第15話:その思いを胸に秘めて

『………………このニブチンめー』

『私はね、美桜と二人で出かけたかったんだよ』


 一旦忘れようと決意したのに、ふと気が緩むと日和に言われたことをすぐに思い出して体が熱くなる。

 こんな感じで、明日上手く喋れるのだろうか。

 

 流石の私も、あそこまで言われれば、気がづく。

 私も日和のことが好き。

 

 ただその気持ちは、私の中に秘めておこうと思っていた。

 少なくとも今は。

 だって、普通じゃないから…………。

 

 それに、今の私は、大好きな日和のことだとしても、そこに多くの時間を咲くわけにはいかない事情もある。

 明日はちひろもいるし、変に意識しないで普通に過ごして、今度また別のタイミングで日和に聞けばいい。

 

「よし、とりあえず、明日! 今日は何もできなかったから、夜まで勉強するぞー!」


 両腕を高く築き上げて、気持ちの切り替えとやる気を強制的に起こす。

 私の性格上、習慣化した勉強のペースが乱れた場合、取り戻すにかなりの期間がかかる。

 強靭な精神も持ち合わせておらず、低きに流れたら、もう戻ってこれない可能性すらある。


 私は、私という人間をそこまで信用していない。


 そこまで考えて、緩んだ気持ちが一気に覚めて、現実に引き戻される。

 高校卒業後も、この窮屈で息苦しい家に残ることを想像してしまったから。

 母親がいるこの家に…………。


 結局のところ、私は頑張るしかないのだ。


 

 

「よーし。今日は、終わり!」

 

 もうすぐ日付が変わる時刻。夕食で一度中断したけど、結構集中して勉強できたと思う。

 宿題と月曜日の授業の予習が終わって区切りがついたので、大きく伸びをして固まった体をほぐす。

 これなら、明日の午前中はまた図書館に行く時間もできた。

 ほぼ一日、家にいなくていいというだけで、気持ちがあからさまに軽くなってしまう。


(………………言っておくか)


 あとはお風呂に入って寝るだけだけど、その前にリビングにいるであろう母親に明日出かけることを伝える。

 最近ちょっと様子が変わったけど、外出を伝えておかなかったことでその後ヒステリックになり、嫌味を言われるは避けたい。

 

 毎回毎回本当に憂鬱になる。

 

 高校になってからはずいぶんマシになったのは、一緒に遊ぶ友達が進学校の同級生になったからだろう。中学の頃の友達(友達と言えるほど仲良くはなかったけど……)の時は、母親のお眼鏡に敵わない子はダメだとはっきり言われた。

 私はその母親の価値観が本当に嫌だった。

 友達を批判されることが辛くて遊ぶ機会が減り、結果、友達と呼べる子がいなくなったようにも思う。


(私の性格の問題もあるけど!)


 最近このくらいに開き直れるほどになれたのは、やっぱり日和やちひろのおかげ。

 もし万が一ダメだと言われても、取っ組み合いでもなんでも徹底的にやり合う覚悟だ。


 少し緊張しながらリビングに行くと、母親はぼーっとテレビを見ていた。

 やることがないのであれば、さっさと寝ればいいのにといつも思う。


「明日、午前中から図書館に行って勉強して、午後は高校の友達と遊びにいってくる。帰りは七時までには帰ってくる。お昼も夜もご飯はいらない」

「誰と行くの?」

「ちひろと、日和って子。みんなしっかりてる」

「そう」


 これだけだった。


 登校拒否になって…………いいや、ちひろの家に家出のような形で逃げ込んで以来、母親はあまり私に興味関心を持たなくなったように感じる。

 

 元々、私の方からは必要なこと以外話しかけることはなかったけど、同じように母親も必要最低限のことしか話しかけてこなくなった。

 会話も最小限。

 

 最初は違和感しかなく、いぶかしんだこともあったけど、私のほうからそれをおかしいと伝えるのは違うと思ってるし、むしろ私には何の支障もない。

 ありがたいとすら思っている。

 

 母親が何か企んでいて、私をおとしいれようとしているのかもしれないが、そうだとしても母親が満足するような成績を取っていればいいのだろう。

 家庭内不和の状態であっても、外からはわからないだろうし、娘の素行が良ければ母親がいつも気にしている体面も保たれるだろう。


 (…………………………)

 

 さすがにこの状態は普通ではないだろう。

 おそらくこの家はもう色々な意味で終わってしまっている。

 

 でも、それでいい。

 私には関係ない。

 それでも私は頑張る。

 私が、母親のくだらない自尊心を満たす存在でいるのもかまわない。

 私にさえ迷惑をかけないでくれたらそれでいい。

 あと二年と少しの辛抱と思えば、がんばれる。


 それで、いい。


 これ以上リビングに留まる意味もないため「おやすみ」と伝え、私はお風呂場に向かう。


 日和やちひろといるときは、あんなに満たされている心がひどく乾いている。

 こんな感情は、二度と彼女達には見せたくない。

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