第9話:初めての・・・
「行ってきます」
一つの儀式としての挨拶。
誰に言うわけでもなく、家を出る。
でも最近は、母親も見送りにも出てくることもなくなって、ちょっと心が軽い。
秋晴れで空が高く、今日は風も吹いていない穏やかな日だった。
(イルミネーションに日和とちひろと三人で見に行けないか、今日聞いてみようかな)
ちひろと日和には、テスト勉強に付き合ってもらったのでちゃんとお礼がしたい。
友達に「どこかに行こう」と誘うのは初めてのことなので緊張するけど…………決めた。
(私も変わってるってことを見せたい……)
「みおー! おはよー!」
大きな声で呼ばれて振り向くと、ちひろが大きく手を振りながら走ってくる。
「おはよー! この前はありがとう。お母さん、迷惑じゃ無いかった?」
「全然大丈夫! お母さんすっごく喜んでたし、みおが帰ったあとも、ご飯もいっぱい食べてくれて嬉しかったって言ってたよ」
「そっか、良かった…………って、ご飯! 量おかしかったから! あんなに食べてたの、人生で初めてだよ」
晩ご飯もさることながら、次の日の朝ごはんの時も昨日と同テーブルにに所狭しと色々な料理が並べられている光景を見た時は
朝は食べないことも多いけれどそんなことも言えず食べ始めると、焼き魚、納豆、味噌汁、海苔、佃煮などの和食のおかずに加え、スクランブルエッグ、ウィンナー、サラダといった洋食のおかずもどれもがとても美味しく、これまたたくさん食べすぎてしまい、その日は夜までまったくお腹が空かなかった。
「あー、あれはごめん。晩ご飯はたくさん用意して欲しいみたいなことを私が言っちゃったけど、まさか朝ごはんもあんなにたくさん出てくるなんて、私もびっくりしちゃった。お母さん、前日にみおがいっぱい食べてくれたのが本当に嬉しくて、朝もいっぱい用意したんだって。残ったものもお昼にちゃんと食べたし、お母さんにも気をつけるように言っておくから、また来てね!」
最後は私の方に身を乗り出してそう答えるちひろ。
近い、近いって! あと、圧がすごい。
「わかった。わかったから。 ちひろの家、自分の家よりも落ち着くし、私、ちひろも、ちひろのお母さんも大好きだから…………また行くね」
「本当? ありがとー!」
ちひろはキラキラした笑顔でピョンと飛び跳ね、クルリと回り喜びを表現する。
スカートの中が見えてしまわないかと少し心配になったけど、軽い身のこなしで自分の感情を素直に表現できるちひろが眩しくて、不思議とこちらも笑顔になる。
鼻歌を歌いながら登校するちひろの横で、私はちひろと日和と一緒にイルミネーションを見に行く計画を誘うタイミングについて悩んでいた。
(ちひろのことだから「イヤ」とは言わないだろうけど、いつ誘えば…………イマ? 放課後? でも、放課後にしたって多分ずっと考えちゃってモヤモヤするだけだし…………。もう、イマしかない!)
「ね、ねぇちひろ」
「ん? なーに?」
(緊張で声が上ずってしまう)
「あ、あのさ、駅前のあたりって、この時期になるとイルミネーション飾られるよね」
「うん。すっごい綺麗だよね。クリスマスって気分になるし、お買い物するときにすごく楽しい。みおも好きなの?」
「えっと、昔はあんまり好きじゃなかったけど…………、ちょっと今年は気になってるっていうか、好きになれるかもしれなくて、あの、今度見に行かない? ちひろと、あと日和も誘って…………三人で」
「………………」
初めて自分から友達を遊びに誘う。
どんな顔をすればいいかわからなくて、そして、ちひろがどんな反応をするのかが怖くて、ひちろの方を見られずに俯きがちに話をする。
「…………………………」
(あれ? ちひろ?)
ちひろの反応た無いので、嫌で断り方に困っているのかもしれないと思ってちひろの方を向くと、驚いたような顔で、瞳に涙を溜めるちひろがいた。
「なになに、ち、ちひろ、あの、イヤななら別に断ってくれていいか…………」
「みお―――ー」
「ど、どうした」
「うれしい!」
ちひろはそう叫ぶと、感極まったのか飛びつくように私に抱きついてきた。
大きくバランスを崩して危うく転びそうになったけど、なんとか踏みとどまり、ちひろの腰に手を回して支える。
「あ、危ないから! いきなり飛びかかってこないでよー」
「だって、嬉しかったんだもん。みおちゃんが誘ってくれて。いままでこんなことなかったじゃん! 嬉しい! いつにする?」
「そ、そ、そんなたいしたことじゃないでしょ」
「ううん。そんなことない。私、すっごく楽しみにしてるから!」
「そっか……うん。ありがと。日程はいつにしようか、日和の都合も聞かなきゃだから、それで調整しようか」
「うん!」
ちひろは、自分の感情が高まると、わたしの呼び方が『みお』から昔呼んでいた『みおちゃん』に戻る。
さっきも、呼び方が戻っていたから、本当に喜んでくれたのかもしれない。
こんな私でも友達を笑顔にすることができるのだと思うと、くすぐったい気持ちになってどんな顔をしていいのかがわからなくなる。
少しでも、ちひろに恩返しができたのだろうか。
だとしたら、嬉しい。
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