第3話

 飲み会以降、出張、研修が重なり、渡邊は社内にいることが少なくなっていて、高田を食事に誘えないまま、1か月が過ぎた。

 出勤時の電車の中で、辺りを見回し高田の姿を探すが、いなかった。

 後で電話して、夕食に誘ってみようか。いや、まずは出張の土産でも持って行く方がいいか。

 この1か月の間、顔を合わせて話したのは数回で、どれも挨拶程度。電話は特に用事があるわけではないのでしていない。

 いろいろ話したいこともあったが、なによりも顔が見たかった。

 ――なんか、恋しているみたいだ。

「……っ」

 思わず、車内で声を上げそうになった。

 でも、納得いく。恋だとしたら、この感情に納得いく。

 男だけど、でも……高田がゲイだという噂が本当なら、俺にも望があるのかと思ってしまう。

 今日、高田に会えばきっとわかる。答えがでてくる気がした。


 その頃、社内に嫌な噂話が流れていた。

 ――男性下着のデザインが盗作されたもの。

 そこに尾ひれがついたのは、高田のゲイ疑惑だった。

 パンツのクマやウサギのキャラクターデザインが、とあるデザイナーが描いたものと似ているとか、そのデザイナーと高田が付き合っているという噂だった。

 一週間ぶりに会社へきた渡邊は、その噂話を不快に感じたが、もっと心を苦しめたのは、社内メールに添付されていた悪意のある写真だった。

 高田が、男と肩を寄せ合っている写真で、男の顔は見えない。二人の間にハートのマークのスタンプが押されている。

 しかも全社員宛てに送られていた。

 宛先は、外から送られてきているようなホットメールのもので特定できない。

 怒りがこみ上げ、すぐさまIT部に連絡を入れた。

「すぐにあのメールを削除してください」という声を聞いた立入が、近寄ってくる。

「渡邊、上がすぐに対応しているから」

 IT部も、急な問い合わせに、バタバタしているようで、渡邊が話した人もきっと意味がわからなかっただろう。「すみません」と落ち着きを取り戻し、電話を切る。

「お前、顔色悪いぞ」

 立入の心配をよそに、すぐ高田に連絡を入れた。

 思ったよりも早く出てくれた声は、いつも通りのように聞こえた。

『どうした? あ、出張行ってたんだよな。お疲れ様。なに? お土産でもあるのか? でも俺今在宅勤務してるんだよ。悪いな』

 何も言ってないのに饒舌だ。

「お土産あります。渡したい。会えますか?」

『……』

「高田さん……」

『会わない方が、お前のためだと思うよ。俺といるとお前まで疑われる……相変わらず生きにくい世の中だな』

 小さく鼻をすすったあと、大きなため息が聞こえた。

「高田さん、顔見たいです。前に誘ったお店、後でメールしとくので、来てください。ずっと待ってるから」

 高田の返事は聞こえなかった。その代わり、電話が切れた。


 店の情報と時間をメールして、いつも通りの業務をした。

 盗作の噂は、一週間前、俺が出張に出てからすぐに出てきたらしい。

 最初は、くだらない噂だと流されていた。

 そのデザイナーが描いたキャラクターとは決して似ているものではなかったし、構図が似ていたが盗作と呼べるものではないのが、誰の目にも明らかだった。

 しかし、そのデザイナーと高田が付き合っているという噂が尾ひれとなって、面白おかしく言われていた。

 ――付き合っているから、似ても仕方ない。

 ――あのパンツを二人して履いている。

 ――ゲイって初めて見た。

 とにかく、くだらない話ばかり耳にした。

 高田のことを良く思っていない人がいるのは明らかだった。やっかみというやつだ。

 そういう連中がいるから、いつまでも変な話が巻き起こる。

 休憩時間のカフェテラス、お昼休み中の食堂、トイレへ行くとき。

 今日一日で何回も耳にした。これが本人だったらと思うと胸が張り裂ける思いだ。

 ――早く高田に会いたい。

 会ってどうするのだろう。何を話すのだろう。ただただ心配で。

 これほどまでに時間が過ぎるのを遅いと感じたことはなかった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 店に着いたが、約束の時間からは少し早い。

