失恋宣言

sosu

第1話

「卒業式の前日なのに悪いなー」

「いいですよ。どうせすることもないので。」

放課後の化学室。

先生の荷物を移動するのを手伝いに来ていた。

「それにしても明日卒業かー、一年ってはやいなー」

「そう、ですね…」


卒業式。

先生と会える最後の日。

私の存在が先生の中で過去になる日。

あんなにたくさん会話をしたのに

あんなに好きだったのに

私は先生の特別にはなれない。

過去に出会った何百、何千人のうちの一人。

きっと数年経ったら名前だって覚えてない。


先生、

私がどうして先生の手伝いを進んでしているか知っていますか?

どうして毎日放課後学校に残って勉強していたか知っていますか?


ねぇ、先生…、

今好きだと言ったら、昔教えた生徒じゃなくて、先生の事を好きだった生徒って覚えていてくれますか?

私を、忘れないでいてくれますか?



「先生。」

私は立ち止まって、先生を呼び止めた。

その声に呼応して先生も足を止める。

「どうした? 千明。」

たった一言。

好きですって、先生の事が好きなんですって、たった一言、言えばよかった

それだけなのに、

「……何でもないです」

意気地のない私は先生とのこの時間が壊れることが怖い。







──卒業式当日──



卒業式は案外短く感じた。

生徒たちが社会に出ることに不安を感じるとともに、大人になりつつあるたくましさのようなものを感じた。

最後のHRで生徒たちは俺を泣かせたかったらしいが泣かなかった。

俺のキャラじゃないだろ。

ほとんどの生徒が帰って、静まった放課後の校舎。

仕事をしていたら随分空が暗くなっていて、三年の教室を見てみると、自分が担任のクラスの電気がついている。

卒業式にも残ってるのか?

仕方がないので、もはやルーティーンと化していた四階の戸締り確認へ向かった。







ガラガラガラ、

「まだいたのか。もうすぐ学校閉まるぞー」

聞きなれた声の聞きなれたフレーズに「もう帰ります」といつもの返事を返す。

「この会話も最後だと思えば感慨深いな。それにしても卒業式なのに何してたんだ?」

先生を待っていて、なんて言えないので用意していた答えで言い繕った。

「参考書を解いてただけです。家じゃ集中できないので。」

荷物をまとめながら事もなしげに答える私に、先生は「そーか」と窓を閉めながら答え、

「気をつけて帰れよ」 と言って教室を出る。


「先生。」

いつもとは違う私の返事。

立ち止まった先生に折りたたんだ紙を差し出す。

「これ、あげます」

これは宣言。

私がいつかこの恋心を忘れて、そんな時期もあったねと笑って振り返れるように。

新しい恋に進む宣言。

「今までありがとうございました。私が帰るまで開けたらだめですからね。それじゃあ、さようなら。」

私はいつものように一度会釈をして下へ続く階段へと向かう。

前だけを向いた帰り道は、世界が広がったように感じた。







一角しか電気のついていない、一人しかいない職員室。

ポケットに仕舞っていた、折りたたまれた紙を開いた。

それはノートの切れ端のような、少し歪んだ紙だった。

『好きでした。』

何度も書き直した文の上に書きなぐったように中心にはっきりと書いてあった。




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