ヒナタの願い事
「早く乗りなさい」
訓練後、汗だくな僕に軽蔑の眼差しを向けたお嬢は、不満そうに高級車の後部座席へヒナタとともに座らせた。
「あ、あのさ、どうしてターゲットを殺そうと思ったの?」
後部座席で二人、時間を持て余していたところヒナタが僕に問いかける。
「妹がヴィランに殺された。父のこともあって敵を討ちたい」
「…大切な人が殺されたから、ひ、人を殺すの?」
「あぁ、僕は動く屍なんだ。この心が晴れるまで生き返ることはない」
「…誰かを…殺すことで、こ、心は、晴れるの?」
「わからない、けれど敵を討つと決めた日から僕は自分の意志で動けるようになった」
「そっか…でも何も気にせずに敵を討てる相手がいるの羨ましいな」
ヒナタは少し考え込むような間をあけて頷いた。
「え?」
「ヒナタにも大切な人がいて、たぶんもうすぐ亡くなってしまうの。けれどね、敵なんて討てない。たぶん、一人ぼっちで泣くことしかできないの。もしかしたら泣くことさえ…」
ヒナタが俯き黙り込んでしまったので、僕は慌てて話を進める。
「君たちはどうしてヴィランを殺すの?」
「うるさいわね、人の車くらい静かに乗りなさいよ。理由なんてもうすぐわかるわよ」
お嬢が口を挟み、会話が終わる。静かにしろと言われたが、カーテンで外の景色は隠され何もすることがないのだ。さすがに居心地が悪い。
「着いたわよ、さっさと降りて」
コンコンと高校生らしくないヒールをならしながらお嬢は歩く。その後ろを僕とフードを被ったヒナタは追う。
僕らが訪れた場所は薄汚い学校のような施設だった。しかし、玄関の奥にある鉄格子が普通の場所ではないことを物語っていた。
お嬢は施設の人に何かを交渉していた。その間、僕は玄関を見渡す。父親の組織のエンブレムがなぜか玄関に飾ってあった。
「行くわよ」
お嬢が手招きして、施設の奥へと進む。鉄格子の扉の前で彼女は止まった。どうやらこの先へは行けないらしい。お嬢は視線でヒナタを促した。
「みんな、おいで」
普段とは違う、はっきりとした声でヒナタは扉の奥へ呼びかける。すると、勢いよく数十人の子どもたちが駆け寄ってくる。
「ヒナタ!ヒナタ!おかえりなさい。」
ヒナタは鉄格子の隙間に手を伸ばし、子どもたちの手を握る。
「ただいま。みんな元気?び、病気とかない?まだ、頑張れる?」
そう問いかけるヒナタはとても必死にみえた。
「お兄さん。この子どもたちは、みんなヴィラン
を知っているのよ」
一歩下がったところで見ていたお嬢が手招きをする。子どもたちやヒナタに話が聞こえない距離まで下がったあと、お嬢はため息をつくように話しだした。
「ヴィランはね、普通は子どもを殺さないの。親を殺した後、孤児となった子どもたちを引き取って育てていた。私達の誘拐事件があなたのお父さんのお陰で解決した後、開放されたのは私達四人ではなく子どもたちを含む三十四人よ」
お嬢は珍しく人をあざ笑う冷たいものではなく、心から悲しそうな笑みを浮かべていた。こんな話でも笑顔は絶やさないのだな、と他人事のように思った。
「この施設をつくったのはあなたのお父様。三十人の子どもたちは人質よ。私達がヴィランを殺せば自由になれる。もしも、ボスを裏切ったと判定されたら子どもたちの命はない」
「どうして、父はそんなことを…」
「私達も子どもたちもヴィランに育てられた子だからよ」
「じゃあ、ヒナタの大切な人って…」
「ヒナタのことなんて私は知らないわ。けれどこれが私達の殺人理由よ」
いつもの冷たさに戻ったお嬢は、踵を返して外へと出ていく。その後ろ姿に僕は呼びかけた。
「ヴィランは子どもを殺さない。それなら、どうして僕の妹は死んだ?」
お嬢は振り返らなかったものの、静かに立ち止まった。
「知らないわ。けれど…予想はつく」
お嬢の声が少しだけ震えていた。その様子をみると彼女たちが自分よりも年下だと思い出す。これ以上は聞いてはいけない気がして黙っていた。
「ねぇ、お兄さん。」
お嬢は背中を向けたまま呼びかける。
「殺人鬼でありながら子供は殺さないヴィラン。ヴィランの討伐に人生をかけ、己のためなら子どもの命まで犠牲にするあなたのお父様。何も知らずに妹の敵討ちとして人を殺そうとしているあなた。全てを知っているのに恩人を殺そうとする私。誰が正しいのかしら。…ねぇ、誰が悪者なの?」
僕は彼女に答えられなかった。彼女の背負うものを考えると、簡単な言葉で誤魔化す気にはなれなかった。
「お兄さん、人殺しなんてやめなさい。…今ならまだ普通に生きられる」
お嬢はそう言い残して、先に車へ戻った。
僕は拳を握りしめた。黒木が僕を頼った理由がわかった気がした。
お嬢の背負うものは大きすぎる。だからこそ、何も知らない僕がヴィランを殺さなければいけない。僕の父が始めたことだ、僕の手で終わらせる。
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