 もちろん高田は来ていなかった。

 会社よりも自分の家から近いこの店は、昔から通っているので常連だ。沢山の量を食べる自分にとっては、家庭の味になっていた。

「まさか、ここかよ」

 店内に入ってきた高田の第一声がそれで、それに答えるように店主が「晃輔、ひさしぶりだな」

 と声をかけてきた。

 店主と高田を見て、茫然としている渡邊の前にどかりと座る。

「おじさん、久しぶり」笑顔で答える高田の目にはクマが出来ていた。

「ここ、俺の行きつけ。昔は、近所に住んでて毎日にように来てた。お前も近所なのか?」

「いや、隣の駅。散歩してたら、見つけて」

「隣の駅? 高井戸?」

「うん……え? 一緒なの?」

 高田の顔がみるみる緩んで、赤くなって笑っている。

「なんだ、同じ駅から同じ会社に通ってたのか……ああ、笑える」

 そう言ってまだ笑っている。

「良かった。笑ってくれて」

 渡邊は目を細めて高田を見つめる。

「会社じゃ笑えないけどな……でも、俺は平気だよ。しばらくすれば、ほとぼりが冷めるだろ」

「本当に大丈夫?」

 周りを気にして、小声になった。

「ここだと、話せないこともあるし、とりあえず食べてから出るか。ここの一押し教えてやるよ」

 高田のおすすめ麻婆豆腐と生姜焼きを食べて、ビールを飲む。

 一緒に食事して、しょうもない話をして笑い合う。最高に楽しい時間だ。

 店を出た後、高田の家に誘われた。

 顔を赤くしながら、「他所よそだと話しづらいし……取って食いはしないさ」と弁解された。

 渡邊と高田の家は、改札を出たら右と左に分れるところで、歩いて十五分ほど。

 お互い家から家だと三十分はかかる距離だと判明した。


 部屋は、モノトーンで落ち着きがあって、いい匂いがした。

 ま、座って。と言われ、適当に座る。

 冷蔵庫から缶酎ハイとつまみを持ってきた高田も真向いに座る。

 すらりとした指で髪の毛をかき上げる仕草が綺麗だ。

 形の良い唇が、缶酎ハイに口づける。

 ひとつひとつの動きが、妙に心をざわつかせている。

「あの噂は、嘘半分、本当が半分……」と高田が話しはじめた。

「盗作はもちろんしていない。その噂のデザイナーとは付き合っていない。単なる大学の先輩だよ。そして……俺はゲイだ」

 高田の真っ直ぐな言葉に、渡邊は、ホッとしたように呟いた。

「その先輩とは、付き合ってないんですね」

「……え? そこ? ゲイで驚くところじゃない?」

「……ゲイとかはどうでもよくて……俺、高田さんが……好きだから、……安心しました」

「……なんだそれ。好きってなに?」

 警戒しているのか、引き気味に問われた。

 おもむろに渡邊の手が伸びて高田の手を掴む。

「高田さん、好きです。付き合ってください」

「……はあ? な、なに言ってんだよ。お前ノンケだろ」

「ノンケってなんですか?」

「あ? 女が好きなんだろってことだよ。離せ!」

 手を振り解いた高田の爪が、渡邊の頬をかすめ、うっすらと血が滲んだ。

「今は、高田さんが好きです」

「……っ」

 顔がゆでだこのように赤く染まる高田の口から、振り絞るように言葉が出た。

「抱けるわけない……男を抱いたことなんてないだろ」

 高田の隣へ移動して、頬に触れる。びくりと体が揺れた。

 目にうっすらと涙が浮かぶ高田の顔に近づき口づけた。

「好きです。抱けます……抱きます」

「……頬……」

 滲む血を舐めてきた顔が煽情的で、そのまま押し倒した。


 ◇ ◇ ◇


 間近にある高田の顔のパーツは1つ1つが綺麗だ。目元は二重で三日月のような形をしていて、鼻筋は通っている、唇は花のように可愛らしい。

