第10話:日和のこと
ちひろを誘った日の放課後、いつも通り図書室に行き、いつもの席に腰をおろす。
遊びに誘ってからのちひろは、一日中、幸せお日様パワー全開といった感じで、周りの友達からも「ちひろ、いつもにもまして元気だねー」などと言われていた。
基本的に活発で裏表のない性格なので、友達からも好かれているけど、いつもに増してのテンションの高さに、みんな驚いているようだった。
ちひろが「いいことがあったんだー」とか「楽しみなことができたんだー」など、屈託のない笑顔で友達に伝えているのを見ると、ただイルミネーションを見るだけの企画なのが申し訳なく思うけど、ちひろの雰囲気にあてられたのか、私も少しふわふわとした心地いい気持ちになって、待ち遠しさがジワジワと溢れてきた。
(ちひろ、本当にいい子だな……)
私にはもったいないと思うくらい、友達に恵まれたと思う…………それこそ本当に、奇跡みたいだ。
私が友達はちひろと日和でいいと思ってしまうのは、二人が本当に大切だからと感じてしまっているからかもしれない。
そんなことを考えながら今日の数学の宿題の準備をしていると、ふと横から声がした。
「ここいいですかー?」
以前のようなどこか緊張した感じではなく、ふんわりとしたイタズラっぽさをまとい、ニコニコした笑顔で私を覗きこむように語りかけてくる。
(ずるい…………)
毎回海、頑なにこの登場方法を変えない日和。
すごく心臓に悪い。
かわいいから…………。
「日和、いちいち聞かなくていいよ!」
顔を背けながら抵抗を試みる。これが精一杯…………。
というか、なんでいつも私が先にきているか、一緒に図書室に行く形になっているのだろうか。
日和が先に来てさえすれば、私だって日和をびっくりさせるためのあの手この手が考えられるのに……。
「えー。でも、いきなり横に座ったら感じ悪いじゃん。だから、『来たよ』って挨拶も兼ねて聞いてるんだよ」
「だったら『こんにちは』でも『来たよー』とか『お疲れ様ー』とかでもいいじゃん」
「それじゃー、なんか面白くないんだよね」
「…………なんで面白さを求めるかな」
「だって、そのほうが美桜のビックしりた可愛い顔が見られるからお得じゃん!」
「………………ば、ばか」
からかっているのは分かるのだけど、照れてる様子もなく日和はそんな言葉を自然と口にする。
いいかげん慣れた方がいいことは分かっているし、頭の中では何度もこのやりとりを思い出している。
ただ、思い出すたびに……私の記憶の中の日和に話しかけられてあの笑顔を思い出すたびに、私は布団に顔を埋めてジタバタするくらい…………照れる。
そして、何度も何度も何度も、繰り返し思い出してやりとりをしているはずなのに、実際の日和は想像の何倍も何倍もかわいいのだから、どうしようもない。
そう、私は悪くない!
日和はクスクス笑いながらカバンを下ろして席に座ると、今日も勉強をする気はないみたいで、かばんから小説を取り出して栞を外し、嬉しそうに読みだした。
(本当に自由なんだから…………)
これ以上話をする雰囲気ではないので、私も気を取り直して宿題に戻ると、あたりは静寂に包まれる。
日和がページを捲る音、私のシャペンがノートに文字を書く音。
そのアンサンブルが私は大好きだ。
下校を告げるチャイムが鳴り、私は大きく伸びをして座りっぱなしで硬直した体をほぐす。横をみると日和も大きくバンザイをしていて、はたから見ると、二人揃って『お手上げ状態』というように見えて、思わず笑ってしまった。
「お疲れー。美桜、今日集中してたね。途中、私が見てたの気が付かなかったでしょ?」
「うそ! 全然わからなかった…………でも、私だって日和のこと見たけど、本しか目に入ってなくて全然気が付かなかったじゃん。だから、お互い様!」
宿題にせよ予習にせよ、同じ教科ばかりやっているわけじゃない。
問題の区切り区切り、勉強する教科を変える時、私が飽きた時…………その合間合間で、日和を見ていたのは本当。
真剣に活字を追っている顔がそこにあるだけだけど、場面場面で、日和の表情が変わるので見ていてまったく飽きない。
ニコニコしてれば、きっと楽しい場面なのだろうし、いつもより真剣な顔をしていれば、シリアスな場面なのかなと想像できる。
そして、日和が泣いている顔も好きだ。
悲しいのか、感動してなのか…………普段絶対に見ることのできない日和に会える。
私しか見たことがなければいい…………そう思ってしまう。
この先も、ずっと。
「くそー、私、変な顔してなかったよね。美桜に見られてたと思うと、ちょっと恥ずかしい……」
「ふっふっふっ。美人なかわいい顔が見たいのは、日和だけじゃないんだからね」
「……………………」
からかわれてばかりなので、少し意地悪しちゃえと思って、澄ました顔を繕ってなんとなく口にした言葉。
日和は絶対に何か言い返してくると思った……。
ただ、目の前には、顔を赤くして私とは反対の方を見ながら俯いている日和がいる。
ブーメランってのは、こういう時に使う言葉なのかもしれない。
私は、自分が言った言葉を頭の中に反芻し、思わず本音を口にしてしまったことを認識し、身体中が一気に沸騰したような感覚を抱く。
(『かわいい顔が見たい』って! 『美人』って! 確かにそう思ってるけど! なんで言った私。なんで言ったぁぁ――)
「さ、さぁーて、帰ろっか!」
(少しでもこの雰囲気を変えようと思ったけど、完全に動揺が声に出てしまった)
「う、うん。私、ちょっとトイレ行ってくるから、先行ってて」
そう言うと、日和は小説を手早くカバンにしまい、コートを持って行ってしまった。
(だ、大丈夫だよね?)
気を取り直して私も後片付けを始める。
(まだまだ日和のこと、わからない部分がたくさんあるなぁー)
日和と友達になったあの日『私と日和の関係は、あの時が一番良くて、あとは下降するだけかもしれないと思ったこと』。
そんな未来は、今のところ回避できていると思う。
不変の関係はない。
だけど、私は今の日和との関係が好きだ。
そして…………変化の形は色々ある。
「日和が大好きだ」
友達という関係以上に。
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