第10話 急激な発展の先に
放課後になった私は住原が教室を出てしばらくしてから図書室へと向かった。
約束したとは言え、一緒にいけば面倒なことが起こりそうな気がしたからだ。
それに私が男子生徒と会話したのがそんなに珍しいのか今日は朝からひそひそ話が多い。別に勘違いしたい人たちは勘違いしてもらって全然構わない。それは紛れもない偽りの事実なのだから。
なにより住原ではなく私の後を付けようとする男子たちを振り払うには一人の方が好都合である。少々面倒と思いつつも、ストーカー行為は日頃から合っているためこの程度なら造作もない。学生が集まる道をワザと歩いて相手の視線から外れた隙に近くの女子トイレに入り雲隠れ。後は頃合いを見て出て図書室に向かうだけ。
私が一人の時を狙って話かけて連絡先を聞いたり屋上と言った人が普段いない所に呼び出して告白……そんなうんざりするような日々のループも慣れればある程度こちらから先手を打ち対応することで未然に防げる。とまぁ、今回は勝手が違うわけだがその経験が大いに役立ったと言えたはずだった。
「えっ……どうして貴女がここに?」
確かに二人きりで会おう、とまでは私もハッキリとは言わなかった。
そもそも今までの経験から誘えば二人きりで話ができると思っていた私の落ち度だろう。
「いや……一人にするのは可哀想だから……」
妹に甘いお兄ちゃん。
それが私の答えだった。
高校生になったのだから一人でお留守番させるか用事があるときは先に家に帰してもいいのではないかと思う私は好意が合って誘ったと勘違いされてない事実に安堵しつつもどこか複雑な気持ちになった。
「白雪先輩!?」
「えぇ……なに驚いているの貴女?」
「なんで? どうして? たしか男には興味がないんじゃ……」
私はため息をついて住原と対面の席に座った。
その隣では大きく口を開いて驚く義理の妹の姿あった。
「はぁ~、それどこで聞いたの? 悪いけどその噂は事実ではないわ。事実は性別問わず基本感心すらないが正解よ」
「だから……ぼっちなの?」
私は咳払いをした。
どうやら喧嘩を売られたようだ。
正直イラっとしたし買ってもいいのだが、
「いてぇ!?」
それより先に住原の拳が義理の妹――育枝の頭を襲っていたので、私は堪えることにした。
「失礼なことは言わない。まずは謝れ」
「はい……ごめんなさい」
深々と頭を下げ反省の色を見せる育枝にまだ高校生になったばかりの女の子だしと半分諦めて大人の対応で終わらせる。
「気にしなくていいわ。ただ言葉には気を付けた方がいいわ」
「……はい」
「それで俺に何の用があったの?」
ありがたいことに前置きはなしで向こうから話をしてきてくれた。
私の心は本来あまり人に見せない好奇心の塊をさらけ出す。
何が彼を動かし何が彼を創作者としての道を歩ませるのか。
プロでもない彼ならいつでも逃げられるはずなのに、なぜわざわざ〆切を自らにつけて苦しい茨の道を歩むのかそれが気になる。
教室で聞こえてきた理由だけが全てとは到底思えない。
「そう、余計な会話は必要ないようね。ありがいわ。なら今から私が幾つか質問するからそれに答えてくれないかしら?」
「わかった。育枝は少し静かにしてて?」
コクン、と頷いて大人しくなる育枝は私と兄を興味の眼差しで交互に見ていた。
私と言う人間が誰かと会話するのがそんなに珍しいのだろうか。
それとも私ではなく住原空徹の方?
「貴方の親友は貴方が本を書いていると言った。書いている、書いていないかで言ったらそれは事実かしら?」
「うん」
「なぜ作品を書いているの? 創作何てものは自己満足にしてこそ一番楽しいはず。それをなぜ期日を設け更新日も決めて作品を投稿しているの? それは時に縛りとなって目に見えない圧となって貴方自身を襲うはず、なのにどうして?」
私は知りたいと思った。
自ら茨の道を歩む彼の信念を――。
「理由? 日頃は楽しいとは思わないよ。ただそれで育枝が笑顔になってくれるのが嬉しいから。投稿日に関しては簡単で、俺は白雪さんほど知名度がない。そして凡人で才能も努力家でもない。でもファンは欲しい。そんな独りよがりな勝手な理由を都合よく解決してくれそうな物が更新日だっただけ。後は俺が下書きを作って育枝がそれを好きなようにアレンジして一つの作品として世に送り出す。そんな作品が読まれ評価された時はやっぱり頑張って良かったと思えるからかな?」
何とも平凡な理由。
誰もが楽して結果を得たい人間の心理に寄り添ってできたもの。
「そう。物語を書いて楽しくないなら貴方創作者辞めた方がいいわよ。物語の書き方を教えればそこの妹一人だけでも書けるはずよ」
私はショックを受けた。
あれだけ人の心理描写をよく書けた作品がまさかこんな過程で作られていたとは。
商業用ではなく自己満足のための作品と言われればそうなのかもしれない。
そもそも作品の裏側なんて知らない方が大抵は良いはずなのにそれをわかっていながら今回聞いたのは心の奥底で私を揺れ動かす大きな答えを望んでいたからなのかもしれない。
だけどそれは叶わぬ夢となった――もうこの時間は終わり。
これ以上はどちらにとってもメリットがない時間となってしまうから。
「そう、ありがとう。話は以上よ。そっちからなにか聞きたいことはあるかしら?」
私は最後の質問をした。
質問に答えて貰った以上、こちらも向こうの質問に答える。
せめてもの義理。
「ないかな」
「そう。なら――」
そう言って席を立とうとする私を止めたのは育枝だった。
「待って! なら私からくうにぃの変わりに質問いいですか?」
「えぇ」
私は頷いた。
「先輩プロですよね? どうして素人に期待した答えを得られなかったって顔しているんですか?」
私は言葉を失った。
「『奇跡の空』の過去を調べてみてください。きっと理由がわかります。それでも創作者として数少ないファンを大切に思い、その期待に応えようとする理由が。失礼します。行こう、くうにぃ」
「う、うん……ごめん、今日は帰るね。明日またこの続きをちょままま待って走るな育枝」
妹に手を引かれ強引に連れて行かれた兄の姿はなんとも頼りのない兄の姿だった。
私は帰宅して奇跡の空と言う名前についてと彼の過去の作品やノートなどを見てみることにした。
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