第16話:もったいない!
約束の日曜日。
駅構内、改札を出て右に少し行ったところにある、変な大きい石の前に午後二時に集合。
集合時間にはかなり早いと思ったが、特にやることも無かったので早めにお昼をすませ、十二時過ぎに家を出た。
集合場所の駅は、うちの県では一番大きな駅で新幹線も停まる。
隣接する駅ビルの中に色々なショップが入ってるし、本屋もあるので本好きとしては本の探索だけで二時間は平気で潰せると思った。
一人で気楽に出かけるのも楽しいけど、やっぱり今日は特別な日だった。
学校、図書室、帰りの公園。
どこでも美桜と一緒なら楽しいけど、休みの日に会うのはやっぱり特別だと思うし、楽しみで仕方なかった。
ふわふわとした気持ちで駅に着き、さすがに誰もいないと思ったけど一応集合場所に行くと、そこにはスマホを不安そうに何度も確認してている美桜いた。
(はやっ! てか、美桜全然私に気づいてないな…………)
美桜はどちらかと言えば気の強い性格だけど、最近はそれだけでない全然別の姿が見れて面白い。
もしかすると、気の強い性格という見立てが違っているのかとすら思う。
今日だって、初めて自分から友達を遊びに誘ったようで、何をどうしたらいいのか、かなり不安そうにしていた。
だから、多分何があってもいいようにこんなに早く待ち合わせ場所に来たのだろう。
本当に、真面目で、素直で、優しくて………………。
「かわいいなぁ……」
困っている美桜をしばらく観察してるのもいいかなと思ったけど、さすがに可哀想なので合流する。
さてさて。
「あのー? ここいいですか?」
「ひゃい!」
私はちょっとしたイタズラ心から死角から美桜に話しかけたところ、どうやら本気で驚かせてしまったらしい。
美桜は飛び上がる勢いで『気をつけ』の姿勢になり、よくわからない返事をした。
これは絶対後で美桜に怒られると思ったけど、あまりに面白かったので、私は周りの目も気にせずに笑ってしまった。
「もう、日和、もう! こんなときまで、何やってるのよ!」
予想通り、美桜はプンプン怒っている。
怒り顔すらかわいいと思ってしまうのは、私が美桜の本当に冷たい表情を知っているからなのか、それとも私が美桜のことが好きだからなのか…………。
「ごめん。ごめん。ついついいつものクセで、美桜の隣にいるための合言葉言っちゃった」
「なにそれ意味わからない…………。こんなに人がいっぱいいるところでそんなことする必要ないでしょ? いきなり話しかけられて本当にビックリしたんだから! それに変な声出ちゃって、めちゃくちゃ恥ずかしかったし」
「確かに…………。でも美桜、かわいかったよ」
「な、なに言ってるのよ…………いつか絶対日和にも同じことして、ビックリさせれあげるから」
「美桜が? 私に? そっか、楽しみにしてるね」
美桜はきっとバレバレな方法で私を驚かせようとするだろう。
私に気が付かれないように近づいてきて…………ドキドキした表情で…………。
それを想像すると、思わず期待で顔の表情が緩くなる。
そんな可愛い美桜が見られるのは私だけ。
私だけの特権だ。
「また碌でもないこと考えてるでしょ」
「別に〜」
美桜は片方の頬を膨らませて抗議してくる。
(残念ながら、私にとってそれもご褒美なのだよ美桜ちゃん)
「と、ところで日和、集合時間までかなり時間あるけど、どうしたの?」
「いや、家でやることなくて、暇だったから来ちゃった。本屋さんで適当に時間潰そうと思って。美桜は?」
「わ、たしは下見…………じゃなかった。私も同じ!」
明らかに下見と言った気がするけど…………。
美桜のこういうところが好きだと改めて思う。
「あのさ、ちひろ来るまでまだ時間あると思うから、美桜も一緒に本屋さん行かない? もし興味あればだけど……」
「行く!」
食い気味に返事をされて、思わずビックリしてしまった。
美桜は普段、図書室で勉強しかしていないので本にはあまり興味が無いのかと思ったけど違うのかもしれない。
まだまだ美桜の知らない部分があるのが嬉しい。
「オッケー、それじゃ行こっか」
「うん」
あまり駅には来たことがないのか、集合場所から目と鼻の先の距離にある本屋へ、美桜は私の少し後ろを歩いてついてくる。
なんだか、私の首のあたりと手のあたりに視線を感じるけど、もし勘違いだったらどんな言い訳をすればいいか分からないので、気付かないフリをした。
「日和はいつも小説読んでるけど、好きなジャンルとかあるの?」
「うーん…………特に無いかな。好きな作家さんとかはいるけど、表紙とタイトルだけで買うことも多いし。ジャケ買いってやつ。小説のほかに図鑑とかもちろんマンガも結構好きなんだけど、お金かかるから買うのはもっぱら文庫かな。コスパいい」
「そうなんだ」
「私さ、本屋さんの雰囲気が好きなんだよね。圧倒的な情報量に埋もれる感覚? だから図書室も居心がいいって感じるんだと思う。あと、新刊のチェックも楽しい。今日は荷物になっちゃうから買わないと思うけど、ビビビっと来たものあったら、その場ですぐに買っちゃう」
ビビビのところで両手をカタツムリのように頭に持っていったら、それを見た美桜が小さく吹き出して笑っている。
特に意識せずにしたので、ちょっと恥ずかしくなったけど、美桜が笑ってくれたからそれでいい。
特に目的もなく適当に店内をブラブラして、ジャケ買いが大成功した本、逆に大失敗して、あまりの悔しさに直ぐに古本屋に出してしまった本を美桜に紹介していった。
好きな作家の本はおすすめもたくさんあって、今思うとはしゃいで喋りすぎたと思うけど、美桜が楽しそうに聞いてくれていたので大丈夫だったと思う。
