第3話:日和のホンネ
美桜と友達になってから、私の中で何かが変わったことは間違いない。
美桜と本音で語り合ったあの日、私が友達と必要以上に仲良くなることに恐怖心があることを告白したら、彼女は「そんなことで悩んでたの?」と言い切った。
間違いなくあの時に変わったんだと思う。
最初は頭にきた。
たって、美桜は私の数年間の行動を一言で否定したのだから。
私の全てを。
ただ、自分の中で絶対的なものとして位置付けられていたルールが、友達にあそこまで単純に、簡単に切り捨てられてしまったことで、私もどこかで『そんなことで悩んでいたのか』と妙に納得をしてしまった。
過去の私ではなく、今の私として冷静に考えて。
ただそれでも。
頭の中では分かっていても、結果的に日常生活は何も変わっていない。
逆に変に意識してしまうことも多くなっちゃって、相変わらず友達との距離は一定のまま。
一人だけ、全てを打ち明けた美桜を除いて…………。
美桜は不思議だ。
高校で一緒のクラスになって、六月位から一方的に私に敵意を向けてきた。
私は戸惑い、そして腹を立てた。
ただ、そんなことをされたら相手のことを嫌いになって、それで終わりというのが普通ではないだろうか。
いや、事実だけを受けいれよう。
そんな美桜と、私は友達になった。
もしかしたら友達と呼ぶのは少し違うのかもしれないけど、美桜から『友達になろう』と言われて、私が合意したのだから、きっと友達なんだと思う。
(『友達になろう』って言って友達になるなんて、なんだか小さな子供みたいだ)
少し甘酸っぱい気持ちになり、おかげで、やっと今日テストが終わり気分が晴れやかになったのにもかかわらず、ホームルームが終わるなり近づいてきた友達から『彼氏に振られそう』という話しと『ストレス発散のために買い物に行かない?』という、気分が乗らない提案をされて沈んだ気持ちを立て直すことができた。
「日和、で、今日の放課後空いてるの?」
「うーん、ちょっと約束があった気がするんだよね。確認してみる」
私は、席替えで遠くの席になってしまった美桜にこれみよがしに声をかける。
「美桜、みーお。おーい! 聞こえてるー?」
(無視するつもりかな? よーし)
「おーい、風間 美桜さん。応答せよ! おーい!」
今日の図書室に行く前の教室でのやりとり。
今思い出してもなんだかくすぐったい。友達の話で気分が沈んだことなどとうに忘れてしまった。
美桜の困ったような、恥ずかしそうな、それでいて、どこか嬉しそうな表情は本当に可愛かった。
その後、私とちひろ以外、友達はいらないと言われたときは、思わず抱きしめたくなる衝動に駆られた。
その耐え難い衝動を我慢した私を誰か褒めて欲しい。
放課後、美桜と一緒に図書室へ行き、読みかけの小説を読終えたところで美桜もちょうど勉強に一区切りがつきいたので、学校近くの公園に移動して、予定通り話をした。
今までのテストのこと、今回のテストのこと、あと、この先のテストのこと。
(あれ? テストの話しかしてない?)
ただ分かったことは、テストの出来不出来以上に、美桜にとって今回のテスト勉強がとても特別な経験になったということ。
美桜と私と美桜の親友のちひろと三人で一緒に勉強したことが、何よりも楽しかったようだった。
「勉強してて楽しいと感じたのは今回が初めて」「教えあう友達がいるってすごい」「テストも、勉強時間が少なかった割には、手応えがあった」「あの…………日和、ありがとう! ちひろにもありがとうって言わないと!」
少し興奮した様子で話しをする美桜は、以前とは別人のようだ。
美桜は、教室では、周りの目を気にしてしまい、上手く話すことが出来ないみたいだけど、私の前では少なくとも普通に話せている……と思う。
でもそれは私も同じ。
私も、美桜の前では素の自分がでている。
もし仮に、そうでないとしたら、美桜はそのことを敏感に感じとってしまって、こんな関係は築けなかっただろう。
思ったことをそのまま言える関係――。
相手の様子を常にうかがって、仲良くなりすぎないようにする、私のルール。
そんなことをルールにしていたのかと気がついた。
ただ、今まで続けてきたことやめることは、一朝一夕でできるものじゃない。
いや、素の自分でいられるのはものすごく気が楽だけど、そんなことができるのは、やっぱりすべての事情を知っている美桜だけ。
もはや、ルールの有無なんて関係ない。
他の友達では無理なのだ。
(こんなに美桜に依存することになるなんて、思ってもみなかった…………)
図書室も、とくに用事がない日以外は行くようになった。
もちろん、一番の理由は美桜がいるから。
だけどもう一つの理由は、図書室というあの空間がとても好きだということに気がついたから。
いつも、そこそこ人がいるにも関わらず、必要以上に話さない、物音を立てないという共通認識の下で成立しているあの空間の居心地がすごく好みだった。
持って行った小説を読むにもいいし、小説に飽きたとしても、あそこには先人たちの知識、創作、歴史が確かに存在して、私を満たしてくれる。
あと、寝てても誰からも文句を言われないのもいい。
ちなみに最近の私の図書室でのブームは、勉強に集中している美桜をこっそりと観察すること。
真剣に勉強している美桜は、かっこいいとカワイイが混在している。
問題に悩む顔、答えが分かって喜ぶ顔、本当に見ていて飽きない。
「ただいまー」
「姉ちゃんおかえりー」
美桜と話しをしてから帰ったとはいえ、いつもは部活の後に寄り道してもっと帰りの遅い弟が、今日は珍しく先に家に着いていた。
