第4話

 出社するとデザイン部の仲間は、いつも通りで、何も問題なく仕事に就けた。

 あの噂から二週間以上経ったというのに、ゲイ疑惑だけはしつこく残っていた。

 ――カミングアウトする気はない。

 渡邊にもそれは伝えた。

 そのうち冷めるから、無視しようと……。

 それでも火種は、中々消えずに、それを思わせるメールがきたり、コソコソ話しが再発する。

 俺もそんなに強くない。面倒なことは嫌だ。それなら黙って時間が経つのを待つほうがいい。

 もう一度、在宅申請を出す前に、関係者に面と向かって簡単な打ち合わせをしようかと社内をウロウロしていた時に、渡邊の声が聞こえた。

「やっぱり、貴方だったんですね。高田さんの変な噂流したのは」

「は? 何言ってるんですか? ハラスメントで訴えますよ」

「そのスマートホン。個人のですよね。見せてください。それで、すぐわかりますよ」

「やめてださい。マジで、叫びます」

 二人のやり取りが聞こえて、咄嗟に隠れてしまった。

 声は、渡邊と新人の鮎川麻衣だとすぐにわかった。

「……何でこんなこと」

「……あんた、誰だっけ?……ああ、営業のデカい人か……」

 大きなため息が聞こえる。

「私は、本当のことを発信してるだけ」

 単調な言葉と、バンという何かが当たる音がする。

 こっそり覗いてみると、麻衣が持っている小さな鞄を渡邊の胸元に打ち付けていた。

「高田が、私をみとめくれれば良かったのに……あいつ……あいつは……」

 薄ら笑いを浮かべ、壊れた人形のように手が動いている。

 そのうち発する声も低くなり、嗚咽混じりに何かを言っている。

「力になってあげられなくて、ごめん」

 渡邊のその一言で、麻衣は膝をついて泣き崩れた。


 麻衣の素行の悪さは、上には知られたもので、要注意人物だったらしい。

 上からの一言で、あっさりと会社を辞めてしまった。

 いろんな憶測が駆け巡ったが、麻衣が噂の犯人だということは、上層部と高田と渡邊だけの秘密になった。

 余計なことは話さず、時が過ぎていくと、高田に対しての噂も聞こえなくなった。


 ◇ ◇ ◇

 

 高田の在宅期間中に、社内の文書棚卸が行われていたようで、同僚の社員に捨てるものがあれば今日中に出しといてとせっつかれたので、自分の机の中の資料を整理している。

 昔デザインした下書きやら、請求書のコピーやら、これはなんでとっておいたのだ? というものが出てくる。

 その中に、入社式の写真を発見した。

 同期と社長が並んでいる。固い表情の渡邊を見て昔を思い出していた。


 初めて渡邊を見た時、背が大きくて目の前に立たれて邪魔だなと思ったのを思い出す。

 自信に満ち溢れた顔つきをしていた。きっとモテるんだろうな。と思った。

 でも、顔はどこにでもいるような感じだとも思った。平凡だな。俺のほうがイケてると……。

 アンバランスなこの男が、気になっていた。

 すぐに部署が決まって、ほとんど顔を合わすこともなかったが、それが好都合だった。

 下手に仲良くなって、プライベートを知られるのを警戒していたし、気にしていることを認めたくなかった。

 

 まだまだ新人の俺たちが、少しだけ同じチームで仕事することがあった。

 俺は、デザインをさせてもらえるわけじゃなく、先輩のアシスタントのアシスタントで、いわゆる雑用。

 やりたい仕事が出来ないことにイライラしていた。だいぶ適当にしていたことを思い出す。

 でも、渡邊は、違った。

 先輩の言葉、行動を全て、吸収しているという気迫が感じられた。

 それに、人を尊敬していた。

 だからなのか、彼の仕事ぶりは評価され、瞬く間に担当をもらえるように躍進していた。

 負けられない。そう思った。そして、近づきたいと思った。

 

 写真を見て、そんな思い出を懐かしんでいると、「文書捨てまーす」という同僚からの大きな声が響いた。

「ちょっと待ってくれ」慌てて、写真をパソコンのデスクトップに立てかけ、書類を持って行った。


 ◇ ◇ ◇

 