「日和、いつもより楽しそう。生き生きしてる」
「そう? あ、でもいつもは図書室だからあんまり大きな声で話せないじゃん。夜の公園も騒ぐような場所じゃないし」
「そっか、あ、あとは好きなものに囲まれているからか。テンション上がっちゃうよね」
(そうだね。あと、好きな子と一緒にいるから…………)
「美桜は本好き?」
「好きだよ。ただ、今は勉強しなきゃだから読みたい欲求を貯めてる。大学に行ったら、その貯めた読書欲を一気に解放するつもり」
「おぉう。すごい貯まりそうだね。大学行ったらってことは、やっぱり家のこと?」
「うん。私、できるだけあの家に私の痕跡を残したく無いんだ。だから今、少しずつモノを減らしてる。大学の一人暮らしの部屋も、そんなに広いところを借りられないだろから、その部屋に入り切るくらいまで。大学に進学して家から出るときは、私の部屋には余分なものが一つも無いのが理想。で、必要なそれを全部持って出ていく。ダンボール二箱くらいかな。だから、服とか、今まで買った本とか、ちょっとした小物とか、母親に不自然に思われないように、ちょっとずつ捨ててる」
「もったいない!」
「え?」
「美桜、もったいない!」
何かを考えていたわけじゃない。
反射的に、私はそう口にして、無意識に美桜の両手をとった。
「私、今の話、美桜がすっごく色々考えて、それを行動に移しているんだってわかる。美桜は本当に色々がんばってるもん。でも、今捨てちゃってるものの中には、美桜の好きなものとか、思い出がいっぱい詰まっているものもあるんでしょ? それを捨てちゃうなんて、もったいないよ」
「そんなこと言ったって、どうしようもないじゃん。私は、あの家に私のものを残したくないん…………」
「全部一人でなんとかしようとしちゃだめだよ!」
「美桜。美桜はもう一人じゃないんだから! 私がいるよ。美桜の目標、私、応援してるし、力になりたいと思ってる。美桜が、好きなものや、思い出が詰まったものを簡単に捨てちゃってるなんて寂しすぎるよ。私にできることない? そうだ、美桜がちゃんと自分の場所を見つけるまで、私が美桜の大切なものを預かるよ。それくらい、できるから」
「日和………………。ありがとう。でも私、日和にそこまで迷惑かけられない……」
「美桜! 私言ったよね。『私、メンドクサイよ』って。もう私、決めたから、今度、美桜の家に行って、美桜のもの全部持って帰るから!」
美桜は、困ったように視線をそらし、何か考えているような素振りを見せている。
少し強引だったと思う。
でも私は、譲る気は無い。
私は、私が大好きな人が、悩んで、苦しい思いをして、とても大切なものを手放さなければならないということが我慢できなかった。
(そんなの、絶対間違ってる!)
「日和…………」
「なに? ちなみに拒否権はありませーん」
「………………ごめん。お願いします。なるべく少なくするから」
この短い時間に、美桜は果たしてどんなことを考えていたのだろう。
「美桜ちゃん。こういう時はね。『ありがとう』って言うんだよ」
美桜は恥ずかしいのか、体を私の方から逸らそうとしたけど、あいにく、両手を私が握っているので、それができない。
かわりに両目を閉じ軽く呼吸を整えた後、美桜は私の手をキュッと握り返してきた。
「日和…………ありがと。よろしくお願いします」
美桜の笑顔に私もつられて笑ったが、お互い照れ臭くなってしまい、同じタイミングで手を離す。
途端に少し寂しい気持ちを感じたけど、また手を繋ぎ直すのも変なので、先ほどまで感じていた美桜の手の温もりを包むように、私は手を握った。
「それじゃぁ、今度美桜の家に荷物を取りに…………いや、まずは私の家に来て、美桜のスペース決めようか。美桜のスペースを作っちゃった方がまとめて置けるし、本でも服でも返すときに分かり易いよね。あっ、本は私の部屋にいっぱいあるから、自由に読んでいいし、もちろん持って帰ってもいいから遠慮なく言ってね」
「ありがとう。分かった。…………日和の部屋って本で埋もれてるイメージある」
「美〜桜〜。そのイメージ、多分合ってるよ。お母さんからは『そろそろ床が抜けるかも』って言われてる」
「冗談のつもりだったんだけど、すごそうだね…………。私のものはそんなに多くならない予定だけど無理しないでね。日和にも、日和の家に迷惑かけたくないから」
「大丈夫だよ!」
お母さんも、お父さんも事情を説明すれば、多分快く了承してくれるだろう。っていうか、早く美桜を紹介したい。『私の友達だよ』って。
家に友達を連れて行かなくなってしまったので、久しぶりに友達を連れてきたらお母さん、どんな顔するかな。
お父さんの作ったケーキも美桜と二人で食べたい。
弟の優は、まぁ、タイミングがあれば紹介してやろう。
私には、美桜の家がどんなに大変なのかは、やっぱり想像でしか分からない。
ただ私は、美桜のためにできることをしたい。
美桜にはいつも笑っていて欲しい。
そして、それはできれば…………叶うなら、その笑顔の先に私がいると、いい。
「そろそろ集合時間近いから、行く? ちひろももう来てるかもしれないし」
「ちょっと連絡してみる。『私達は着いたよ』って」
「ありがと。お願い」
「あれ? ちょっと前にちひろからメッセージきてるよ………………」
美桜はスマホのメッセージアプリを開き、ちひろからのメッセージを読み上げた。
『ごめん。ちょっと都合悪くなっちゃって。急で本当に申し訳ないんだけど、今日行けなくなっちゃった』
『日和ちゃんにもよろしくって伝えてください』
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