僕の願い事
数年前、僕の日常はたった数ミリの弾丸によって崩れ落ちた。
いつものように待ち合わせた公園で、鳩が間抜けな声で鳴くありふれた日常のなか、妹だけが倒れていた。
当時の妹は、入院生活から解放され、やっと太陽の下を笑って一緒に歩けるようになったばかりだった。まだ、小学校にも通えていない。
全力で生きるために頑張っていた、そんな妹が殺された。
赤く染まる砂場も、聞こえてくる救急車の音も、全てが現実だと認められなかった。神も人間も自分さえも信じられなかった。
夢であれと泣き、眠れもしない日々に苛立ち、寂しさと悔しさが交互に襲ってくる。太陽が沈む度に想いは膨らみ、耐えられず、弾けて、消えた。
全てに疲れて息すらも上手く出来なくなった頃、ただ、真っ黒な感情が心の底に積もっていくのを感じた。
このとき初めて僕は醜い感情の主成分は明るい光だと知った。大切に抱えていた幸せや、当たり前だと思っていた日常の思い出、そんな明るい光が真っ赤な血に染まり情のない鉄の塊にすり潰され気がつけば黒く汚れていた。
黒い感情に飲まれた僕は屍である。心も命もあの日を境に朽ちていった。
僕は妹の敵を討ち、犯人を誰よりも不幸に殺すまで、生き返ることはない。
そう決意したときに父親から犯人と秘密組織について教えてもらった。
父の話によると、この事件の犯人は今話題になっている凶悪殺人鬼らしい。犯罪組織の主力メンバーであり、警察やボディーガードすらも容易く殺す。世間からは”ヴィラン”と呼ばれているらしい。
そして、僕の父はヴィランの討伐を目的とする秘密組織の長である。
ただの警察官だと思っていた僕と母は、父親の知らない一面に絶句した。妹は父の身代わりに殺され、そして次の狙いは僕らしい。
今すぐに秘密組織へ加入し仲間を犠牲にしてでも自分の命を守れ、そう父は僕に告げた。
渡された契約書と仲間の名が記載された名簿。そこに書かれてあった名前に息を呑む。数年前ヴィランが気まぐれで起こした少年少女誘拐事件、誘拐された六人の子どもたちのうち四人が無事帰還した。その事件の被害者である子どもたちの名前が彼の示した名簿に載っていた。事件の被害者である子どもたちは犯人と共に半年間を過ごしている。この世に生きるもので唯一犯人の素性を知っているのだ。
この誘いを断る理由はなかった。僕が加入を決めると、父は表向きの僕の役割を説明した。
どうやら、父は僕がヴィランを殺せるとは思っていないらしい。僕の仕事は犯人を知る子どもたちのサポートと見張り役である。
父は僕に力強く囁いた。
「この子供たちは確かに犯人の素性を知っている。だがその反面、彼らが何を考えているのかわからないのだよ。裏切り者だと分かれば処分する、すぐに報告せよ。特に、ヒナタという少女と黒木と呼ばれる少年には注意せよ。……あと、生きろよ」
組織は父が持っているビルを拠点として活動していた。活動といっても、犯人の居場所はまだ掴めていないらしく、幾つもの作戦を考えては実現に向けて訓練を行うことや情報収集が基本となっている。
活動の指導を行っている人物、それが黒木だった。
彼は人を操る天才だった。それと同時に大嘘つきでもあった。僕だって父から情報を得ていなかったら騙されていたに違いない。
彼は最初からこの組織のメンバーと協力する気などないのだ。訓練などといって無駄な時間を浪費させ犯人から遠ざけている。
そんな彼に父の名と僕に与えられた役割を告げると、いきなり屋上へ連れていかれ、たった今拳銃を渡されたのだ。
やっとここまで辿り着けたという達成感と黒く歪んだ感情が僕を優しく包み込む。
「お前、死ぬ勇気はあるか?」
黒木が僕に問う、どこか試すような口ぶりで。嘘をつく奴は嘘を見破るのも上手らしい。
「僕は動く屍だ。ヴィランを殺すまで生き返ることはないし、死ぬこともできない」
「そうか、それならば丁度いい。自分の手で殺したいだろ?」
「あぁ、もちろん。……でも君は」
僕は正直、黒木のことを信頼できなかった。たった数ヶ月前に出会ったばかりの僕に拳銃を差し出し、必死に遠ざけていた犯人にわざわざ近づけるなんておかしいのだ。
「俺が情を理由にお前にそれを差し出しているのではない。ボスも動き出しているみたいだし、ボスの息がかかったお前を放っておくメリットはない。それに、俺は同志だ。理由こそ違うがヴィラン討伐を望んでいる」
黒木は僕に手を差し出す。闇に満ちたこの場所では、黒木の表情ははっきりと確認できなくなっていた。
「例えるなら、利害の一致による同盟だ。俺がお前を導くから、犯人を殺してほしい」
「万が一、僕を騙すようなことすれば父に報告するからな」
「わかっている」
僕は黒木と握手を交わす。すると、彼は僕の手を彼の体の方へ引き寄せた。暗闇でもはっきりとみえるほど顔が近づく。
「期限は三ヶ月。それ以降はヴィランの行方を追えない」
誰も知らない情報を彼は持っている。小さいのに、力強く圧迫感のある声だった。
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