第4話:寒空の下で
本格的な冬がもう目の前に迫っていて、コート無しでは辛い季節になってきた。
自転車で通学している日和は『まだまだ大丈夫』とか言っていたけど、彼女も日に日に厚着になっている。
謎の強がりはいったい何なのかと思い、思わずにやけてしまう。
今日は下校時間ギリギリまで勉強をして、一緒にいる日和を誘っていつもの公園へ。
近くの自動販売機で買ったココアを日和に渡す。
なんだか、図書室に行った帰りに公園に行って飲み物を買って、いつものベンチに座って少ししゃべるのが恒例になってきた。
街灯はある程度設置されているもけど、人気があまり無い公園なのでベンチはいつも空いている。
あの日、お互い、泣いたり笑ったり、照れるセリフをたくさん言ったこの場所は、何かある度にそのことを思い出してしまって恥ずかしくて仕方ないのだけど、他にいい場所がないのだから仕方ない。
「ありがとー。ココアあったかいね。あったまる」
「でも、いいかげんこの公園じゃ寒いよね。あと、人も少ないしちょっと怖いかも」
「あれ? 美桜ちゃんは、身の危険を感じているのかな?」
「私の目の前にいる人が不審者の第一候補で、襲われそうなんだけど」
「ふっふっふっ、やっとそれに気がついたかい? きみぃ―」
変な笑いを浮かべて日和がこっちを見てくるので、思わず身構えてしまった。
「…………っ」
「うそうそ、冗談、冗談。学校の近くだし、大通りすぐだし大丈夫だと思うよ。それよりもやっぱり寒さがヤバいよね。それに私たちの地元、風めっちゃ強いから確かにそろそろ限界かも」
さっきの日和の顔…………。
最近、今まで知らなかった日和の一面を発見して、その度に驚いてしまう。
怖いという意味ではなく、新しい発見をした嬉しさ、喜び…………。
ただ、その度に私の頭の処理が追いつかず、言葉が出なくなってしまうのななぜなのだろう。
(平常心、平常心。なんだっけ)
そうそう、日和とゆっくり話ができる場所か。
うーん。
まったく心当たりがない。
日和の家は自転車通学の距離なので遠いし、私の自転車はまだ壊れたまま。
私の家は母親がいるので論外。
カフェやファミレスという選択肢もあるけど、お金の面が厳しいし、せっかく日和とカフェやファミレスに行くなら、もっと長い時間滞在したい。
…………世の中の女子高生たちはどうしているのだろうか。
「話する場所は、これからの課題だね。それで美桜、今日はどうしたの?」
「………………美桜?」
「うわぁ、えっと、なんだっけ? ごめん、考え事してて全然聞いてなかった」
「ふふふ。今日、美桜ちゃんは私に何の用事があったのかな? って聞いたんだよ」
「あ、ごめん、えっと、何だっけ。あ、そうそう、日和、最近どう?」
変な問いかけになってしまった……これじゃぁまるで…………。
「なにそれ。美桜、ドラマに出てくる娘と疎遠なお父さんみたい」
(やっぱり伝わってなかった……)
日和は面白そうに笑っている。
「ごめん、えっと、あのこと。答え辛いかもしれないけど、日和、前にここで『友達に遠慮しながら接していくのは辛い』って言ってた。『もっと、友達と仲良くなりたい、一緒に笑いたい』って。ただ、日和、最近なんだか別のこと考えてるみたいだったから。今までとあまり変わってないっていうか…………。何か悩んでたり、困っていることがあったら、相談して欲しいなって思って…………。あっ、間違ってたらゴメン。謝る」
今度はちゃんと伝えられただろうか。
席が離れてしまっても、日和が他の友達と話している様子は見えるし、聞こえる。
そのやりとりが、なんだか前と変わっていない……むしろ、私と過ごす時間が多くなったことで、周りの友達からあまりよく見られていないのではないかとすら思っている。
「…………………………」
「…………日和?」
「あ、うん。ごめん。えっと…………」
先ほどまでとは打って変わって、少し気まずそうに日和が視線を落とす。