 指で触れると、「くすぐったい」と笑う。

 深く口づけをして、舌を絡ませた。

 高田の服を脱がせ、白くてしなやかな肌を触る。

 首筋から鎖骨に舌を這わせると、体をよじらせて、声が上がった。

 ぷくりと膨らんだ丸みに舌が届くと、更に体が跳ねた。

「あぁっ、うっ、あぁ」

 感じている可愛い声が、たまらない。

 めちゃくちゃにしたい。どうしよう。壊してしまう、どうしよう。

 渡邊の動きが止まったことに、高田が不安そうに聞いてきた。

「どうした?」

「……高田さん、好きだ。大事にしたいのに、めちゃくちゃにしちゃう」

 そう言って、強く抱きしめた。

 まるで、初めての時のような。いやそれ以上に昂っている。

 胸元から、高田の笑い声が聞こえる。

「大丈夫だよ。男だからな。結構、逞しいんだぜ」

 渡邊にキスをしながら、器用に手を動かしてテーブル下にあった小物入れから、ローションとゴムを出す。

「これ、大事なやつ」

 小悪魔的な笑顔に胸がグッとなる。

 高田のズボンとパンツを脱がせ、露わになった雄を触ると、なまめかしい声が聞こえた。

 昂ったものをしごき、くびれから先端にかけて刺激すると、とろりと液を滲ませる。

 ローションを足して、後ろのすぼみに触れると、びくりと体が跳ねて、期待するような色気のある目を向けられた。

 征服欲にかられて、肌が粟立つ。

 下に組み敷かれている魅力的な小悪魔を見つめ、後ろの窄まりに指を入れた。

「うぅ……はぁっ、あぁっ、あっ……」

 中をまわすように動かしていくうちに、高田の弱いところに当たったようで、「あぁっ……」大きな声と共に腰が跳ねた。

 整った顔の眉根が寄せられ泣きそうな表情は、たまらなく色っぽかった。

「高田さん、入れていい?」

 こくりと頷いて、渡邊のパンツを脱がしている手が途中で止まった。

 パンツから勢いよく出た昂りを見つめて呟いた。

「……デカい」

 先端から、滲み出ている状態で、張り裂けそうなくらいにみなぎっている。

 渡邊は、鞄からゴムを取り出して、付けた。

「サイズか……って、いつも持ち歩いてるのかよ」

「いえ、さっき買いました。なんとなく」

「マジか……」

 高田の腰を上げ、窄まりに円を描くように擦り付けた。

「うぅ、ゆっくり……ゆっくりして……」

 下で、不安そうな高田の言うとおりに、今までにないくらい丁寧に、ゆっくりと侵入していく。

 自分でももどかしいほどゆっくりと。

 狭い中に、雁首が飲み込まれ、ようやく落ち着く。

 高田の様子を伺いながら、またゆっくりと動かす。

「はぁ、あぁぁ……」

 甘い声に脳を刺激され、早く腰を打ち付けたくなる衝動を抑える。

 ようやく全部沈めたのに、すぐに達してしまいそうになって下手に動けない。

 愛おし人を置いてはいけない。

 なんとかこらえて、ゆっくりと律動を始めた。

 ふいに高田の手が伸びて、渡邊の頬に触れる。さっき血が滲んだところを指でなぞった。

「大貴、すごく……はぁ、あぁっ……き、気持ちい」

「……っ」

 急にそんなことを言われて、しのぎようもない感覚にとらわれ、振りきれてしまった。

「ご、ごめん。先にいって……でも、さっきのは、ずるいよ」

 唇を尖らせて訴える、渡邊の顔をみて、高田は優しく笑う。

「……もう1回していい?」

 いたずらっぽい顔をして頷くと、渡邊の首に腕を絡ませ、次へなだれ込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る