黒木の願い事

 翌日の朝、黒木はリビングで漫画を読んでいた。もう一度現実を確認する。黒木は施錠した僕の家のリビングで漫画を読んでいる。

 僕が言葉を失っていると黒木は僕に気付き、「よっ!」と軽く手を振った。

 僕の母は、妹の事件後精神病を患い入院中である。父は組織のビルで作業中だ。つまり、彼が勝手に家に入ったわけである。

「どうして……」

「ん?あぁ、外は暑かったから家の中で待つことにした。悪い、勝手に漫画借りていた」

 勝手に住所特定して、勝手に鍵を開け、人のリビングでくつろいでいることにまず謝罪がほしい。十分な犯罪である。

「ってかお前、昨日の決意はどうした。俺がヴィランだったらお前死んでるぞ」

 黒木はケラケラ笑う。昨日の真剣な眼差しが嘘のようだ。

「いつまでそこに突っ立っているんだ?早く荷物をまとめろ」

「は?頼むからちゃんと説明してくれ」

「お前は、今日から犯罪者の仲間入りだろ?こんなところで一般人と共に生活されたら困る」

「俺はまだ殺していない。それに、一般人と混ざったほうがバレにくいだろ?」

「銃刀法違反。お前はもう犯罪者だよ」

 少し間を置いてから黒木は真剣な眼差しで僕をみつめる。明らかに用意された顔であるのに、自然と引き込まれる力があった。

「一般人と混ざったほうが楽ではある。けれど罪のない人を巻き込む可能性も高くなる、お前の妹みたいに」

 僕から顔を背けながら、黒木はもう一言呟いた。

「ヴィランは子どもをターゲットとしない」

 僕はそれ以上何も聞かずに荷物をまとめ彼と一緒に家を出た。

 彼が僕に用意した場所は、居酒屋の二階にある小さな部屋だった。僕の家から数十分でつく人気のない町、治安もそこそこ悪いが警察の警備も薄い。犯罪者が住むには好都合ではある。だが、それと同時に「僕は怪しい者です」と自ら言っているようにも感じられた。

「男二人で生活するには狭いけれど、これからよろしくな」

 黒木と同居することに抵抗を感じたが、ヴィランを殺すには彼が必要である。優先順位により僕は頷いた。

「ようし。それじゃあ、今日から特訓の始まりだな。夜になったらお前を特訓してくれる先生がくる。俺は店があるから一緒に行けないけれど頑張れよ。」

「店?」

「一階の店、店長俺だから」

 日常から離れた黒木の生活をこれ以上深く知らないほうが幸せな気がした。これ以上質問すると不安で同居できなくなりそうだ。

 ただ、一つだけ聞かなければならないことがあった。僕は黒木の肩をつつく。

「なんだ?」

「黒木は、どうしてヴィランを殺したい?」

「……別に俺はヴィランなんてどうでもいい。ただ、ヴィランを殺す役目を背負っているお嬢をこれ以上苦しませたくない」

「恋人か?」

「片思いだよ」

「黒木の弱みだな」

「あぁ、そうだよ」

 彼は素直に笑った。

 どうしてここまで彼に信頼されているのか理解できなかったが、お嬢について話す彼の笑顔をみると黒木が純粋な男の子にみえた。彼を少し信頼してもいいと思えた。

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