 新商品のカタログ撮影時に会った渡邊は、以前と見た目が同じでも雰囲気がだいぶ変わっていた。

 思わず、名前を確認してしまうほど……。

 八年経って、大人の余裕というか自信というものが身に付いていて、妙な色気を感じた。

 そんな男が自分の恋人になってくれた。

 恋人と、いつもの店で待ち合わせて、食事をする。

 最高に楽しい時間。

 今日は、渡邊が家に誘ってきた。

「……彼女といたベッドとか、嫌なんだけど」

 こんなこと言うなんて、気持ち悪いけど、でも気になるし嫌なものは嫌だ。

 自分の口からこんな女々しい発言が出て恥ずかしくなる。

 赤い顔をしている高田をにこにこしながら渡邊は見ている。

「引越ししてから、誰も連れてきたことないです。晃輔が初めてだよ」

 そう言って、テーブルの下で足の指を使って、高田のすねをさすった。

「……っ! お前、はずかしい奴」

 ――あぁ、早く抱かれたい。

 腰のあたりがゾクゾクする。

 テーブルに残っている、料理を急いで平らげた。


 付き合って分かったことは、渡邊は酒が入ると、大胆になる。

 大きな体を小さく見せようと猫背気味なのは変わらないが、細い目が更に細くなるくらい俺を見つめてくる。

 優しくて、煽情的せんじょうてきな目をする。

 家に帰るまでの間に、渡邊が、ちょこちょこと仕掛けてくる。

 人気ひとけがないところを見計らって、キスをしたり、体に触れてきたりする。

 制止する手を舐めてきたり、まるで躾のなっていない犬のようだ。

 そんなことをしている間に、脳内でやらしい妄想が駆け巡る。

 

 家に入ってすぐに、高田は、渡邊の服を脱がしにかかった。

 それに応えるように、渡邊も高田のシャツに手をかける。

 もつれるように靴をぬぎ、お互いの服を脱がしていく。

 脱いだ服が、玄関先からベッドルームへ行く間に落ちていく。

 裸になった二人は、そのままベッドに倒れこんだ。

 深くキスを交わし、口を付けたまま会話する。

「お風呂、どうしますか?」

「いい。後で。早く、しよ」

 高田の雄から、滲み出る線液を、指ですくい、口に入れて見つめてくる。

 その渡邊の視線にゾクリとした。

 寝ころんで、高田の体をひょいと回転させ、後ろの窄みを指でなぞり、前の茎を扱く。

 窄みがひくひくとしているところに、舌を這わせ、唾液で潤みを持たせた。

「へ? うそっ。あっ、そんなとこ、あぁっ」

 甘い声が漏れる。

 高田の目の前には、渡邊のペニスが張り裂けそうにいきり立っていた。

 それを口に含むと、一瞬、渡邊の愛撫が止まったが、すぐに再開し、更に刺激を強くしてきた。

「うわぁ、あぁっ、いやっ、はぁん」

 口に含まれているものが、さらに膨張していく。

 ――すごい。また大きくなった。

 興奮してくれているのは、嬉しい。

 負けじと、口淫を深めると、渡邊の体に力がこもった。

 態勢を仰向けに変えられ、上からやんわり抑えつけられた。

 唇を舐めて、口の中に舌を潜り込ませる。舌を絡め取られ吸い上げられた。

 後ろへ指が侵入してくる。

「ああっ、はぁ……」

 指を増やされ、抜き差ししながら、喘ぐ痴態を凝視される。

 渡邊の目の奥に閉じ込められてしまうような恐怖にも似た感覚に肌が粟立つ。

 さんざんほぐされて、蕩けたところに漲ったものが埋め込まれていく。

 ローションで潤みをもったそこは、侵入を容易たやすいものにしてくれる。

 すべて入ったあと、腰を引いて、ドスンと突き入れられた。それだけで高田の欲望が溢れ出た。

「あぁぁっ、くっうっん」

 それでも、動きは止まない。

「入れただけで、イッちゃったの? 晃輔?」

 のぼせたように顔を赤くして、深々と突き入れてくる。

「あぁ、いやっ、あっ、あん、あっ」

 矯声が、止まらない。

 胸の小さな丸みを指で弾かれ、更に内側を締め付ける。その煽りを受けて、渡邊の動きが複雑なものになった。

 奥の粘液が、欲しがるように、くちゅくちゅと水音を立てる。

「やっ、あぁっ、あっ、うぅん」

 打ち付ける動きとともに、横に振れる先端から、だらだらと溢れ出ている。

 ――ああ、おかしくなる。

 自分の上の愛おしい男を見つめる。

 苦しそうな、情けない、優しい顔。

 快楽の階段を駆け上がるように、動きが早くなる。

 愛おしい顔が近づいて、深く口づけた。

 口の中で、苦しそうな吐息が漏れたと同時に体重が乗っかった。

 しばらく、上に乗っかられて苦しくなってきた。

「お、重いっ」

「ご、ごめん」体をどかして、謝る。

「だから、小さくなってないよ……」

 と声に出して笑いたかったが、さんざん喘がされて、声が出なかった。

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