第2話:私の居場所

 私は逃げるように、日和は普段と変わらない感じで教室を後にして図書室へ向かう。

 クラスの子は別に気にも留めていないだろうけど、気持ちの問題だから仕方がない。

 図書室に向かう廊下でも、日和は友達に話しかけられたり、話しかけたりしている。

 一言、二言でも、傍目に見て仲が良い友達だと思うだろう。

 そんな友達に対して、日和は必要以上に仲良くならないようにしているなんて、誰が想像できるだろうか。


「どうしたの美桜、そんな後ろ歩いて」

「…………なんでもない。あと日和。私、よっぽどのことがない限り毎日図書室行くんだから、いちいち聞かなくていいよ。恥ずかしいから!」

「ごめんって。今日は友達からの誘いを断る口実ってこともあったけど、美桜がもっとクラスに馴染めるようになればと思ったんだよー。だからそんなに怒らないでよ」

「そういうのいい。中学の頃もそうだけど、私、そんなに友達いないし。私にはちひろと日和さえいればいいよ」

「またそういうこと言う。美桜はちょっーと口が悪い所もあるけど、本当はすっごく友達思いだし、色々なことに気がつくし。いい子なんだからそれをみんなに分かって欲しいなって思ってるんだけど」


 日和はまた、人が言いたくても言えないようなセリフを口にする。

 私は照れて言葉が出なくなってしまうけど、そんな様子を見たら、日和にまた何を言われるがわからない。

 これ以上日和を楽しませるのが悔しいので、先ほどとは逆に少し先を歩いて顔を見られないようにする。


「もったいないと思うよ。美桜は。…………カワイイし。さっきも言ったけど友達思いだし。友達と仲良くなることが怖い私なんかより、ずっと友達にする価値があると思う」


(これだ…………)

 

 日和は過去のトラブルから、友達と必要以上に仲良くなることを恐れ、当たり障りのないように接している。

 上辺 うわべだけの友達関係。

 必要以上に仲良くならない状況。

 どれだけ気を使えばそんな状態が維持できるのだろうか。

 

 気の遠くなるようなことを日和はあたりまえのこととして続けている。

 日和をそうさせてしまった理由を私は日和から教えてもらったけど、正直に言えば、私は、日和のトラブルはそこまで大したことではないと感じてしまった。

 気にしすぎ…………だと。

 

 ただ、人には人それぞれの物事の受け止め方がある。

 私にとっての母親の存在がそうであるように。

 どう感じているかなんて、それは本人にしか分からないこと。

 

 日和の気持ちはわからない。

 ただ、そんな日和が私にだけ素の自分で話ができるのは、お互い本音で言い合って……喧嘩して、全部は理解できなくても、それでも、友達になれたから。


 私は日和と友達でいることを誇らしいと感じている。

 そして、それ以上の感情も…………。


「日和、私が友達になる価値がある人間かなんて知らないけど、私は友達たくさんっていうのを求めてない。友達が多いと疲れるし…………。やっぱり私は日和とちひろだけでいい。それよりも、日和の方だよ。ちょっとづつでもいいから、いまの友達と本当の意味で友達になれるように、変わっていけるといいね」

「…………うん。ありがと。あー、でも、やっぱり急には変われないかな。…………怖い。付き合い方に濃淡つけるなんて、どうしたらいいか分からないよ」

「そっか……」 


 友達は少なくていいと思っている私なんかより、一定の距離はあるとはいえ友達がたくさんいる日和。

 友人関係に意識的に濃淡をつける必要なんかなくて、ちょっとだけ自分を出すだけで変わると思う。

 周りの友達だって、日和ともっと仲良くなれるのは多分嬉しいと感じるはず…………いや、絶対に。


「それで? 私と何の話がしたかったの?」

「ん? あれ? 言ってなかったっけ? 特にないけど。テストも終わったことだし、なんとなく美桜とこんな感じでまったり話がしたいなーって思っただけ」

「そ、そうなんだっ」

「あれー? 美桜さん、照れてたりしますー」

「照れてなんかない! ………………そうしたら、今日は少し早く勉強終わりにするから、その後にもう少し話そっか。…………私も日和とおしゃべりしたいし」

「やった! 美桜、ありがと」


 多分、普通の女子高生だったら、テストが終わったその日くらい……いや、友達と話をしたいのであれば、図書室なんかには行かずに遊びに出かけたりするのだろう。

 ただ、私には絶対に叶えたい目標があって、そのためには勉強をしなければならない。


(んー、でもそれは、ちょっと無理のある言い訳かも…………)

 

 もちろん勉強をしなければならないのは事実。

 だけど私がテストが終わった日でも図書室に行くのは、家に帰っても折り合いの合わない母親がいるだけで、そんな家に早く帰るなんて息が詰まるから。

 そして、日和と話がしたいのに図書室に行くのは……、急にどこか遊びに行くことになっても、私はこんなときに友達とどこに行ったらいいかわからないから。

 

 多分、日和はこのことに気がついているだろう。

 日和はそれ分かっていて、尊重してくれている。

 やっぱり、本当に友達思いなのは日和だ。

  

 ちなみに、今日も日和は小説を読むそうだ。

 テスト期間が終わるまで我慢をしていたので、とても楽しみと教えてくれた。


(「テスト期間でも読んでたじゃん!」と言いかけてやめた)


 彼女と友達になる前は、勉強もせずに自由な行動ばかりしている彼女に腹を立てていたけど、今はそんなことはない。

 自由な彼女は本当に面白い。


(あの時の日和に対する感情が全く無くなっているのが不思議。…………なんて人間は自分勝手なんだ) 


 テストが終わったその日だからだろうか。

 テスト期間はあれほど人がいた図書室がいつもの静寂を取り戻していた。


 私はいつも通り、いつもの席に座って、決まった手順で勉強の準備をする。

 そして日和も同じく、私の隣に座って、小説を開く。


 必要以上に言葉を交わすこともない。

 自分が安心できる場所にいられる。

 それも、好きな子と一緒に。

 

 その時間が、私にはとても大切で、愛おしい。

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