第8話 目を閉じるとそこには


 私は寝室に戻り、静かに目を閉じた。


 立場が違えば考え方が違う。

 同じく、育った環境が違えば考え方が違う。

 だから私には理解ができない。

 まるで蝶のようにヒラリヒラリと舞い踊るように現れた。

 蝶は花を見つけると自分が好きな花の蜜を美味しそうに吸い始めた。

 それを見た人々は平和を感じたり、幸せを感じたり、自然を感じたり、と色々な感情を持つのだろうか。

 だったら私は?

 私が創造したいものを捻じ曲げてまで作品を作り続けなければいけないのか。初めは自由奔放に創作していたはず。目の前にいる蝶のように。好きな作品を……。いつからだろう、他者の評価や世間の期待を優先したのは。結果、目に見えないプレッシャーがいつも背中に押しかかるようになった。


 だからかもしれない――作品を読み終わると同時に『奇跡の空』と呼ばれる彼(蝶)に嫉妬したのは。


 私の気持ちとは裏腹。

 世間に認められたい一心で頑張った得た結果は――作品の連載と売り上げ。

 つまりは読者の反応と出版社の反応から顔色を伺う日々。

 こんなはずじゃなかった。

 私は、私は、私は、……世間が思っているより天才でもないし才女でもないのに。


 私の前に姿を見せた蝶の羽はとても華麗で美しかった。

 まるで黒い輝きを持つ私の羽とは対照的に。


 人には少なからず承認欲求がある。

 それは人が生まれながらにして持つ当たり前の欲の一つだ。

 だけど……どうしてだろう。

 蝶にはその欲がないように見える。

 月明かりが照らす蝶の羽はとても美しく目を惹かれてしまう……なんで、どうして、どこから見ても私の方がより良い作品を作れるのに……なんでそんなに美しく見えるの……ねぇ……どうして。

 私の意識は深い闇の中へ落ちていった。


 ■■■


 翌日。

 校門をくぐり教室に行くと、昨日図書室にいた男子生徒がいた。

 名前は…………友人Aとかだったかしら?

 思い出せないなら無理に思い出す必要はないので、私はいつも通り自分の席に座り朝のHRの時間まで結局昨日出来なかったプロットを頭の中で考えることにした。


「……困ったわね」


 私の視界に蝶はいない。


 当たり前と言えば当たり前だ。

 瞼を閉じたらまた昨日出会った蝶に会え、素晴らしいアイデアが思い付くかもしれないと考えた私は現実を見せつけられた。

 現実逃避をしたくなるぐらいに今の私は心に余裕がなく追い込まれているからだ。


「書きたくない、少し休ませてくれ、そう言った言い訳ができない立場ってやっぱり辛いわね」


 心の声が漏れた。


 まぁデビューしてお金を貰っている以上当然と言えば当然なのだろうが、高校生としての学業も疎かにできない身としてはやはり苦しい。

 先生たちからも成績優秀者として認識され、学校のPRのため是非これからも作家と勉学の両立を頑張ってくれと、大人の利権みたいなものに盛大に利用された。見返りとして今の生活があるわけなのだが……。


「誰かが選んだ道とか誰かが決めた道って面白くないよな」


「うん」


 話し声が聞こえてきた。

 チラッと横目で視線を送ると、昨日図書室に居た隣りの席の男子生徒の所に友人Bらしき人が来たらしい。

 見る限り彼が親しくしてる友人のようだが、できれば今は声を少し小さくしてもらいたいと思い私はワザとため息をついた。

 だけど、私の気持ちを無視して周りと比べると大きな声の持ち主友人Bは言葉を続けた。


「それでお前はいつまで妹の期待に応えて続けるつもりだ?」


「呪いじゃねぇんだから、いい加減ハッキリ言えよ」


「なにを?」


「もう書きたくないって、ことだよ!」


 何処か熱が入る友人Bの言葉に私の意識が興味を持った。

 そうだ。

 これは持論だが仕事でも趣味でも創作はしたい時にするが一番良い作品ができる。

 逆にいやいやした時は大抵自分の中での完成度が低いことが多い。

 だけど世間の評価は違ったりと……本当に難しい世界である。


「……そうは言っても」


「別にいいじゃねぇか。育枝が本を書きたい、そう言ったから最初は手伝うってことで始めたんだろう?」


 私は昨日興味を持った友人Aが本を執筆している理由をしった。

 なんだ、そういうことだったのか。

 自分の意志で書いていたわけじゃないのだと知って興味が冷めていった。

 異性とは言え同じ道を少なからず歩く者だと思ったわけだが、どうやら杞憂に終わったらしい。


「うん」


「なのに気づけば、お前がいつも原稿書いてそれを育枝が自分の好みにアレンジしていく、それって育枝の欲求をお前が満たしているだけでお前にとっては何一つメリットがないじゃん」


「だよな~。正直投稿日前はいつもハラハラしているし、感想なんかにキツイ言葉が飛んでくるかもと思うとメリットって殆どないんだよ」


「なぜソレを言わない?」


「そんなの決まってるだろ? お義兄ちゃんだからだ。義理とは言え妹が喜んでくれるなら俺はアイツの前では優しいお義兄ちゃんでいてやりたいんだ」


 瞬間。

 私の前を蝶が横切った。

 蝶は友人Aの頭上で止まり羽を休める。

 私が脳内で作りあげたはずの蝶がどうしてここに居て、なぜそこで羽を休めるのか……わけがわからなかった。






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