第21話:美桜の場所
「よーし美桜、次はシュークリー…………」
「日和、限界! もう食べられない」
六個めのケーキを完食し、美桜は後ろに倒れ込んだ。
普段からそんなに食べる方ではなさそうなので六個でも頑張ったのだと思うけど、机の上には美桜が食べた数と同数のケーキがまだ残っている。
「六個かー。美桜、まだまだケーキバイキング、余ってるよ」
「日和、悪意がある。そんなに食べられないって。でもすっごく美味しかった! ケーキ食べたのいつぶりだろう。今まで食べた中で一番美味しかったよ!」
美桜をうちに連れてきたら、数年ぶりに私が友達を連れてきたことにお母さんのテンションが上がってしまい「おやつだよー」と、別々の種類のケーキを十二個持ってきた。
昔は友達が来ると、ケーキをおやつに出してくれるのが定番だったので想定通りだったけど、そんなに持ってくるとは思わなかったので、お母さんも感覚がおかしくなってるんだろう。
でも、そんな感じになってしまうほど、友達を家に連れてくることがなかったという事実に、申し訳なさからちょっと凹んだ。
(いかんいかん、そんなこと考えてる場合じゃない)
お母さんが持ってきたケーキは、単純計算で一人六個の計算だけど、イタズラ心で「全部美桜のぶんだよー」と言って、ケーキバイキングにしてしまう。
普通の女の子がどの位ケーキ食べるのか知らないけど、美桜はショートケーキ、チーズケーキ、モンブラン、フルーツタルト、ティラミス、レアチーズケーキと、私がおすすめするのをどれも「美味しい!」を連発して食べてくれた。
お父さんの作るケーキは私もすっごく好きなので、それを褒めてくれてるのは私も嬉しかった。
美桜、えらいぞ!
「当分、ケーキ、というか甘いものいらない」
「ごめんごめん。うちのお母さん、久しぶりに友達連れてきたから張り切っちゃったみたい。残りどうする? 持って帰るなら包んでくるけど…………でも、美桜はあまりお土産とか持って帰りたくないか」
「……………………」
すぐに肯定する返事がくると想定していたけど、美桜は何かを考えている様子。
「美桜?」
「あ、うん、ごめん。あの、もしよかったら包んでもらってもいい? 母親と父親が食べるかわからないけど、私が食べる。てか、食べたい! 図々しくてごめんね」
「あれー美桜ちゃん、当分甘いものいらないんじゃ?」
美桜はあわてた様子で何か喋ろうとしているが、声が出ていない様子が面白くて、クスッと笑ってしまう。
「ごめんごめん、冗談だよ。それじゃー包んで来るから、お茶でも飲んでゆっくりしてて」
「…………ありがと」
倉庫からケーキを入れる箱と手提げタイプのビニール袋を持ってきて、台所でケーキを包装する。
このケーキは誰が食べるのだろうと想像しながら…………。
美桜に食べてほしいけど、会ったこともない美桜のお父さん、お母さんでもいい。
私は、お菓子は人を幸せにすると信じている。
ふと、気配がして振り向くと、弟の
「なんだ優か。いたんだ。今、私の友達が来てるから、もし会ったら挨拶してね」
「母さんから聞いた。『あの子がお姉ちゃんの好きな子なのかな』って、ゴキゲンで言ってたよ」
「な、な…………、なに言ってんのよ」
「その様子じゃ、アタリかぁ」
てっきり、からかわれると思って身構えていらた、優はバツの悪そうな顔をして、頭を掻いている。
「そっかー。いや、姉ちゃんごめん。俺が母さんに姉ちゃんの好きな奴は同じ高校とか言っちゃったから、母さんも完全にそう思ってるみたいで…………。デリカシーってのがなかったわ。ごめん」
「な、なに言ってんのよ。そもそも、私が美桜のことが好きだって言ってないし」
強がってはみたけれど、私にとって美桜が普通の友達ではないことを、私が私の態度で証明してしまっている。
ここからどう弁明すれば良いのか分からないし、そもそも優は私の嘘などには引っかからないだろう。
「うーん。まぁ、そうだよな。姉ちゃんがそう言うなら、それでいいよ。母さんにも何か聞かれたら適当に答えとく。でも、姉ちゃんが、そのミオさん? って人のことを、友達と思ってても、好きな人だと思ってても、付き合ってても、俺は別にどうも思わないから。姉ちゃんの思うようにしなよ。応援してるわ」
こんなことを言われたら『気持ちわるいヤツ』とか思うかもしれないけど、優が言うと、なんだから変な納得感と自信をもらえた気持ちになるから不思議だ。
「はいはい。ありがと」
私は変に照れ臭くなってしまい、適当な相槌を打つと、優は満足したのか、靴を履いてどこかへと出かけていった。
「美桜ーお待たせー。落ち着いたかねー?」
「あ、日和、ありがと。全然ダメ。お腹いっぱい。明日まで何も食べなくていい。ケーキ、明日でも大丈夫だよね?」
(あちゃー。ちょっとやりすぎちゃったかな)
お腹をおさえながらカーペットに寝転ぶ美桜は、それでも満足そうで、目を閉じていつもよりリラックした表情をしている。いつまでも見ていたい衝動にかられたけど、それを、グッとおさえる。
「美桜ちゃんや、そろそろ美桜ちゃんのものを収納する場所を作ろうと思うのじゃが、いかがでしょう」
「うん。ありがとう」
美桜はゆっくりとした動作で起き上がると、足を崩して座り直す。目を細めている様子はまさにネコのようだ。