「おー。
「今日部活早く終わったから。って、姉ちゃん部活やってないのに帰り遅くね? これはあれか! ついに彼氏ができたか⁉︎ 姉ちゃんにも秋だけど春がきたんだなー。お母さん、姉ちゃんに彼氏ができたってー」
「おー、おめでとう。そりゃー女子高生なんだから、彼氏の一人や二人はいなくちゃ!」
(なんなんだ。この家族……)
先日、中学生の弟の優に彼女がいることが判明して、あれ依頼、今まで姉として絶対的なポジションを守っていたつもりだったけど、何だか少し負けた気がしてしまっている。
彼女のこともまだ詳しく聞けてなし、いっそ、男子中学生特有の妄想であってほしいとも思う。
アイドルとかに憧れてればいいのに…………叶わぬ恋として…………。
「残念ながら違いますー。いつもは友達の付き合いもあるけど、最近は図書室に通ってるんだよ。どーだ、偉いだろー」
「お母さん! 姉ちゃんの彼氏だか彼女だかわかんないけど、同じ学校の人だってー!」
「なにー! そりゃー盛り上がるから詳しく聞かせて! いやーあると思ってたんだよ。ん? でもそれって先生じゃないよね? それはまだちょっと早いんじゃないかなー。そうだ! 今度連れてきてよ。大歓迎!」
「………………くたばれ」
なんなんだ、うちの家族は。
以前はこんなんじゃなかった気がするけど、なんだか、弟が隠してたえっちな本が見つかった事件のあたりから、うちの家族はおかしくなっている気がする。
なんだか、踏み越えちゃいけないラインを超えて、プライバシーというか、親と子っていう距離感がバグってしまったような…………。
(まったく。あのエロガキが部屋にえっちな本を隠してなければ、こんなことには……)
私がお母さんにバレるように仕向けたことは……まぁ忘れたので、自分の部屋に鞄を下ろして一息つく。
今日は中間テストの最終日だったので宿題もない。
(やっぱり美桜、変わったなぁ)
美桜は本当に変わったと思う。
あれからそんなに時間は経っていないけど、自分の中にはっきりとした芯が通ったような感じがする。
ひどい自暴自棄になって、それでも自分を見つめ続け、自分の母親に見切りをつけるという決断を行い、そして、はっきりとした自分の目標を持った。
今はその目標の達成に必要不可欠な勉強を、しっかりと頑張っている。
本当にすごいと思うけど、それだけ美桜は母親と離れるためにあの家から出たいのだろう。
(県外の大学かぁ…………)
美桜の目標をふと考えて、自分に当てはめてみる。
先ほど家族に対する文句を言ってしまったが、これでも家族の仲は良好だと思っている。
なので、自分の母親に見切りをつけてまずは精神的な自立をし、最終的には金銭的にもすべてから独立するという美桜の目標を言葉ではわかるけど、母親と険悪であるという状況の実感がない私では本当の意味で理解することはできない。
でも「その気持ち分かる」など、変に同意をしたら、それこそ美桜は私のことを嫌悪するだろう。
私は普段、友達に対してそんなような返事ばかりしているけど、結局のところ、相手のことを全部理解することなどできないのだ。
(でも私は…………ずるいのかな)
『不変なものはない』とあの時、美桜は言った。確かにそうだと思う。
美桜との関係だって、今後変わっていくかもしれない。
未来は分からない。
であれば、私はどうしたらいいのだろうか。
友達と必要以上に仲良くなって、万が一、またその友達から心無い言葉を投げかけられたら……。
万が一、裏切られるようなことになったら……そうなるのが怖い。
だから私は、相変わらず必要以上に友達と仲良くならないようにしている。
でも、なぜ私はマイナスのことばかり考えているのだろう。
仲良くなれば、きっと楽しいことも増えていくだろう。
美桜みたいな友達が増えることは嬉しいことじゃないか。
美桜の言うとおり『不変なものはない』のであれば、何を恐る必要があるのだろう。
たとえ、私が美桜意外の友達とダメになったとしても、きっと美桜ならそばにいてくれるのではないかという根拠のない確信も今はある。
(いや、答えは分かっている)
結局、私は優劣がつけられないのだ。
昔、友達百人できると思っていた私は、百人全員と心から分かりあえる友達になれると信じて疑わなかった。
でも、成長するにつれ、そんなことは難しいことを知った。
単純に無理なのだ。
仲のいい友達を百人も作ったら、その百人と平等に仲良くなってしまったら、単純に私の日常は壊れてしまうだろう。
体力も、心も、もしかしたらお金だって…………何もかもが追いつかない。
私が、仲が良かったともだちから、裏切られてしまったのも必然だったのかもしれない。
このことは美桜には言っていない。
美桜に自分の素直な気持ちをぶつけて、あの時は、友達と本当の意味で仲良くなりたいなどと言ってしまったけど、私も自分の気持ちに向き合って、考えて、考えた結果、結局私は、友人関係というものを面倒だと感じてしまった。
好きな友達、嫌いな友達、もっと仲良くなりたい友達、疎遠でもいいやと思う友達、そんな優劣を私につけることはできない。
考えてもわからない。
であれば、考えるだけ時間の無駄だ。
だったら、今のままでいいじゃないか。
特別な友達は…………美桜だけでいい。
そう答えが出てしまった。
こんな私は、これからどうしたらいいのだろうか。
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