開設コンペッション
昼でも深夜のように暗い保勇機関の基地を、テレビの青白い光が照らしていた。
画面の中では、統京都議の一柱メイラが弁舌を奮っている。純白のスーツの背後には、理想郷を体現したような高層ビルに囲まれた清潔な都市構造図が広がっていた。
「先の自立式ダンジョンは統京に多くの被害をもたらしました。聖騎士庁には一刻も早い復興を、と通達しておりますが、思うようにいかないのが現状です」
メイラの隣には、死人のような顔でマイクを握りしめる聖騎士庁長官のスターンがいた。
「わわ、私たち聖騎士庁は被災された皆様の……」
スターンの言葉を遮ってメイラが地図を指す。
「地中に埋もれた魔王禍の脅威に怯えなることなく安全に暮らせる、人間の、人間による、人間のための都市が必要だと思いませんか? そこで、我々が考案したのは第二統京の移設計画です」
スターンは忙しなく視線を泳がせた。
「し、しかし、メイラさん、都民全員の移住に現実的では……」
「移住は段階的に行います。まずは統京の地権者の皆様を誘致し、ゆくゆくは全員が定住できるよう開発と進める試みです」
画面を睨むヴァンダは低く吐き捨てた。
「要は金持ちの安全最優先ってことだ。ボス、俺の言った通りだろ」
「何が言った通りですか」
傍のエレンシアはヴァンダの耳朶を引っ張った。
「一週間後に公開される情報を得るために留置所送りになる必要はなかったでしょう。やっと帰ったと思ったら単独行動をして、逮捕までされかけて……この徘徊老人」
「老いぼれの耳を引っ張るなよ。千切れるぞ」
エレンシアは不服そうに腕を組んでテレビを見つめた。
「寛大な見方をすれば、この人工島への移住計画に聖騎士庁が反対であること、都議たちの断行であったこと、魔王禍の関与も危険視できることを掴んだのは評価しましょう」
「そりゃどうも。スターンの兄貴のオークスも移設計画の断行に一役買ったらしい。上層部がきな臭いな」
ニュース速報が終わり、エレンシアはテレビの電源を落とした。
「動きがあるとすれば、七日後。第二統京で開かれる誘致祝いのパーティでしょうね」
「だろうな。参加条件は地権者とその肉親。肉親以外の招待はそれぞれの地権者一名につきひとりのみ。徹底して殺し屋が来ないように配慮されてやがる」
「我々が紛れ込むのも難しそうですね」
ヴァンダは言いづらそうに唇を舌で舐めた。
「イーリエンは劇作家ザヴィエとして招待されたらしい。あいつの招待枠を使えば俺たちの誰かひとりは参加できるが……」
「何ですか、その気まずそうな顔は。イーリエンとまだ何かあるのですか」
「何もねえよ」
エレンシアは炎のような赤い髪を揺らして立ち上がった。
「イーリエンの招待枠は貴方に使いましょう」
「俺でいいのか?」
「ご心配なく。勿論私が参加するための手筈も整えていますから?」
「手筈って何だよ」
「私は勇者の娘ですよ。コネクションなら大量にあります。ですが、それは当日まで秘密です。貴方も秘密のコネを使ったんですからおあいこでしょう」
「まだ怒ってんのか?」
エレンシアは片目を瞑った。
「まずは聞き込み中のロクシーとシモスに合流しましょうか」
ヴァンダとエレンシアは巨大な広告と違法建築が犇く統京の隘路を進んだ。
女神を模した電飾が商店の屋上から垂れ下がり、隣のビルにのし掛かっている。路地裏には、暇を持て余した殺し屋たちが武器を片手に屯していた。
ヴァンダは咥え煙草でかぶりを振った。
「とことん猥雑だな。クリーンな第二統京の構造図とは大違いだ」
エレンシアは口元に微笑を浮かべる。
「私はこの街が好きですよ。王家が滅亡し、自分たちの力だけで立ち直るために清も濁も受け入れて成長した。文化と人種の坩堝です。勇者が目指した皆が生きられる世界とはこういうものでは?」
「そんな大層なもんじゃねえと思うが……」
髪を赤く染めた勇者自警団の少年少女が路地を横切り、ヴァンダは目を伏せた。
路地の最奥、扉代わりに淵南の織物を垂らした廃墟のような建物があった。殺し屋専用の情報屋のアジトだ。
入り口にロクシーとシモスの背が並んでいた。
ヴァンダたちが近づくと、剣呑な声が聞こえた。
兄弟の肩の間から、ハンバーガーを齧る太った中年男が見える。
「ボスの言った通りだ。あんたらにこれ以上渡せる情報はないよ」
情報屋の男は油ぎった手で机上の通信機を指した。黒い通信機は断続的なノイズを吐き出していた。
ロクシーはカウンターに身を乗り出す。
「アンタは情報屋の仲介役だろ? 保勇機関に恩を売っといた方が得だぜ。殺し屋がジリ貧の今、窓口係はすぐ首を切られちまう」
「残念だな。俺のボスはまだ金の余裕があるんだ。そんなことにはならねえよ」
「余裕があるなら値下げしてくれてもいいだろ。とんだぼったくりだな」
「今お前らにある選択肢は言い値で買うか、帰るかだけだ」
シャツの襟から包帯を覗かせたシモスが小声で割り込んだ。
「でも、相場なら半額なんでしょう。兄さんから聞きました」