「美桜の言ってること、間違ってない。そのとおり。だけど、あの時美桜から『不変のものはない』って言われて、その後、結構考えたんだ。いままで、そんなことを考えるきっかけも、必要もなかったから気が付かなかったんんだけど、考えれば考えるほど、分からなくなっちゃったんだよね。私がどうしたいのか。友達ってなんなのか」
日和は、迷っていたり、嘘をついているようなそぶりを一切見せずに、話を続ける。
本当に、たくさん考えたってことが伝わってくる。
「でね、私が欲しいのは、安心して何でも話ができる、美桜みたいな友達が欲しいんだなってことが分かった。ははは……なんか私、私のことが全然分かってなかったよ。でも、そんな友達って、どうやって作ればいいんだろうね。なんかね、美桜以外の友達は、私にとってみんな一緒なんだよ。優劣なんてつけられない。一人一人真剣に向き合っていくのも難しいじゃん」
日和はどこか寂しそうだけれど、徐々に吹っ切れたような顔になり話を続ける。
「自分でも本当に面倒だなーって思う性格を友達に説明してさ…………「それでも私と仲良くしてねー」なんて言えないじゃん? 理解を得られるかもわからないし。逆に、それがきっかけで、今まで友達だと思ってた人から何か言われたらどうしようとか、そんなことばっかり色々考えちゃって。そうするとさ『あ、メンドクサイな』って思っちゃったんだよねー。ははは……ごめんね。つまんない話して」
「つまらなくなんてないよ」
思わず大きな声が出てしまった。
「ううん。つまらないとか、つまらなくないとか、そんなの関係ない。私の方こそ、ごめん。日和がそんなこと考えてるなんて思いつかなかった。気持ち、分かってなかった」
日和は私のような友達が欲しいと言っていた。
そして、そんな友達を作ることは難しいと考えているということも。
そんな日和に対して、私と日和の二人の世界に閉じこもってしまうことも……できる気がする。
ただ、本当にそれでいいのだろうか。
『不変なことはない』今でもそう思う……私と日和の関係も、いつまでもこのままとは限らない。
だからといって、私は、私だけが日和の理解者で、「それでいいんじゃない」という無責任なことは言いたくなかった。
私のような友達が欲しいと日和は言った。
私が唯一とは言っていない。
私は、日和のことは大好きだ…………でも私と日和は違う。
(こんな時にも、私は私のことを考えちゃうのか…………)
「あー、なかなかうまくいかないもんだ! う――――ん」
日和は、そう言いながらバンザイをするように大きく伸びをする。『お手上げ状態』のようにもみえる。
「ねぇ、美桜……」
「ん? 」
「……………………あのさ、…………手、繋いでいい?」
日和は、私の方を向いてそう尋ねてくる。
私も日和の方を向き目が合うと、流石に照れくさくなったのか目をそらした。
ただ、日和の目には、さっき伸びをしたせいか、はたまたは泣いてしまったのか、少しだけ涙が溜まっている。
その涙の意味が、私にはわからなかった。
「ん。いいよ」
私は日和に近い手を差し伸べると、日和はその手を大切なものを扱うようにそっと優しく取った。
誰かを手を繋いだという記憶は全く思い出せない。
私は子供の頃、父親や母親と手を繋いでいたのだろうか…………。
優しく繋がれた手を少し強く握ると、日和もそれに応じる。
(それでも、私は日和のそばにいたい。力になりたい。大好きだよって伝えたい)
どれくらい、そうしていただろうか。
そんなに長い時間ではなかったと思うけど、日和はパッと手を離すと勢いよく立ち上がった。
「充電かんりょー! めんどくさいこといっぱいあるけど、頑張るぞー!」
人気がない公園とはいえ、道路に面しているため、突然の日和の大声に驚いた帰宅途中のサラリーマンがこっちを見ている。
「日和、声大きいって!」
「ははは! ごめんごめん。さー帰ろっか。遅くなっちゃう」
(まったく、まったく…………)
さっきまで日和と繋いでいた手が、暖かい。
私は、その温もりが逃げないように、少しでも私の手に残るように、自分の手を握った。
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