は「あーあーあーあー」言いまくっていたら間に合うのではないかと思って、必死で狂人が如く叫びまくり、手近な漁網を手あたり次第集めまくった。時に、「痛い!あー!あー!痛い!痛い!あー!」とリズミカルに変拍子を加えながら、色んな感覚で止められた漁船を飛び越えて、網を奪った。そして、飛びながらも、それらを一つにつなげるべく釣り糸でつないだ。


さすがに、いくらスピードが増えても、ブーストを効かせても、何船もの網を繋げたら重みがありすぎて、移動ができなくなり、ずっしりとした負荷に耐え切れず、砂浜にゆっくりと落ちてしまった。


「くっ、我ながら馬鹿だったか。」と独り言ちって、俺は、作戦を変えて、今ある網の数とそのつなげた長さで戦うことにした。俺は、「来い!」と言って手先から弓矢を出して、弓道部でも何でもなかったが、その矢に網の先を括り付け、弓をめいいっぱい射て、矢を撃った。50m先ほどでは、巨人がまだ深みに向かって進んでいた。


さらに俺は、「痛い!待て!痛い!ああああ!」と言葉を組み合わせて、まず1つ目の痛いで矢の高さまで飛び上がり、次の待てでその弓矢をさらに加速するソニックブームを放ち、そして2つ目の痛いで矢の飛んだ方向へブーストし、最後のあああで移動速度を矢に追い付くほどにして、やがて僕の身体は、飛んでいく矢をライダーキックのような体勢で踏むようにして進む状態になった。


「のおん?」と何かが空気を割いて迫りくる気配を感じた巨人が振り返ると、まるでその動きはこちらが早すぎてスローモーションのように見えた。


驚き口を開けた巨人の口の中に勢い余って俺は入ってしまった。ノドチンコに突き刺さった矢は、加速度が通常に戻った俺を揺さぶられっこ症候群になりそうな勢いで口腔内を縦横無尽にバタバタさせた。それは、巨人が口腔内を痛めて、暴れるからである。爆音で、「おおおーーー!!」という驚嘆声が聞こえる。鼓膜が破れそうだ。


俺は、「ぬおおおおお!」と絶叫しながらも爆音に耐え、耳鳴りがするなか「待て!」と叫んで巨人の歯を吹き飛ばした。


「がっ!」と驚嘆声をまた出し、前歯が抜けた巨人の口から空気が抜けたために、俺は呼気にまるでブーストのように意図せず押されて、口から放り出された。


「うっ!」と不意を衝かれたために思わず声が漏れたが、余分な能力発動は避ける用心がけているため、「あっ」とかは言わなくて済んだ。


俺は、巨人の巨体から落ちる拍子に口の中からズラリとぶら下がっている網を掴み降りた。巨人は相変わらず先に進もうとしている。今は、腹まで水に浸かっている。俺は、今は胸くらいだ。


網の下の方は巨人の足元でゆらゆらしていた。俺は「あああ!」と言ってから、水に飛び込んだ。そして、しばらくの間猛スピードで動き、足に網を巻こうとした。


やがて、スピードは通常に戻ったときには、網は一周巻けていたが、それでは全然行動を止められなった。どんどん巨人は進んで行く。俺は、水中では言葉を使えないので、水上に浮上し息を吸って言葉を発そうとした。


「ぐあああ!」と叫び、煩わしい蠅を払うかのように俺に向かって撞鐘のようなすぼめた手を押し付けて、俺を水中に押し込んでくる。


幾ら手をすぼめても親指~小指までをどう使っても指と指のどこかの隙間には広い空間ができる。例えば、すべての指を片側にぎゅっとしても、反対の手の腹側がスキだらけになるように。俺は、その隙間を潜って篭攻撃を避けたが、それがトラップだとは思わなかった。


避けた先にあったのは、パーにした巨人の手のビンタ。水を掻き、水圧で殴打された俺は、水上に打ち上げられた。俺は、「ぐは!」と言って、上空をくるくると回った。そのとき、閃いた。


「来い!」と叫んで出したのは、サーフボード。俺の専売特許であり、武器だ。怒った巨人は、俺に構い、足を止めて目の前の俺に攻撃してきている。これを躱すのに、そして挑発して違う方向に誘うのに、この武器はもってこいだ。