猫カフェにも行けないし、本物のネコはうちでは飼えないけど、ネコみたいな美桜だったら…………。
いやいや待て待て、美桜はネコじゃない。
でも、もう美桜はうちに住んでしまえばいいのでは? でも美桜がうちにいたら…………。
(………………うーん。身が持たないな)
「日和?」
今後は私が目を閉じてウンウン想像していたら、怪訝そうな声で美桜が話しかけてくる。
「ごめんごめん、ちょっと考え事してた」
「ろくなこと考えてない顔してたけど…………」
「あ、バレた? 美桜ちゃんも私のことがよくわかって来たじゃない」
「図星なの? サイアク」
「「プッ、ハハハ…………」」
二人同時に吹き出し、笑う。
(あー、楽しいなぁ)
「ほい、それじゃー、作業しますか」
「それにしても、すごい部屋だね―」
「あーこれね。家族からは『図書館』『大学の先生の研究室』『地震が来たら確実にやばい部屋』とか言われてる」
私にとっては見慣れた自分の部屋を見渡す。
図書館にあるようなスチール製の本棚が、四面ある壁のうち二面に並べられていて、一つ一つの本棚が天井近くまで収納可能なので、収納量はかなりいけるが、やっぱりこれは普通の女子高生の部屋ではないと改めて思う。
「本好きなんだなーって思ってたけど、これ、本当にすごいよ。びっくりした」
「中学まで普通の本棚使ってたんだけど、いよいよ入りきらなくなって床に積むようになっちゃって。それで高校に進学するタイミングでお願いして買ってもらったんだ。確かに、スマホで大学の先生の研究室って検索したら、本当にこんな感じだったから笑った。でも、地震が来たらやばいってのは本当にそう思ってて、今対策考えてるところなんだ」
「本棚は倒れなくても、中の本が降ってきたら怖いね。それはしっかりしないと……」
「だよねぇ。本に埋もれて死ぬのは哲学的な感じがするけど、死ぬのは嫌だからなぁ」
「何それ、意味わかんない」
「あ、やっぱり? 私も意味わかんないや」
このまま本は増え続けると思うけど、いつか私も美桜みたいに、お気に入りの本を処分する時がくるのだろうか。
先のことはわからないけど、そんなことにはならなければいいと、心の底から思う。
「さてさて、美桜のスペースだけど、この本棚一つ丸ごと空けるから、本でも雑貨でも、洋服でも好きなもの置いていいよ。足りる?」
今年設置したばかりなので、いま陳列している本を移動させる先はまだまだ余裕がある。
足りなければもう一つ本棚を空けようと思って美桜に問いかけると――。
「十分すぎるくらいだよ。本も服も全部、そこに入るから大丈夫!」
という答えが返ってきた。
「そっか、足りなかったら言ってね。まだまだスペースあるし」
美桜の部屋にどれだけの物があるか分からないけど、捨てちゃうなんて勿体無いから、この棚いっぱいにものをしまったらいいし、足りなければ空ける。
取りに来てもいいし、来なくてもいい。
今の美桜に必要でまだ取っておきたいものを捨ててしまうなんて、寂しすぎるから。
「あとはあれだね。どうやって美桜の家からものを持ってくるかだけど、本当は二人で美桜の家を何往復かして持って来れればいいんだけど、美桜、お母さんがいる時じゃヤダもんね」
「うん…………何言われるかわからないし…………ごめんね」
「謝らなくてもいいって。色々あるんだねー」
「…………」
「そうしたら、毎日少しずつ学校に持ってきなよ。本でも服でも、大きな物はその時考えよう。あ、荷物になるとか気にしなくていいよ。本数冊だったら全然余裕だから。服とかもね。受験…………てか大学進学まであと二年以上あるし、少しずつでも問題ないでしょ!」
「うん。日和、ありがとう」
「全然OK! 美桜の本の趣味楽しみだなぁ。私と全然違うといいなー」
「全然普通だから! 自分の好きな本見られるの私は少し恥ずかしいかな。心の中を覗かれるみたいで」
ちょっとわかる。でも、私は美桜の心の中を覗きたい。
「しかも、処分したものがあるなら、今残っている本は美桜の心の核っていうか、一番大切にしている部分なのかもね」
「…………持ってくるの、急に嫌になってきたんだけど」
「ごめん、うそうそ。そんな顔でこっち見ないでよ。わかった。もう言わないから。ってか、それ言ったら、この部屋なんか私の心の中に入っているようなものじゃん。おあいこってことでいいでしょ?」
「確かに…………でも、私この部屋好きだよ。日和の心ってのもわかる。色々なことに興味があって、優しい日和そのものって感じで好きだな。落ち着く」
「…………。ありがと」
その後は、学校のこと、私の本コレクションのこと、いつか行きたい場所などの話をして解散した。
外も暗くなってきたので、お母さんに頼んで車で送っていくと美桜に提案したけど、やんわりと断られてしまった。
久々に、素のままでたくさん話をして、本気で笑った気がする…………。
「あーーーーーーーーーーーーーーー!」
「うぁ、びっくりした。姉ちゃんうるせーよ」
夕食後、リビングで一緒にテレビを見ていた優からクレームが入るが、関係ない。
(自転車で送っていけばよかった。バカか私、美桜を後ろに乗せるチャンスだったのに…………)
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