第17話:私に足りなかったもの

「ちひろちゃん、今日お出かけでしょ? 何時頃に出るの?」

「うーん。二時集合だけど、多分みおちゃん早めに来てると思うから一時頃かな」

「送っていかなくて大丈夫?」

「大丈夫! ありがとう」

「楽しみにしてたもんね。楽しんできてね」

「うん!」


 みおちゃんはちょっとずつだけど、変わってきている。

 前は自分から友達を遊びに誘うことなんて絶対にしなかった。

 きっかけは、日和ちゃん…………。

 何か確信があるわけじゃない。

 ただ二人を見ていたら、私の中で歯車と歯車がカチっと噛み合って、どうしようもなく停滞していた何かが未来へ向けて動き出した…………そんな気がした。

 私には無理でも、日和ちゃんなら。

 日和ちゃんだったら、みおちゃんを受け止められると思う。


 駅に着いて集合場所に行ったけど、そこにはみおちゃんの姿は無かった。

 みおちゃんに連絡しようかと思ったけど、焦らせちゃったら可哀想なので、その辺りをブラブラと散歩して時間を潰すことにする。


 最初に集合場所と同じフロアにある輸入食品を扱うお店に行って、私はすごく美味しいと言ったのに家族の誰にも支持されなかったパクチー焼きそばがまだ売っていることを確認して嬉しくなる。

 輸入食品店から出て半円を描くように通路を進んでいけば、本屋さん、お土産コーナーと続いている。

 

(お土産コーナーで新商品が出てたら、お父様の出張のお土産候補として教えてあげよっと)

 

 ウキウキした気持ちで本屋の入り口で店内を見渡すと、みおちゃんと日和ちゃんが、一緒に買い物をしているのが見えた。


(あ、いた! 二人とも早く来ちゃって本屋さんにいたんだ!)

(よーし、こっそり近づいて…………「わーー」って驚かせてみよう。ふふっ)


 気づかれないように視線をくぐり抜けて近づいていき、二人がいる場所に本棚一つを挟むところまで接近できた。

 きっと二人ともびっくりするよね…………。


「…………私、できるだけあの家に私の痕跡を残したく無いんだ。だから今、少しずつモノを減らしてる」


(え、どういうこと?)


 飛び出そうとした直前、みおの告白が聞こえた。

 聞こえてしまった。

 

「大学の一人暮らしの部屋も、そんなに広いところを借りられないだろから、その部屋に入り切るくらいまで。大学に進学して家から出るときは、私の部屋には余分なものが一つも無いのが理想。で、必要なそれを全部持って出ていく。ダンボール二箱くらいかな。だから、服とか、今まで買った本とか、ちょっとした小物とか、母親に不自然に思われないように、ちょっとずつ捨ててる」


(………………)


 みおは、必要なモノ以外を処分すると言っている。ダンボール二箱? 服だけでももっとあるだろう。

 それに日用品だって、美桜の大切なものだって…………。


(うそ…………だよね…………)

 

 でもみおは、冗談でこんなこという子じゃない。

 みおは、目標を達成するために本当に努力している。

 みおが言っているのならば…………本当にそうする。


(でも…………、でも…………)

(自分の痕跡を家に残さないっていう意味だよね…………。たった二つ…………。たった二つのダンボールに詰められるものってどのくらい…………)


 二人を驚かそうと思って隠れていた私は、もはや二人の前にでることもできず、しゃがみ込み、膝を抱える。


「そんなの嫌だ。いやだよぅ」


 どうすればいいのだろう。

 みおの目標は叶ってほしい。

 でも、だからといって、何故みおがそこまで我慢をしなければいけないのだろう。

 でも、私の大切な友達は、目の前の友達は、みおは、何故そんなことをしなければならないのだろう。

 理不尽すぎる。


 目からポロポロと涙が溢れてくる。

 どうしたら、どうしたら…………。 

         

「もったいない!」

「え?」


 日和ちゃんは、何を言っているだろう…………。

「もったいない」とか、そういう問題なの?

  

「美桜、もったいない!」

「私、今の話、美桜がすっごく色々考えて、それを行動に移しているんだってわかる。美桜は本当に色々がんばってるもん。でも、今捨てちゃってるものの中には、美桜の好きなものとか、思い出がいっぱい詰まっているものもあるんでしょ? それを捨てちゃうなんて、もったいないよ」

「そんなこと言ったって、どうしようもないじゃん。私は、あの家に私のものを残したくないん…………」

「全部一人でなんとかしようとしちゃだめだよ!」

 

(っ…………。一緒だった…………。日和ちゃんも、一緒だった)

(みおの思い出、みおの好きなもの。捨てちゃうなんてダメだって)


(でも、私とは全然違ってた…………)


 私は、悲しむばかりで、どうすればいいか全然答えが出なかった。

 それなのに日和ちゃんは、みおが心にフタをして、心の奥に抑え込んだ気持ちを理解して、「もったいない」と感じ、自分にできることを考えて、みおに示した。

 

『私がいるよ!』って。

 

 私みたいに、メソメソしてるだけじゃない。ちゃんと考えて…………。


(私の直感はあってた。やっぱり、日和ちゃんだ)


(でも…………。みおのことは大好きだけど…………『よかった』なんて、言えないや)


 分かっていた………………。

 いや、分かっている気になっていた。

 分かっていなかったのは…………騙していたのは自分の気持ちだった。

 割り切れると思っていた。

 我慢できると思ってた。

 喜べると思ってた。

 大好きだから…………。


(そんなこと、なかった)

 

 私に足りなかったのは覚悟だった。  

 今流している涙は、さっきの涙とは違う。

 悔しい。

 苦しい。

 痛い。 


 咄嗟にスマホを取りだし、メッセージアプリを立ち上げ、みおにメッセイージを送る。

 不自然にならないように、次に会った時に笑えるように、今日一日が、みおにとって楽しい思い出になるように。


(……………………)


 スマホをしまって、二人に絶対に見つからないように帰路につく。

 最後に送ろうとした『日和ちゃん』から始まるメッセージだけは、送ることなくすぐに消した。

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