俺は、「待て!」と言って、手からソニックブームを水面に向けて出した。攻撃に気を取られて隙だらけのバカデカ歯抜け野郎はそいつで立ち上がった強烈な水柱をまともに浴びた。「ぐおおおん!」と叫び、顔をしかめて仰け反っている。タコ野郎とは違い、身体がとてもでかい上直接攻撃ではないのでもちろんダメージは小さいが、おそらくこいつはドンクサイ。煽れば、この先へ進まず、このままやれるかもしれない。


俺は、中指を立て、相手を挑発した。さらに、水面に向けて発したソニックブームを今度は浴びせるふりをして手を巨人に向けたら、「お!」と言って身を引いた。俺が指さして小ばかにしてやると、ソイツは憤った様子でタコ殴りしようと腕を振り回して追いかけて来た。


巨人が動くと波が起こり、俺はそれに押されて逃がしたい方向に移動するだけである。何と楽な事だろう。


「いいいい!!」とアングリーな様子の巨人は夢中で俺が慣れた様子で躱す攻撃を何度も仕掛けてくる。俺は、それを楽しむようにして趣味の時間のように過ごした。


困ったのは、次の瞬間だった。強大な波が起こり、俺は押し返されるようにして、巨人の方に進行方向が変わってしまった。それは、もともと進行方向だった方角から、別の巨大生物が来たからだった。


「おおおおんんん」と怒りにも見える声を発する新しく出て来た巨人は、水など掻かない賢い生物だった。俺は、なすすべなく今迄相手していた巨人(ここからはAと言う)の腹に打ち付けられたあと、新しいほうの巨人(ここからはBと言う)のハイキックをまともに浴びた。とっさに、「やめろー!」と言ってゴーストになっていないと死んでいただろう。


俺は、Aの身体を通り抜けて背部に回った。そのころにゴーストが切れた。俺は、あまりに死にかけたので「あっぶねええええ。」と独り言ちり、ボードのない水中に落ちた。ザブウンと音がした。


遅れて、Aが蹴倒されて、俺に寄っかかって来た。物凄い飛沫が上がり、俺はAの巨体が俺の上に覆いかぶさるのを感じた。水中だからすぐ押しつぶされることはないが、徐々に水底が近づいてくる。俺は、急いで泳いでAの倒れ込んだ身体の端へ移動した。


水中から顔を上げると、上空をBがものすごいパワーで飛び上がり、もしトビウオがクジラサイズだったらこんな感じだろうなという様相を呈していた。俺は、まん丸のBの腹から落ちる大粒の飛沫を受けて、また水中に叩きつけられた。思わず、「うげ。」と言った。


「今度は、Bが遠沖の何者かを呼び覚ましに行ったか。」と思った。俺は、何としても止めないと。と思った。気を失いそうになりながら。Aは、土手っ腹に穴でもあけられたのか、大人しく沈んで行っていた。


上空のBめがけて、「待て!」と言って、直接のソニックブームを浴びせた。Bは、それが直撃し、大きな水しぶきを上げながら受け身する間もなく遠くに着水した。水面が強く揺れ、俺は再び「来い!」と言ってサーフボードを呼び出し乗り込んだ。ようやくだが、武器を自由に出せるように調整できるようになってきている気がする。


シーンと静まりかえる海上。かと思えば、しばらくすると、沈黙を割くように、「パアアアン!」とビーム音がし、海中から白昼の空に向けてもギラギラ眩しいほどの閃光が放たれた。閃光の中には、一人の人影がいた。


「しまった!ついに生れ出てしまったか!」と俺が叫んだ時には遅く、閃光が収まると、下半身が魚の形をしていて、上半身が人間の姿をした妖艶な人魚がそこにはたたずんでいるのが見て取れた。


俺は、それが彼女の洗脳能力であることを認識しながらも、抗えないその魔性の魅力やフェロモンに、思わず、唾を飲み込んでしまった。まずい、このままでは、食われかねない…。と、さっそく脳を犯され始めていた。


「うっ」と思ったときには、その人魚と目が合ってしまった。もちろん、メデューサではないので、石化することはないが、その切れ長の瞳に見つめられると、落ちる男はいないだろう。俺は、身体がしびれたように動けなくなってしまい、まずいと思った。


人魚とは、もともと伝説上の生き物であるが、その言い伝えでは、漁師や海賊たちをその妖艶な魅力で誘い、海に落とし溺死させてしまう恐ろしい生き物だ。子供のころ、伝奇小説を読んでいたが、今まさに目の前にその者を見て、まさにしてやられてしまったかのように、身体がしびれている。


ゆっくりと近づいてくる人魚。くびれがキュッとしており、大きな胸の、美しい女。俺は、目の前までそいつに迫られてしまった。身動きのとれぬまま。

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