「坊や、だったらそこから買えばいいだろう? そんなに半額が好きなら半分だけ教えてやろうか。お前らの勝算も半分になるけどな」
「お前も半分にしてやろうか。上下か左右か選択肢を与えてやる」
情報屋が青ざめる。ロクシーが目の色を変えたシモスを後ろに押しやった。
「落ち着け。最近暴れてないからって苛つきすぎだ」
「僕は暴れたい訳じゃありません……」
物陰から見ていたエレンシアが満足そうに微笑んだ。
「シモスの怪我はともかく、精神面は既に問題ないようですね」
「問題しかねえだろ。いや、それがいつもか」
ヴァンダが溜息を吐いたとき、情報屋のカウンターから甲高い機械音が響いた。スプーンの裏で食器引っ掻いたような耳障りな音だった。
ロクシーがサングラスを押し上げる。
「何の音だよ……これか?」
異音はカウンターの上の通信機から発されていた。
ノイズが減り、異音がしわがれた笑い声に変わった。
「いいじゃねえか、その威勢。そこにいるガキは暴力大魔神か?」
「保勇機関のシモスです……」
「もう弟の二つ名が広まってるのか……」
肩を落とす兄弟を横目に、中年男が通信機を耳に押し当てる。
「ボス、どうしますか?」
「保勇機関なら教えてやってもいい。そこの馬鹿兄弟をこっちに呼べ」
ロクシーとシモスが通信機に近寄ると、掠れた声が楽しげに言った。
「俺は情報屋のジエだ。特別に割引価格で教えてやるから恩を忘れんなよ」
「ありがたいが、どういう心境の変化だ?」
「お前らがどんな面すんのか想像して楽しみたいだけだ。いいか、よく聞け」
黒い通信機から声が響く。
「第二統京の開設パーティには巷で大人気の偽勇者が招待されてる。こりゃあ嵐が来るぜ」
「何だって……?」
一際大きな異音が鳴り、通信が途切れた。
情報屋の店を出た兄弟は、暗い表情でヴァンダとエレンシアの元へ向かった。
「ボス、さっきの話どう思う?」
「ジエの情報筋なら確かでしょう。しかし、まさか偽勇者を招待するとは……」
ヴァンダはエレンシアから目を逸らし、煙草の火を靴底で揉み消した。
「パーティに行くってのに葬式みたいな面するなよ。偽勇者と接触できる機会があるなら願ってもねえ」
「貴方がそういうなら過度な心配はやめておきましょう。もし、偽勇者と相対するのが気掛かりならロクシーかシモスを連れて行く予定でしたが……」
「どっちもなしだ。特にシモスは連れて行かねえよ」
「僕の怪我ならもう治りました」
「治ったかじゃねえ。消えない傷を負ったことが問題だ」
ヴァンダはシモスの肩の包帯を指す。
殺し屋が何で刺青をするか知ってるか? 傷を隠すためだ。簡単に負傷する殺し屋には誰も依頼しねえんだよ。お前の兄貴の蝶の刺青もそうだろ?」
ロクシーは肩を竦めた。
「厳しい意見だな」
エレンシアは諌めるような視線を送る。
「ヴァンダ、貴方の気遣いはわかりにくすぎます」
「気遣い……なんですか?」
「ええ、療養しつつ機動力のあるロクシーと戦闘力のあるシモスには統京で待機してほしい。私も同意見ですよ」
「どうしてですか?」
「第二統京を陽動として、魔王禍がもぬけの殻になった統京を襲いかねないからです」
ヴァンダは猥雑なネオンが埋める空を見上げた。
「本当の敵が誰なのか、わかるのは七日後のパーティか」
四人は違法建築の影が垂れる路地裏で向かい合った。
***
ダイナー・勇者の胃袋にも、四人の殺し屋が集っていた。
白い霧が濃霧のように立ち込める赤い座席に、四騎士全員が並んでいる。
刀を脇に置いた"錆切り"トツカが口火を切った。
「第二統京には私が行きます」
キーダはミルクセーキのストローを噛みながら頷いた。
「トツカちゃんは戸籍上聖騎士庁のグレイヴくんの養母だものね。招集の条件は満たしてる」
「ちゃん付けはやめなさい。刺されたいのですか」
「グレイヴくんには同情するよ。毒親ってレベルじゃなく毒そのものだから」
脛に蹴りを食らったキーダが呻く。酒瓶を要塞のように積み上げたフレイアンが呟いた。
「パーティ……楽しんできて……」
「もう酔っているのですか。私の目的は潜入です。お前たちも気を引き締めなさい」
「わかってる……魔王禍が金持ちが逃げた後の統京を火の海にするなら絶対に阻止しないと……」
ルーシオが吸殻を灰皿に押し付けて手を挙げた。
「それなんだが……前提から間違ってる恐れはないか?」
「どういうことですか」
「魔王禍の狙いが第二統京そのものという線は?」
「それはないでしょう。魔王禍と一部の都議との癒着はほぼ確実です。自分たちの安全だけ守り、魔族に統京を売るのが移住計画の真髄。第二統京を襲わせたら意味がありません」
「連中に自分の身を守る気がなかったら?」
全員が沈黙した。キーダはストローを口から離して言う。
「だとしたら、聖騎士庁は苦戦するだろうね。リデリックさんみたいに人類を守るために戦ってるひとばかりだから、はなから護身が頭にない連中の思考は読めないと思う」
トツカは無言のまま、刀の柄を強く握りしめた。
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